Super Science Fiction Wars 外伝

Steel Eye'd ladies~鋼鉄の眼差しの乙女達

第4話 テクノロジィ・ギャップ


新世紀2年7月6日 13:25
東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所第8研究室

「あんですとぉーっ?」

蓮田の奇声が研究室に響いた。
航空機開発局から来た一通の提案書がこの奇声の原因である。

『電子戦略偵察機「XSR/F-1」開発第一素案』

周回軌道上の偵察衛星では限界がある戦略偵察の為、機体そのものの研究は昨年末から始められていた。
そして、航空自衛隊による戦略偵察機の開発が決定したのは今年4月、最近になってまとまった要求仕様が発表されたのである。

「大気圏内航続距離無限大、最高速度高度1万メートルでマッハ4以上、高度1000メートル以下でマッハ1.5、アフターバーナーなしで巡航速度マッハ2.5以上、失速速度300km以下……化け物ですかこれは?」
「今、わが国にある技術を総動員すれば作れなくもないですよ、TDFとMATもようやく全面協力を申し出てくれましたしね」

そう蓮田に答えたのは、堀越二郎。
融合前の世界であの「零式艦上戦闘機」を作り出した日本航空機史上に名を残す技術者である。
融合当初は超音速戦闘機の基礎的な構造から再勉強と言う目にあった彼であったが、いまや最新のステルス機に関する理論まで習得した、日本最高の航空機技術者である。

「大体、戦術理論でいけば無茶も同然の人型兵器を実用化している技研さんがこの程度で驚かれるものですか?」
「ぐっ……」
「それに、このスペックをほぼ完璧に満たす化け物がここにはあると聞いていたんですが?」
「……よくご存知で」
「とりあえず、案内してもらえませんか?皆さんも待ちきれない様子でして……」

ニコニコと人の良い笑みを浮かべながら政府発行の機密閲覧許可書を提示する堀越とその後ろにいる複数の技術者を前に、蓮田は内心白旗を揚げていた。
当初は堀越一人での来訪だったはずだが、技術者同士の交流関係からだろう、開発計画に参加する複数メーカーの主任技術者が一同に会しての大見学会になっていたのである。

14:25 東京都新宿区市ヶ谷 防衛省技術研究所地下200m
秘匿兵器管理室「パンドラの箱」

「これが……」
「綺麗な機体だねぇ……」
「装甲の継ぎ目が線を引いたみたいだ。これだけの処理を可能にするとは……」
「これが未来の技術か……」

艶やかに光る外装に触れながら堀越は呆けたように呟き、他の技術者もその姿を前にただただ感嘆の声をあげる。
堀越をはじめとする技術者一同と蓮田の目の前には、見たことのない大型戦闘機が2機あった。

一機は見た感じYF-23ブラックウィドゥⅡを彷彿とさせるシルエットを持つ、黒に近い濃紺で塗装された機体。
もう一機はグラマンX-29やSu-37ベルクートを思わせる前進翼が印象的な、白に近いベージュを基調にした機体であった。

「時空融合直後、大気圏突入中などの状態で融合に巻き込まれた存在が幾つかあるのはご存知でしょう?」
「はい」

時空融合現象があった直後、エマーンとの交渉に向かった遣欧派遣艦隊が遭遇した可変戦闘機「レギオス」は日本連合内部でも有名な存在である。
おおよそ量産兵器としては非合理的と思われていた可変機構を採用した戦闘機という事で、現在も残された資料をもとに研究が続けられている機体である。

「そのレギオスとこの機体に何の関連性が……まさか?」

怪訝な顔をする堀越に、蓮田は続けた。

「この機体も可変機構を有する戦闘機なんです、しかも能力から行けばレギオスが子供の玩具に見えるぐらい高度な技術を有した……」

水銀灯に青白く照らされた機体を見上げ、蓮田はどこか怪談話でもするような口調で堀越に説明していた。

「ですが蓮田さん、我々が欲しいのはマッハ5以上の速度で飛べる熱核エンジン搭載の戦闘機ですよ、可変戦闘機は……」

話がずれ始めたように感じたのか、あわてた口調になった堀越を蓮田は笑って押しとどめた。

「この機体、高度30000Mでマッハ20以上出せるそうです」
「マッハ20!それでは余裕で地球の重力圏から離脱できるのでは!?」

予想をはるかに超えるその機体の代物っぷりに、思わず堀越は手に持っていたデジタルカメラ内臓の携帯電話を落としていた。
同時に他の技術者も「まじかよ?」と一斉に振り返る。

「地球脱出速度どころか、外装オプションで恒星間航行も可能なんだそうです」
「恒星間航行ですか……」

もはや自分の理解の範疇を超えた話に、堀越はただただ唖然とするだけであった。

(そのような代物が此処にあったとは……我々の理解の範疇を超えているぞ……)

そんな言葉が、彼の頭の中をぐるぐると回っていた。

相克界に阻まれているとはいえ、超光速航行技術はエマーンすら手に入れていない高度技術の一つだ。
もし日本連合がこの技術を持っていれば、将来相克界が晴れ上がりを迎えたときに有効な切り札の一つになりうる物であった。
しかも、戦闘機に搭載可能なサイズで、である。

「この機体のパイロットが言うには、「フォールド航法」と言う一種のワープなんだそうですが」
「はぁ……」

この機体が持つフォールド航法技術は、日本連合が唯一実際に実行可能なシステムを持つ恒星間航行技術でもあるのだ。
(DoLLSと共に現れた超空間通信施設はあったが、「航行」技術は実物が現れなかったのだ。ボソンジャンプは火星遺跡の演算ユニットの存在無しでは実行できない上に、A級ボソンジャンパー以外はレセプターとなるチューリップも必要である)

「この機体よりはそちらの白い方が機体構造からいけば設計が手堅いこともあるので、参考になるかもしれません」

呆ける堀越を見ながら、蓮田はこの機体が持つ真の能力については話そうとしなかった。
YF-21――コールサイン「Ω(オメガ)1」――と呼ばれる青い機体は、現在の日本連合では手に負えない高度技術の塊だったのだ。

特徴としては、半生体素材を用いた自在変形型装甲素材で構成された可変断面翼、パイロット自体がバランサーになるとも言える思考制御システム、機体各部に搭載された高性能光学センサー……。

技研はその中でもBDI(Brain Direct Interface 脳内直接イメージングシステム)、BCS(Brainwave Control System 脳波操縦システム)と呼ばれるシステムからなる脳波制御技術に着目していた。

パイロットに修行僧のごとき集中力を必要とするものの、現在日本連合が持つ思考制御技術に比べると霊能力等の特殊能力やサイボーグ化を前提としないこの操縦システムは非常に有効と考えられていたのだ。

(YF-21はこの日本連合においてすら技術水準から逸脱した“怪物”だろう……。が、それはYF-19についても言えることだ)

もう一機の機体周辺に集まっている技術者を前に、蓮田は改めてそう思う。

時を同じくして転移してきたもう一機、YF-19――コールサイン「α(アルファ)1」――もYF-21よりまだ現実的な設計であると言えど、やはり高度な技術力により生み出された機体だった。

前のYF-21と同様YF-19も、怪物じみた出力を生み出す熱核バーストタービンエンジンに、その余剰エネルギーを用いて機体強度を高めるエネルギー変換装甲、斬新なアクティブ・ステルスシステム等を有している。

この2機は、今の時点では技術面、開発コスト面で問題が多く、複製可能でも大量配備は不可能という判断が下されていた。
だが、YF-21の機体設計そのものは完成した戦略/戦術電子戦闘偵察機SR/F-1「彩雲弐式」へ受け継がれ、これらの機載コンピュータが搭載していたデータを参考に後のコンバインドフォース主力戦闘機、VF-1「バルキリー」が生まれる事になる。

YF-19の周りに集まり色々と話し込んでいる堀越達を後目に、蓮田は2機を交互に見つめながら呟く。

「今の我々には過ぎた翼なのかも知れない、だが何時の日にか必ず……何時かきっと……」

彼の言葉通り、この2機は各種データの収集と量産化を目指す上でその翼を長く休めるに到る……。

だがこれより十数年後、この2機が再び歴史の表舞台へ――それぞれVF-19「エクスカリバー」、VF-22「シュトゥルムフォーゲルⅡ(ツヴァイ)」という新たな名を得て――躍り出る事になる事をまだ誰も知らない……。

新世紀2年7月12日 05:30
北海道石狩管区千歳市 航空自衛隊千歳基地

夏とはいえ、北海道の早朝は20度を上回る事は少ない。
朝の清冽な空気とからりと晴れ上がった空が、千歳基地の上空を覆っていた。
だが、この基地の緩衝地帯に突如現れた軍事基地の住人達にとっては、その光景も困惑の対象でしかなかった。

「間違いなく、地球なんだよね……」

朝焼けがすっかり抜けた夏の青空を見上げ、ミリセント・エヴァンスはDoLLS基地から千歳滑走路につながる急造されたタキシーウェイに立ちすくんでいた。

蒼穹の東側には、白く色を変えた月が浮かんでいる。

その数は一つ。

その事は間違いなく自分がオムニではなく、地球にいる事の証拠であった。
だが、彼女らオムニリングにとって地球は「敵」と同意である。

独立戦争を生で体験している初代DoLLS達にとっては、余計にその思いは強い。
その「敵地」に突然放り込まれた今、日本連合との交渉に忙しい首脳部を除いて多くのDoLLS隊員達が困惑したまま毎日を送っていた。
すでにDoLLSは陸上自衛隊の一部隊として編入され、新設された特務本部(世間一般ではJ-SOCOMと呼ばれる)所属となる事が決定している。

これはDoLLSがC-5Aギャラクシーを上回るC559アトラス・C637ギガントと言った大型戦略輸送機、AC17、AC157と言った最高速度がマッハ2を超えながらPLDを一個小隊単位で輸送できる戦術強襲輸送機を有し、千歳を基点としても日本連合国内であれば北は千島列島の北端まで 30分以内。
沖縄南部までも1時間以内の展開が可能と言う今までの日本連合には無い高度の緊急展開能力を有していたからであった。

日本連合でも、この時点で特機の緊急展開を目的とした大型戦略輸送機の先行試作機が完成していたが、あくまで試験運用であり量産化にはまだまだ長い時間がかかると思われていた。
スペック的にはエヴァンゲリオンをフルオプションで輸送できる、揚力のみで飛行できる航空機の限界とも言える巨体(ただしターポン除く)の持ち主なのだが、いかんせん建造に掛かるコストがイージス艦並みと言う高額なコストは量産に耐えうる物ではなかったのだ。

後に窒化炭素結晶体「ふわふわ」の応用でコストダウンを図れたがそれでも簡単に作れる代物ではなかった。

同時にDoLLSに求められたのが、人型機動兵器の教導部隊役であった。
陸自の切り札であるWAPは、未だ実験中隊での様々な戦術・戦闘技術の試行錯誤が続いている状態であり、実戦部隊の編成に入るまでは今しばらくの時間がかかる物であった。
だが、PLDと言うWAPと機体フォーマットや戦術ニッチェが似通った存在が現れたおかげで、陸自としてはWAPの戦術シラバス作成を早められる可能性が出てきたのだ。
それ以上に液体炸薬とゲルリッヒ方式の採用によりショートバレルでありながら90式をはるかに上回る命中率と威力を持つ120mm砲が運用出来、戦闘ヘリに匹敵する機動性能と陸戦兵器としては比肩する物ない電子戦・対空戦能力を持つPLDの存在は陸自にとってはこの上なく魅力的な存在であった。
この時点においてDoLLSの存在は陸自にとっては非常に重要な存在となっていた。

「必要とされている」のはわかっていた。

だが、ここが地球であると言う事が彼女たちを困惑させていた。

「よぉ!エヴァンス准尉!!」

ぼんやりと朝の空を見上げていたミリィを呼び止める声がした。

「コドウッド班長!」

振り返ると背の高い壮年の男がミリィに声をかけていた。

DoLLS整備班長ジェイムズ・コドウッド技術大佐。
独立戦争前に地球から移民でやってきた黒人の巨漢である。

「どうしたミリィ?珍しく早いと思ったら滑走路でぼけっとして」
「いや、ここがやっぱり地球なんだろうか。って思いましてね」

そう呟くように言って再びミリィは基地の外側に目を向ける。
オムニにいたときと殆ど変わらないDoLLS基地建物の向こう側には全く違う山並みが広がっていた。

「あの山……あっちが恵庭岳で……向こうが樽前山……でしたっけ」
「おいミリィ……俺が地球出身だからって何でも知ってるわけじゃないぞ。大体俺はアメリカ……それも東海岸出身で日本はわからん」
「すみません……」

コドウッドの言葉に思わずミリィは罰の悪そうな顔を見せる。
やはり惑星国家であった(ジアス戦役の時代であれば……だが)オムニにいたミリィとしては幾つもの国家と民族が区域に分かれて住んでいると言う姿は理解しにくいのだ。

ミリィが言葉を続けようとした時、突然耳を劈く爆音が飛び込んできた。
データ取りのため試験飛行を行っていたDoLLS-WINGのF231e戦闘攻撃機だ。

「セシルが帰ってきたか……こっちでは購入できる資材が限られて整備が大変なんだよな」
「そうですね……」

時空融合に巻き込まれてから一月近くが経過したが、PLDや戦闘機と言ったDoLLSの装備の運用は自衛隊に提出する試験を除いて行わないように通達されていた。

2540年代と2640年代。
それぞれのDoLLSベースに有るパーツのストックだけでは普通に運用していればすぐに交換が効かなくなる。

現在技研と共同開発する方向で話を進めている複製PLDの基礎設計が上がるまでは練度の低下を防ぐ意味合いも含めて、毎日のシミュレータ訓練が関の山と言った所であった(これも電力供給と言う点を考えると、かなり大変な物ではあったが)。

補給が滞った時の事を考え、2540年代の初代DoLLSでは常用の2倍以上の交換パーツをチャージしてあっても、である。

パーツの中で最も問題なのがPLDの動力源である陽電子燃料電池であった。
これは素粒子レベルでの非常に緩やかな対消滅反応でPLDが必要とする膨大な電力を供給する物であり、理論を聞かされたSCEBAIの西山幸夫をして「これだけコンパクトなサイズで、複製可能なレベルの対消滅機関があるなんて」と驚愕した代物である。

日本連合に置いてそれまでに発見された対消滅機関と比較して効率は決して良くは無いもののそのサイズのコンパクトさと対消滅反応時に発生するガンマ線の量が極めて少なく、かつ強電磁場フィールドで100%抑えられると言うある意味理想的な動力機関であったのだ。

わずか1メートル四方のコンパクトなサイズで400KV6A/hの電力を20時間以上供給できるというハイドロエンジンと比べると限界行動時間に劣るが静粛性と最大出力で勝るパワープラントであった。
対消滅反応を起こす水素同位体リキッドの複製は分子式・精製方法は現在の技術で十分再現可能なレベルであったため 苫東にあるケミカル系企業が苫小牧にて製造しているが、肝心のPFCは複製可能であるかどうかが全く見えていない。

海援隊傘下のケミカル企業がPFCの特許を譲ってほしいと交渉を仕掛けてきているが、DoLLSと企業の直接交渉は自衛隊によって厳しく制限されていた……。
PFCを搭載した大型レイバーや後に「歩行式地上戦艦」「ハウルの動く城」とあだ名された重砲撃型デストロイド・モンスターが登場するのは、まだ先の事である。
だが、これらの要素を差し引いてもPLDを自衛隊に採用させられるかどうかは、今後の分析と判断次第であった。

「それにしても、ミリィのあれは本当に凄かったな……相変わらず器用な奴だよお前は」

そういってコドウッドは思い出したように笑いを堪える。

自衛隊によるPLDのテストが始まる前、陸自関係者の度肝を抜いたのがPLDによるパフォーマンスであった。

DoLLS基地の格納庫に集まった自衛隊関係者を前に、一体のX4Sがフル装備で現れた。
ハーディとナミ以下、DoLLSによる説明が終わった後にPLDの器用さを示すためのデモの意味合いだったのだがその内容が意表を付く物であったのだ。
まず、そのX4Sのほかに4thドールズが使う強襲形PLD、X5+Cが2機両脇に立った。なぜか2機とも機体の2.5倍ほどの大きさのアルミパイプを持っている。
一様に不思議そうな顔を見せた技研を初めとした技術者の前で、最初に度肝を抜く行為が始まった。
パイプを持った2機のX5+Cが向かい合わせに立てひざの姿勢を取って降着し、互いのパイプを掴むと床にしっかりと置く。
パイプの間にX4Sが立つと、なぜか間の抜けた曲が流れ始める。

「♪あーるーぷーすーいちまんじゃーくー」

X5+Cが子気味よく動かすバーの間をテンポの良いずんずん!と言う音とともにX4Sが交互に動く棒の間を跳ね回るように踊り始めた。
俗に言う「バンブーダンス」である。

この光景を見た自衛隊上層部は笑う者、唖然とする者、必死でその動きを追おうとする者様々であった。
だが、この光景で終わったわけではない。

さらに3体のX4Sが現れ、横一列に並ぶ。
と、数瞬の間を置いて、突然としてハイテンションな音楽が掛かった。

「キングゲイナー!?」

一部の世界で放映され、マニア間で人気だったサンライズ製作のアニメ「オーバーマン・キングゲイナー」のオープニング曲「キングゲイナー・オーバー!」に合わせて4機のX4Sが豪快にモンキーダンスを踊り始めたのだ。
瞬間、その場は爆笑の渦に包まれる。
爆笑する周囲をよそに、分析を担当していた技研とSCABAI、ゲストとして呼ばれた篠原重工・来栖川エレクトロニクスのスタッフ達は驚きを隠せないでいた。

「あのゴツイ外見であれだけしなやかに動けるとはな……」
「量産機でエリアルと遜色ない運動性……やるのぉ」
「な……なんだアレは……ふざけているのか?」

この後も反復横とび、集団パラパラ、はては「赤上げて!赤下げないで白あげて」など珍妙なパフォーマンスが続き、研究者達を煙に巻いた。
この時のパフォーマンスを行ったパイロットが、ミリィであった。
彼女の作業用PLD操縦で磨いたテクニックは、通常PLDにプリセットされている動作パターンとタイミングの組み合わせによって通常考えられない動きを容易に引き出すことが出来る。
だが、この操作にはかなりの熟練が必要であり、天性のオーバーセンスを持っていたミリィが中心となって行われて初めてこういった高度なパフォーマンスが行われたとも言えるのだ。
後のPLD複製計画におけるテストパイロットチームの中で、彼女の存在が大きく扱われたのは言うまでも無い。

「あのパフォーマンスでお偉方も呑まれたようだしな、PLDの凄さをわかってくれたんじゃないか?」

そのパフォーマンスの後の試験も、度肝を抜くものであった。
PLDの機体構造は骨格となるメインフレーム上に圧電可塑性半生体合成樹脂で出来た人工筋肉(BEPAMあるいはO-AM)とチタニウム・セラミック・カーボンナノチューブの外骨格装甲を取り付けた構造を持ち、BEPAMが防弾チョッキの役割を果たし徹甲弾には強い。
装甲を貫くには専用に調整された榴散弾を必要とするのだ。

距離300から90式戦車の戦車砲の直撃を受けても致命的なダメージを受けず、弾き返した光景はパフォーマンスで唖然とさせられた関係者達をさらに呆然とさせた。
DoLLS等がやってきた西暦2500年代~2600年代の惑星オムニで使われている戦車砲が90式戦車の1.5倍の初速度を持ち、その直撃に耐えられると言う事を理解していても、いざ実際に見せられると衝撃的であった。
その後のテストでもWAPと比較しても優秀な兵器であると判断されたPLDであったが、自衛隊に採用させるか否かと言う点においては難しいと言わせる要素が山積していた。

パフォーマンスそのものは確かに成功したといえる。
だが、一方でミリィには一つ引っかかることがあった。

「ただ、気になるんですよね……」
「どうした、何かあったのか?」
「ええ、実は……」

コドウッドに声をかけられたミリィは、腑に落ちない表情のままパフォーマンスが終わったあとのことを話す。

パフォーマンスの後で用意された格納庫に戻ったとき、ミリィは偶然ハーディ、ヤオ、フェイエンといった上位指揮官の会話を物陰から聞いたのである。

「二人ともどう思う?」
「例の見学に来ていた関係者の表情……でしょ?」
「自分も、気になりました……」

上官たちの会話に、ミリィも思わず聞き耳を立てる。
恐らく、パフォーマンスに驚いていた自衛隊の関係者について話しているのだろうと彼女も思った。

だが、次の瞬間出てきた言葉に流石の彼女も一瞬耳を疑うことになる。

「驚いている方が殆どでしたけど……そう、大臣クラスや幕僚長、方面隊総監といった上層部の人間がさして驚いている様子はありませんでした」
「さして驚いている様子はなかった?」
「ええ、確かに驚かれてはいましたが、驚愕といった程ではなかったですね」

最初にそう言ったのはフェイエンだった。
全体の指揮をハーディに託しているとはいえ、彼女も4thDoLLSの指揮官である。
PLDのデモンストレーションを披露した際に、自衛隊の関係者による反応を注意深く観察していた彼女は気付いたことを口にした。

「ノール中佐が言う通り、所謂中堅どころの幹部クラスは皆驚いていたけど、それより上の人間は少しね……」

続いて口を開いたヤオの言葉にハーディも考え込む。

「或いは……彼等にすれば想定の範囲内なのかもね。こっちの世界に来てからかなりの二足歩行兵器があるのを知ったけど……」
「空を飛んだり変形する機体があるのは、非常識極まりないけど……。でも、それとお偉いさん達の落ち着きぶりは話が別ですからね」
「我々が調べ切れなかった範囲で『隠し玉』を持っているという可能性もあるのではないかと思いますが……」

フェイエンの言葉を最後に三人が黙ってしまう。

政府高官や自衛隊の上級指揮官クラスがPLDのパフォーマンスを前に彼女達の予想ほど驚きの表情を見せず、どちらかといえば落ち着いていた理由を彼女たちが知る由もない。
もし、自分たちが地球に出現する約半月前に首都圏で起こった一連の出来事とその時出現したモノの正体を知っていれば、今回のことと結びつけることが出来ただろう。
しかし、流石の彼女達も日本連合で極めて上位の機密に属する情報まではハッキングできなかったのである。

確かに、5月末の東京上空に正体不明の戦闘機3機が現れ、関東周辺の航空自衛隊機が総出の大捕り物がを展開したという情報があり、その中で「戦闘機のうち2機は人型に変形した」という情報も確認できた。
かなり加工が加えられているが、羽田空港のメンテナンス用埠頭に着陸している「足の生えた戦闘機」らしき写真も見つかっている。

だが、「人型に変形する戦闘機」というのはDoLLSにとっても正直荒唐無稽と言わざるを得ない情報であった。
確かに人型機動兵器登場当初、戦車あるいは機動砲(装輪戦車)から変形する機能を持った無人ロボット機も試作されたことがあったが、航空機への変形は「航空機という脆弱な存在」が地上を走行する必要ない事から試作されなかったのである。

何より、薄く軽い装甲を持ちながら戦車より強靭な耐久性を持つPLDを駆る彼女らにしても、陸戦兵器として十分な装甲を持った戦闘機など想像もつかない世界であった。

一方、当のミリィは流石に盗み聞きがばれるのは拙いと思い、直後その場を離れたのだった……。

そして、時間は今に戻って一通り話しを聞いたコドウッドは暫し考えたかと思うと口を開く。

「なるほどな、気になると言えば気になるが、俺は何が出てきても驚かんつもりだ」
「班長は落ち着いてられますね……」
「こんな何でも有りな世界だ。慌てふためいても仕方が無いだろう。それよりもミリィ、お前ももう少し柔軟になることだな」
「柔軟にですか……。努力してみます」
「ま、一朝一夕にすぐ変われるわけじゃないにしても地球がイコール敵地という発想は捨てるべきだな。ここは俺達の知っている地球じゃない」
「確かに、そうですよね」

二人の話は何時の間にか、地球が敵地であるという発想をさっさと捨てるべきという話に移っていた。

ちなみに、ハーディやミリィといったDoLLSの関係者がパフォーマンス後に感じた違和感の正体を知るのはもう少し後の事である。

同日10:05 北海道石狩管区千歳市
航空自衛隊千歳基地内 DoLLSベース 司令官執務室

「ようこそ、DOLLSへ」

ハーディは目の前に2人の男を迎えていた。
片方は引き締まった体をした、見た感じ格闘家か何かのような印象を与える体つきをした精悍な男。
もう片方は体つきこそそれなりにしっかりしているが中肉中背の、長い髪を後ろで大雑把に結んだ飄々とした印象の男であった。

「北部方面隊第7師団苗穂第3整備小隊より配属されました、本郷義昭 二尉であります」
「同じく北部方面隊第7師団苗穂第3整備小隊より配属されました、加持亮二 三尉であります」

そう二人が名乗った後、本郷と名乗った男が口を開いた。

「DoLLSの装備等の研修のため、貴大隊への配属を命ぜられ、本日を持ちまして陸上自衛隊第二特務空挺大隊及び航空自衛隊特務航空団整備支援班へ着任いたしました」
「よろしい、詳しくはコドウッド技術大佐から聞いてほしい」
「了解!」

ハーディがそう言うと、二人は敬礼の後、執務室から整備班オフィスへ通じるドアへ消えていった。

「フェイルン、クァンメイ。どう思う?」

二人の姿が消えた後、後ろに控えていたヤオとファンにハーディは問うた。

「……ただの整備班とは思えないわね。どう見ても……」
「自衛隊と政府の送り込んだ監視人、って所かしらね」
「そう……我々の存在は連合内でもきわめてイレギュラーな存在だからね。我々が地球で暮らしていくと言いこと自体が問題であるように移民惑星から“直接”の転移者というのは日本連合では初めての存在らしいし」

この時点ではゾイド連邦との国交も樹立されたばかりであり、「太陽系外の移民惑星からの転移者」は日本連合だと純粋な異星人や異星人のハーフより珍しかった(5月末に新宿へ揺り戻しで出現した「統合政府世界」の3人は、出現前は地球にいたので例外となる)。
ちなみに、宇宙人とのハーフは現在確認されているだけで自称「銀河系連合監察局・惑星日本」人とのハーフである七瀬成恵(14歳)を始めかなりの数にのぼるらしい。

そういった点でDoLLSが微妙な立場におかれているのは確かであった。

「大体、この日本連合って国自体がマンガみたいな事が平気で起きている国だしね」

ヤオが再び話を切り出す。
千歳に落ち着いて以来、合法非合法問わずさまざまな手段で入手した時空融合以来の日本連合の記録はDoLLSメンバーをしばらく偏頭痛に悩ませた程の物であった。

巨大ロボット、怪獣、使徒……そして東京都は帝都区を中心に多発しているオカルトとしか言い様が無い不可解な現象……。
DoLLSの常識で行けば理解の範疇を3パーセクは超えた事態が平然と起こっているのだ。

「そう、そういう点で私たちの敵も単純には済まない世界なのは確かよね」

DoLLSが戦うであろう存在に関しての情報も、あまりにも多岐に渡る物であった。

赤い日本以外にも、絶えず日高地方~釧路地方の海岸を脅かしているゾーンダイク軍の「ウミグモ」、地獄一味の機械獣たち。
その他小規模な武装テロリスト等、枚挙にいとまなかった。
歩兵、戦車とPLD、ヘリだけ相手にしていればよかったオムニとは訳が違うのだ。

「基礎戦術の練り直しを含めて、早急に実機訓練を再開したいところなんだが……」

ハーディはそうつぶやくと、いまや貴重品となりつつあるカーミック大陸産の緑茶を口に運んだ。

オムニ産の食品のストックはいずれ底をつく。
今のうち地球の食べ物に慣れておかないと……と内心ハーディは呟いていた。

「消耗品の補給体制もまだ確立してない状況ですからね……。PLDを潰す訳にはいけませんし」

いつの間にか執務室に現れていた4thDoLLS……改め第二中隊のフェイエン・ノールが応接用ソファーに腰掛けて言う。
気がつくと執務室は臨時のドールズ首脳会議となっていた。

「8月には赤い日本に対しての示威行動の意味も含めての大規模演習が矢臼別であると斉藤陸将より通達があった。ゾイド連邦からの軍も参加する物との事だ。おそらく規模は『オムニ・ライジング』以上のものだろう」

ハーディの言葉に、一同面持ちを固くした。
独立戦争前、そしてジアス戦役終了後に行われた全軍規模の実弾演習「オムニ・ライジング」。
それを上回る大規模演習となれば、PLDの実力アピールの場として最高のシチュエーションなのは確かだ。

「ですが大佐、今のDoLLSの装備を壊してしまうのは……」

ナミとエレンがハーディを押しとどめるように口を合わせる。
二人とも演習への不安はあったが、その内容は異なっていた。

ナミのそれは新型PLDの基礎設計も出来ていない状態で装備を壊してしまう危険性のある大規模実弾演習への参加そのものに対する不安から出た言葉であったが、エレンは別の意味で不安を覚えていたのである。

その不安とは、「確率論」である。

出来るだけ出現当時の姿を保っていた方が、確率論的に言えば揺り戻しなどでオムニへ帰還できる確率が高まる。彼女はそう考えていた。

「だが、ある程度我々の力を見せておかないと日本連合のサポートは受けにくくなるのは確かだ。今のDoLLSは半分『傭兵』みたいな物と言っても過言ではないからな」

この場合、戦果を見せなくてもERET等と並び特務行動局直属部隊の要として位置付けられているDoLLSには十分なサポートが受けられるが、暗にハーディは実機訓練が出来ない事による錬度低下を危惧していたのだ。
そのため、予備部品のストックを消耗する事を覚悟で、この演習に参加する予定を強引に北部方面隊総監部へねじ込んだのである。

「確かにそれを考えると、戦力維持の観点から言っても必要なのは確かよね」

クァンメイがハーディの暗に言いたい事を察して答える。

「ですが大佐、新型PLDの完成は早くても今年末から来年頭ですよ」
「完成しても量産化しての配備となればDoLLS全体に行き渡るだけでも来年の春あたりまではかかると……。現行機の補充部品を考えるとあまり本格的な実戦運用は避けたい所です」

ナミとコドウッドが心配気な声をあげる。
現時点では基礎設計すら出来ていない状態なのだ。

PLDの評価試験はまた続いていたが、すでに分析が終わったデータが公開された時点で幾つかの部隊から配備を希望する声が届いていた。
陸自としては、この年5月のお台場事件で決定的な火力不足が露呈した空挺レイバーの後釜として第一空挺師団を中心に配備する予定でいるようだがWAPが苫小牧の技研北海道工場にて生産ラインに乗ったばかりの状態では、試作機の製作もおぼつかない状態であった。

「正直な事を言わせていただければ、データ取りを終わらせた後は時が来るまで封印して置きたい所ですよ」

コドウッドの言葉に、ハーディは首を横に振った。

「技研からの連絡があってな、PLD製造に関して篠原重工が興味を示しているらしい。BEPAMに関しても大阪の松村技研がライセンス生産に興味を示しているとの事だ」
「となりますと?」

ハーディは安心したような顔を見せ、一区切りを置くように言葉を続けた。

「技研工場だけでは月産10機が良い所と思っていたが、篠原の八王子工場をあわせれば月産20機以上は配備できそうだ。松村技研もマイクロアクチュエータを使った人工筋肉の開発ではオーソリティとの事らしいし」

後に大流行するエンジェリック・レイヤーに用いる格闘用人型セボット(センチメータサイズ・ロボットの略)「エンジェル」の駆動機系を独占供給していたのもこの松村技研なのはあまり知られていない話である。

「となりますと、3月にはDoLLS常用機分は配備できると言う事になりますな」
「順調に行けばね」

安心したコドウッドに対して、ナミは溜息混じりに言った。

「それまでは教導部隊としての役割も果たさなければ行けないのも事実よね。WAPの戦術シラバスの草稿を見たけど、とてもじゃないけどお話に成らないわ」

ヤオが呆れた口調で戦術シラバスを観たときの事を思い出しながら言った。

WAPに関しては、もともと京浜工業地帯の一角に無人で出現した霧島重工の工場に存在していた完成機や生産ラインを利用していた為、WAPのOSに含まれていた静止模擬演習機能のチュートリアル以外にはシミュレータや基礎的な戦術シラバス等はゼロから構築せざるを得なかったのだ。
小隊単位での戦術は対機械獣戦、対戦車戦などで問題ないレベルで出来上がっていたが、白兵戦などのプロセスはいまだに完成された物とは言い難かった。

「運用できる武器の種類が大きく違うとは言え、シラバス編集への協力は必要だと思う。しばらく我々は暇することは無いだろうな……」
「はい、それを考えると……一部メンバーのWAPへの機種転換訓練は必要だと思います」

新型PLDがWAPと併用される事が前提であり、要求仕様としても自衛隊側から「2式特攻車との可能な限りの部品共通化」を希望されている以上DoLLS側も2式特攻車へ習熟しておく必要があった。

「来月までに何機かの2式特攻車を回してもらう必要があります、名目は2試特攻車のためのデータ取りとでもしておけば良いかと」

フェイエンの言葉に、頷く一同。
第1中隊(元祖DoLLS)および第2中隊(4thDoLLS)共通の新型PLDはいまだにDoLLSと自衛隊の間で要求仕様のすり合わせ段階であり、設計にも着手できていない。
その点で2式特攻車を実際にDoLLS側で運用してのデータ収集は必要なのは確かだった。

「我々ものんびりしている暇は無いと言う事だ、各自計画の策定を急いでくれ!」
「了解!」

ハーディが長くなった臨時会議にピリオドを打つべくハッパをかける。

それに答えるように、執務室に声が響いた。
それから2週間後、8月の太陽が照り付ける千歳基地にDoLLS訓練用の2式特攻車3機が到着するのと時を同じくして新型PLD、仮称「2試特攻車」の要求仕様が策定された。

戦術用途:

中距離砲撃戦
対戦車戦闘
対航空機・回転翼機戦闘
対機動兵器戦闘
局地戦
高高度空挺降下戦闘(HAHO)
低高度強襲降下戦闘(HALO)
隠密揚陸戦闘

機体構造:
2式特別攻撃車両との共同作戦および前線での整備の容易化のため、2式特攻車と同様から1m前後の増減に留める(全高6.53m~8.25m以内)。
機体構造はレイランドダグラス社製X4-S型のそれを基本形として、プライマリスケルトンを主骨部Li-Ai合金、間接部ネオカーボン及びLi-Ai合金及び外骨格装甲を装甲厚50mmのネオカーボンモノコック構造を基本とし、セラミック及びハイチタン・モリブデンの複合装甲とする。

総重量:
空挺降下作戦時に現在航空機メーカーで複製計画が進められているオムニ軍側輸送機(DoLLSが装備していたC637輸送機のデッドコピー品)での輸送が可能なよう一機あたり乾燥重量5.25t、最大戦闘可能重量20.2t前後とする。

動力系:
PFC(陽電子反応型燃料電池)及び補助として霧島重工式水素分離燃料式タービンエンジン(ハイドロ・タービンエンジン)搭載。
最大出力250Kva/h 無補給限界作戦行動可能時間48時間(PFC/ハイドロエンジン併用時)
高速機動用としてコアレスモーター駆動によるローラーダッシュシステム搭載(防衛省技術研究所(以下技研)が開発中の戦車・装甲車用ハイブリッドシステムを基本とする)。
補助動力源を装備しての連続限界作戦行動可能時間は72時間 最大出力はPFC4基+ハイドロエンジンで2000Kva/hを目標とする。
将来のGSライドあるいはパラジウムリアクター量産化を念頭に置き、動力系には余裕のある設計を求む。

駆動系:
圧電可塑性樹脂製人工筋肉(BEPAM)及び間接部補助駆動として松村技研製マイクロアクチュエーター使用。
各関節部および機体骨格部構成は2式特攻車と共通性を高めるためMULS-P規格(通商産業省登録規格12090号)互換の構造とする。
間接部はMULS-P規格に合わせてユニット化され、前線でも容易に間接部からの切り離し、ユニット交換が可能な構成とする。

機体制御系:

ソフトウェア:
技研製WAP機体制御OSを基本として改良した新OS「MM(ManMachine)-TRON」(補1)による制御を基本とする。

ハードウェア:
音声応答型統合情報通報システム(HAL)による情報連携および機体制御系への思考制御システム搭載を将来的に目指し
来栖川電工製非ノイマン式バイオAIチップPNNC-2005Jを基本としたパイロット支援・統合情報処理システムを搭載する。
基本的電子回路系は低損失率型光ファイバーを用いた光電子回路を基本とする。

兵装系:
現在「赤い日本」占領地域で幾度か存在が確認されている正体不明の重装機動歩兵への対抗策として、12.5mm以上の徹甲弾が発射可能な高速重機関砲を固定武装として搭載する。
その他、各種武装のハードポイントはディジェム社製XB-10型装甲歩兵を基本として、両肩部可動式砲架X2、両腕部手持ち式銃器X2および腕部固定式砲架大腿部オプション収納庫X6の計12箇所の兵装固定部を設置。

(補1)……
四国圏が官民一体で進めている汎用型PC用OS『フォーチュン』に対抗して国産OS『TRON』の機能向上を目指した中の派生品種。
元々技研が開発したWAP用OSが組み込み用OSであるI-TRONを基本にしており、これにディジェム社のXx-10シリーズのOS要素を参考に改良したものが今回、MM-TRONと言う別名称を与えられたのである。
将来的にはレイバーを初めとした人型機械すべての共通OSとなる事を目指している。

「今の技術でPLDが遜色することなくコピーできた事が驚きだけど、実際にこれだけの仕様を満たせるのかしらねぇ」

仕様書を見たヤオがぼやくように言う。
様々なオーバーテクノロジーを付加して考えれば、日本連合の技術でもPLDの複製は可能と考えてはいたが要求仕様を見るとX-4S、X-5S、Xx-10シリーズをすべて統合した上にそれを上回る高性能機であった。

「GGGがLi-Ai合金のパテントを無料供給してくれたのが助かったわね、全部ネオカーボン製ムーバブルフレームと言う手も有ったけど、出来れば構造は変えたくなかったし」

ナミが書類の束を揃えながら答える。超合金NZが大量生産品に使えない今、基礎設計を買えずにPLDの構造材として使用できる素材はこのLi-Ai合金しかなかったのだ。
もしプライマリスケルトンをすべてネオカーボン箱組み構造によるムーバブルフレームとした場合、X4の基本設計を流用する事が出来ず再設計に掛かる時間が無駄に増える結果と成っていただろう。

「製造コスト全部ネオカーボン箱組み構造の方が安くはなるけど、技研でもまだまだ研究には時間が掛かるって言ってたし……今回の新型はまず無理ね」

ナミ個人としては、PLDの構造面からの発展性を突き詰めていくと最終的には「無機物で構成された巨大人造人間」になると考えていた。
100年後の世界からやってきたX-5シリーズを見たときに、彼女はその発展がソフトウェアと火器の性能向上に止まっている事に軽い失望を覚えていたのも事実である。
そういった点で、この複製PLD開発計画は彼女が追い求めるPLDの進化するべき姿を実践する一つの機会でもあったのだ。

まだまだ理想には遠いが、この機体の設計は彼女の理想への第一歩でもあった。
そのためにも、この機体は完成させないといけない。
DoLLS整備中隊詰所に併設される形で急造されたプレハブの中で、ナミは外に目をやりながら新しい機体の構想を組み立てていた。

同時刻 東京都千代田区永田町
日本連合首相官邸 地下会議室

「つまり、この仮説どおりならば今回の揺り戻しは互いに影響しあって起こったということですか……」
「“影響しあった”というよりも“引っ張られた”と言うほうが正しいけどね。どちらにしてもアフリカ大陸でのアンノウンフィールド消失とZoids連邦の出現がキーワードというのは間違いないわね」

DoLLSが新PLDの仕様を決定しようとしていた同じ頃、首相官邸では加治首相以下安全保障会議のメンバーが鷲羽ちゃんの作成したレポートを手に会合を行なっていた。

「5月の新宿での一件、そして今回のDoLLS出現。いずれもZoids連邦の出現で『門が開いた』と言った所でしょうか」

分析を担当していた研究者の一人が、鷲羽ちゃんの言葉を補遺して言う。

「どういう事でしょうか?」

閣僚の一人が上げた疑問に、その研究者は続ける。

「それぞれの関係者より得た情報を統合しますと、銀河系内における惑星Ziの存在する星系、オムニが存在するアルデバラン星系。エデンの存在するグルームブリッジ34星系。この3つの星系と地球が時空融合に巻き込まれた時点での銀河系における位置が、銀河系中心部を挟んで直線状に位置していることが判明しています」

ほほぅ、と会議参加者の間から声が漏れる。
月が地球の周りを周っているように、地球が太陽の周りをまわっているように太陽もまた、銀河系の中心を軸に公転している。
きわめて低い偶然がこの事態を招いたのか、という事に会議室は何度目かの驚きに満たされていた。
そもそも時空融合現象自体がある意味従来の物理学をひっくり返す現象であっただけに、この現象をいかに解析するかはこの世界に現れた多くの物理学者たちにとっての命題なのだ。

「Zoids連邦からの資料によると、惑星Ziより地球に向けて出立したグローバリーⅢ世号という宇宙開拓船が地球近傍において時空融合に巻き込まれた結果、惑星Ziにまで時空衝撃波が伝播した可能性があると聞いているわ。おそらくだけど……Zoids世界の要素が地球に引っ張られてくる途中でオムニは引きずられてきてしまった可能性が高いのよ」

鷲羽ちゃんが続き解説する。
会議室の巨大スクリーンには銀河系の映像と地球、オムニ、エデン、そして惑星Ziの時空融合時点における座標を示すポイントが映し出されていた。

だが、ここで加治首相から質問の声があがる。

「ですが、それだけではあのアンノウンフィールドが今この時期に消滅した事や、5月の新宿における揺り戻し現象について説明がつきませんが?」

首相の言うとおりである。

アンノウンフィールドの消失は6月6日、新宿で起こった揺り戻しは5月30日のことだ。
Zoids連邦の出現そのものがDoLLS出現の呼び水となったなら、新宿に出現した「新統合政府世界」由来の戦闘機やそのパイロットが先んじて出現したことに矛盾が生じてしまう。

「ああ、それについては順を追って説明するわ」

しかし、鷲羽ちゃんはその質問も折込済みだったのか、解説を続ける。

「簡単に言うと、新宿での揺り戻し現象もアンノウンフィールド消失による影響を受けているわ。でも首相の言う様に普通ならこの理論と明らかに矛盾するのよ。でもね……」
「でも?」

全員がその続きを待つ中、鷲羽ちゃんは手元の端末を操作し画面を銀河系の映像から世界地図に切り替え、さらにある場所へポイントする。

「思い出してみて。新宿に出現した三人が直前までどこにいたのか。惑星エデンではなくここだったことを」
「アラスカ……マクロスシティがあるとされる場所でしたね……」

地図上に点滅する箇所の情報を見た者が誰となくつぶやく。

「そう、彼らは時空融合に巻き込まれ、揺り戻しに遭遇する直前で地球上にいたのよ。つまりこのことでアンノウンフィールドの消失より先に出現できたということ」
「なるほど……」
「一見すると無関係に思えるかもしれない。でも、それはあくまで新宿に出現した三人を見て判断した場合よ。実際にはもっと話の規模が大きくなるわ」

鷲羽ちゃんはそこで一度言葉を切ると、改めて会議の参加者を見渡し「それじゃ、改めて順序だてて話していきましょうか」と言う。
同時に巨大スクリーンの映像が切り替わり、アンノウンフィールドが徐々に消滅していく時の様子が映し出される。

「まず、Zoids連邦出現までの一年間、何が起こっていたかについて説明するわね」

更に新しい映像が出てくる。
それは、水中に撃ち込まれたライフル弾がスピンしながら水槽の底へ着弾し、更に回転してようやく止まる様子をスロー再生しているものだ。

今回の議題とはなんら関係ないと思われる映像に誰もが「?」となっているのも気にせず鷲羽ちゃんは新たなレポートを手に説明を始める。

「それじゃ、時空融合直後からアンノウンフィールド消滅までの期間は何だったのかだけど、地球と惑星Ziの自転や公転の運動量とかをアジャストする為のものと考えて間違いないわね」

最初の一言について誰もが頷いてみせる。

「その間、高次空間に大きな『ねじれ』が出現したと推測されるわ。これはまだ仮説の段階だけどね」
「『ねじれ』ですか……」
「なるほど、しかしその『ねじれ』やらとあのアンノウンフィールドがどうつながるんじゃ?」

続く鷲羽ちゃんの説明には納得するものと、首をかしげるものが半々という形になる。
それらの反応をうかがいながら鷲羽ちゃんは引き続き説明する。

「わからない人もいると思うから『ねじれ』についてもう少し説明するけど、アフリカの位置に時間経過や自転速度から何もかもが極端にずれた空間がはまり込んだから、丁度きっちり収まらずスピンしていたみたいなものなのよ」
「それが、アンノウンフィールドが出現していた段階でのことですね」
「そうよ。そしてそういった時空の『ねじれ』が三次元空間上ではアンノウンフィールドとして存在していたということなの」

加治首相の言葉に対して鷲羽ちゃんは説明しつつ、スクリーン上に出したままとなっている映像に一度目を向けたあと、説明を再開した。

「要するに、衝撃波みたいな余波が高次空間でも渦巻いていたと考えられるわ。この映像みたいにね」

その一言によって、流れ続けていた映像に対する全員の反応が「?」というものから納得したものに変わる。

「確かにそうだ。ライフル弾が水底に着弾してもスピンが止まるまでには時間がかかる!」
「ご名答、そしてスピンで生じた衝撃波が完全に収まって水面が元へ戻るのには更に時間がかかるわ。アンノウンフィールドはある程度同期していた地球の並行世界に対して異質すぎる世界がはまった余波というやつよ」
「他の惑星から出現したことがその理由か……」
「別に他惑星とは限らないわよ。例えば『幻獣』が人類の敵として存在していたという熊本も融合から三日間は似たような霧に覆われていたという報告があるわ。世界そのものが異質過ぎる場合、再接続するのに時間が掛かるということかもね」

一気に説明し切った鷲羽ちゃんはそこでコップの水を口に含むと、手元の端末でスクリーンの画面を銀河系の映像に切り替える。

「さて、説明の続きなんだけど、ここからは首相の言った疑問『なぜアンノウンフィールドの消滅より先に出現した新統合政府世界――通称“マクロス世界”――がこの件に関連しているのか』ということも含めて話すことにするわ」

鷲羽ちゃんの言葉に、会議の参加者一同が頷く。

「先に言ったけど、5月末の揺り戻しだけを見れば発生した時期などの条件から考えて今回の件とは別のものと思ってしまうわよね。でも、どうやらそうじゃないみたいなの」
「つまり、新宿での揺り戻しももDoLLSの出現同様、アンノウンフィールドの消滅と関係があるのか……」
「まぁ、ここまで前振りが長かったらそう誰でもそう思うわよね」

なるほどと頷く参加者の様子を見て、鷲羽ちゃんは続きを話しはじめる。

「アンノウンフィールドが消滅して始めてZoids連邦とDoLLSは出現した。だけど、そうとは気づかないところで消滅する前兆があったというのは考えられない?」
「あっ……!」
「言われてみれば……」

思わず、参加者からそんな声が漏れる。
一方、鷲羽ちゃんはそのままレポートを手に話しを進めていく。

「確かに、5月末の揺り戻しでは融合直前の段階で地球上にいた三人が出現したわ。でも思い出してみて、出現した三人のうち戦闘機に乗っていた二人は揺り戻しの前にある方法で地球に来ていたということを」
「……恒星間飛行か!!」
「その通り。新統合政府世界で用いられているフォールド航法という恒星間航行技術。戦闘機に乗っていた二人――イサムちゃんとガルドちゃん――はこれを用いて地球に来たわ。ここまでは当人達からの証言で判明していることよ」

5月末の揺り戻しと今回のアンノウンフィールド消失の意外な接点に加治首相以下の参加者全員がざわめく中、鷲羽ちゃんは説明を続ける。

「私も、5月末の揺り戻しは2機のバルキリーがフォールドブースターを用いたことで、その航跡を通じて時空振動波――時空振動弾の波動――が新統合政府世界にまで及んだ結果として発生したと思ってたのよ。そう、6月の安全保障会議まではね……」
「その直後にアンノウンフィールドの消滅と新たな揺り戻し現象、それも外宇宙の惑星から出現するという事態が相次いだので考えを改めざるをえなくなったということですか」
「そういうこと。Zoids連邦からの資料にはグローバリーⅢ世号が超空間航法で地球近くへワープアウトする際、時空振動波に巻き込まれた為に超空間通路を通って波動が惑星Ziまで巻き込んだとあるわね。そして……」
「そして……?」

誰もが固唾を呑んで鷲羽ちゃんによる次の一言を待つ。

「その超空間通路は丁度、新統合政府世界でフォールド航法により生じた惑星エデンから地球までの航跡を飲み込んで、さらに地球から惑星オムニへの超空間航行ルートも一緒に飲み込んでしまったみたいなのよ」
「なっ!!」

ここまでの話で最大級の衝撃が会議室を襲い、誰もが絶句した。

「無茶苦茶だとは思うけど、これがこの2ヶ月足らずの期間に立て続けで地球外の存在が出現したかの理由になると思うわ」

そのプロセスを第3新東京大のMAGI1号機によって再現したCG画像が流れ、超空間通路によって銀河単位で時空融合が波及していく様に誰もが絶句していた。

「そういえば鷲羽ちゃん、ワシらが接触した際にガルド君が言っていたディメンジョン・イーターについてじゃが……」

安全保障会議のメンバーがCG画像による時空融合波及のシミュレーションに見入っている間、獅子王博士が鷲羽ちゃんに声をかける。

アメリカとの交渉の際に諜報員の伊賀野が聞き出した時空融合の元凶である時空振動弾。
そして、その時空振動弾と類似したものと推測されるディメンジョン・イーターの基礎理論。

唯一知っていたガルドも大雑把な外郭しか覚えてないと言っていたが、その科学雑誌の記事には

『今の所場合によっては空間をフォールドして破砕することにより、ほかのパラレルワールドまで無限に広がる空間衝撃波を発生させてしまう事になりかねず、これを制御する理論を構築するまでこの兵器は机上の空論に終わってしまうだろう』

という一文を彼が覚えていたことで、時空振動弾にもフォールド航法の理論の一部が使われていることはほぼ確定となっていたのだ。

「フォールド航法の基礎理論を教えてもらったけど、所定の対象物あるいは空間をフォールドして亜空間に飛ばしてしまう……という推測ではとてもじゃないけど時空融合を起こすきっかけとなる現象は起こせない……と出たわ」

鷲羽ちゃんもダメだこりゃ、と言った顔をする。

「そうか……困ったのぅ」

ディメンション・イーターの理論が時空融合解除の糸口になるのではないかと思っていた獅子王博士もその一言に落胆する。

もっとも、時空振動弾そのものが所定の対象物を亜空間に吹っ飛ばす代物であり、その設定範囲が「無制限」にされた結果として時空融合が発生したとは二人とも思ってないだろう。

それは裏を返せばディメンション・イーターでも設定を無制限にすれば時空融合を引き起こす事ができるということにもなるのだが、この事はまだ今の時点では知らないほうがいい事実かもしれない……。

実際、新統合政府世界でもディメンジョン・イーターを実用化できたのは、理論発表から20年以上経過した2050年代後半であり、乏しいメタ情報ではこれ以上の推測は困難としか言いようがないだろう。

「実物が無い理論だけの状態であれこれ言っても仕方が無いわね。今後、運良く実物が出現すれば御の字ってぐらいに考えるぐらいにしておきましょ」
「そうじゃな。本格的に研究するのは将来フォールド航法を実用化してからでも遅くないかもしれんの」

鷲羽ちゃんは獅子王博士と顔を見合せ頷くと、再び壇上に上がり今回の主要な報告については終了したことを述べる。
その後、会議は参加者による質疑応答へ変わった。

今回の報告は、その内容があまりに衝撃的だった為、参加者からの質問が普段以上にあがることとなったがこれは当然だろう。

「鷲羽ちゃん。私からの質問ですが、5月の新宿で起こった揺り戻しはアンノウンフィールド消滅の“前兆”と先の報告にありましたが、他にもこの前兆に当てはまると思われる揺り戻しは起こってたのでしょうか?」

まず、最初に発言したのはやはり加治首相である。
今回の出来事が、宇宙規模であるとわかったことは彼にとっても衝撃的だったが、同時に安全保障会議の座長として知る必要があると思ったのと同時に知的好奇心を刺激されたのだろう。

この質問が来ることを鷲羽ちゃんも待っていたのか、すぐに資料を取り出し説明を開始する。

「あるわ。それも日本連合と関係のあるものも含めてね」
「わが国と関係があるとは……何時ごろの揺り戻しですか?」

日本連合という単語に加治首相以下全員が反応する。
ある者は記憶の糸をたどっているのか、何かを思い出そうという表情をしていた。
すでに気づいているものもいる様だが。

「新宿での揺り戻しを別とすれば、2月末のエマーンにおける巴里出現と3月頭に起きた木星蜥蜴――マジンとテツジン――の出現よ」

それを聞いた安全保障会議のメンバーは皆なるほどといった表情を浮かべる。

「他にも丁度この時期、日本連合以外にも世界中で揺り戻し現象が確認されているの。このことから2月ごろからアンノウンフィールドが減衰し始めていたと推測されるわ」
「先ほどの映像で例えるなら、衝撃波で発生した渦が弱まってきたということか……」
「その通り、その影響でそれまで巻き込まれていた時空がはじき出されてきたと思ってもらえればいいわね」

ここで質疑応答の担当が一旦、鷲羽ちゃんから獅子王博士に移る。

「先ほど鷲羽ちゃんが話してくれた通りじゃが、今回の揺り戻しはアンノウンフィールドのねじれと時空の復元力が拮抗していたのが、渦が弱まったせいで復元力が弱まって現実に復帰してきたというものじゃ。だから時間軸が極端にずれていたり、外宇宙からの出現だと理解してもらえれば結構じゃよ」
「なるほど……」

獅子王博士の説明に、参加者は皆ただただ頷く。

「そして大事なことを話しておくと、この現象はエヴァンゲリオンがボク……いやGGGを含めた川崎市のあった世界を巻き込んだ件とよく似た現象なんじゃよ」
「それはどういうことです?獅子王博士」

意外なところで日本連合の最高機密の一つである存在の名前が出たことで、加治首相は思わず聞き返した。
同時に何人かの常設メンバーも表情を固くする。

「以前の会議でも話したことじゃが、3体のエヴァンゲリオンとGGGのあった世界は時空融合に一歩先んじておる。これは鷲羽ちゃんが出したイメージ画像に例えるなら日本連合に於いてはエヴァが渦の中心、ライフルの弾丸になって融合していることを示しているんじゃ」
「エヴァンゲリオンが時空融合の要である特異点であるのは知っていたが、今回の件とそのような共通点があったとは……」

簡単な説明といえど、獅子王博士から述べられた説明を前に誰もが驚きを隠せない。
さらに獅子王博士は言葉を続ける。

「アンノウンフィールドではzoids世界全体が弾丸となっている上、規模が銀河レベルだったので遙かに巨大かつ時間が掛かっているだけで、本質は一緒なんじゃよ」
「そうだったのか……」
「とりあえず、ボクからの補足説明は以上じゃ」

ここで質疑応答の担当は再び鷲羽ちゃんに戻る。
次の質問を彼女が求めるとすぐさま手が挙がった。

「私からも質問させてもらいたい」
「どうぞ、土門ちゃん」

鷲羽ちゃんの言葉に苦笑した質問者は、土門敬一郎 危機管理担当主席補佐官だった。
危機管理部門を預かる者としては、今回の件が新宿での揺り戻し同様危機管理の面で考えさせられることが多かったのだろう。

「今回のアンノウンフィールド消滅に前後して外宇宙からの揺り戻し出現があったことの背景は理解できた。だが、それならば今後も外宇宙からの揺り戻しの可能性があると考えていいのか?ご教授願いたい」
「その考えは正しいわよ」

すかさず鷲羽ちゃんから返ってきた一言に、土門補佐官だけでなく加治首相も含めた参加者全員が「ああやっぱり」という表情を浮かべる。
そんな参加者一同へ鷲羽ちゃんは更に一言付け加えた。

「でも、もう一つ足りないわね。それだけじゃないのよ」
「それだけじゃないとなると、一体何が……?」
「さっき獅子王博士が以前の会議の事を話してたけど、この会議で話された内容に『南米で起こった時空震によって丁度反対側辺りにあった日本連合はさまざまな平行世界が混ざり合うこととなった』という報告があったのを覚えてる?」

その一言に、誰もが頷く。
昨年行なわれた「時空融合現象解析・第一回報告」は参加者に強烈なインパクトを残していた。

「あのときの報告で日本連合が1000を超える世界が混ざり合うこととなった経緯と背景を説明したけど、そのときの時空振動波が宇宙空間に放出された基点もまた日本連合辺りなのよ」
「つまり、それは……」

とんでもない事実に、質問者である土門補佐官の表情が思わず引きつる。
同時に彼も、ある意味考えられる最悪の事態を頭に浮かべたが、その続きを口にするのを思わず躊躇う。

「ぶっちゃけて言うと、今後も外宇宙からの揺り戻しがあったらその場合は日本連合に出現する可能性がムチャクチャ高いのよね」
「思ったとおりか……」

あっさりとした鷲羽ちゃんの言葉に、全員が脱力してしまう。
一方、土門補佐官は加治首相となにやら話し込んでいる。
おそらく、今後の対応についてだろう。

「あ、悪いけどこれについてはまだ続きがあるのよ」
「まだあるのか……。とりあえず、続きをお願いしたい」

鷲羽ちゃんから続きがあると言われて、脱力していた参加者からは顔を青くするものも出てくる。

「さっきは時空振動波が宇宙に放出されたと言ったけど、この時のエネルギーは一直線ではなくて地表に対して法線方向へ発散している可能性が高いのよ。ついでにいうと地底方面にも発散しているわね」
「地底方面への発散は、北海道の北日本鉱業が有する大地下空洞が出現していることからも明らかじゃよ」
「つまり、地底からも何か出現するということか……頭の痛い問題ですな」

横から獅子王博士が一言付け加えたのを聞いた参加者一同はこれにもビックリだ。
どうやら今日の質疑応答は体に悪いものばかりらしい、と加治首相は思った。

「ああ、でも安心してね。この状態が続くのはあと一年前後ぐらいの期間だから」

それを察したのか鷲羽ちゃんが続きを言うと、参加者は皆安堵する。

「しかし、なぜあと1年前後と言えるのです?確かに揺り戻しそのものは地震の余波みたいなものだとはわかりますが」

土門補佐官の質問に続く形で加治首相が再び質問する。

「それはね。アンノウンフィールドが消滅したことで時空が安定化していくからよ。少なくとも外宇宙から何かしら出現するという点についてはね」
「それなら相克界についても今後は……」
「悪いけど、今度の件は相克界の消滅とはまた別問題だから熱死の問題については引き続き研究が必要だと覚えておいてね」

鷲羽ちゃんからの一言に加治首相は一瞬残念という表情を浮かべたが、すぐわかりましたと頷いてみせた。

「先ほど外宇宙については一年ぐらいの期間を凌げばいいとのことだが、地底方面についてはどうなる?」

二人のやり取りを聞いていた土門補佐官がここで再度質問する。

「地底については、まだなんとも言えないわよ。なにしろ地球の側に向いたエネルギーは外宇宙の事とは無関係だもの」
「やはり、警戒が必要ということか……」
「もっとも、今後時空が安定化するなら外宇宙側と比例して地球側も同様に安定化するから、揺り戻し現象も大きなものは順次減っていくはずじゃよ」
「そうね、さすがに融合した世界について調べても『地球が空洞だった』なんて世界は無かったようだし、そんなにとんでもない物は出てこないと思うわよ」

獅子王博士が鷲羽ちゃんの発言にフォローを入れる形で発言する。
その後も、いくつかの質疑応答があったものの他に特筆するべき内容もなく、今回の安全保障会議は終了した。

さて、会議後に控室の一つで加治首相や鷲羽ちゃんといった参加者の一部は以下のような会話をしていた。

「ところで例のDoLLSによるハッキングだけど、流石に機密指定レベルのところにはたどり着けなかったみたいね」
「仮にたどり着いたとしても、手を出したかどうかは疑問が残りますが、たどり着けなかったあるいは気づかなかったというのは事実です」

鷲羽ちゃんが言うのは、融合直後にDoLLSメンバーがネットワーク上へ行なった一連のハッキングについてだ。
DoLLsのハッキングは、すでに連合議会も知るところになっていたが、あえてそれを非難することはなかったのである。

「ですが、こちらの情報を鵜呑みにするのも困り者ですからね。独自の情報収集をするぐらいなら大目に見てもいいでしょう」

土門補佐官の言葉に加治首相と鷲羽ちゃん、そして五十嵐 情報調査本部長が頷く。
A級機密にすらたどり着けなかったことで、特に問題とする必要はないというのがハッキングに対する連合政府の出した結論だったが、同時に自力で情報収集できない組織を受け入れるのも危険というのもまた事実だったのだ。

「しかし、短時間で自分たちに必要な情報を収集する能力は脅威ですね……。彼女たちのハッキング能力は我々もぜひ参考にしたいところです」
「そうなると以前、荒巻君が首相に構想を話されたという“攻性型の対テロ組織”の設立に際して組織のメンバーに身につけさせるというのがいいかもしれませんな」

首相の言葉に五十嵐本部長が続けて話す。
この日、控室に残った者たちは何時になく長く、そして熱い議論を重ねていた。

しかし、捜査の基本はネットワーク上での情報収集やハッキングではない。
それらは副次的なものであり、そのメインは誰にでもできる反面根気のいる「足」を使った聞き込みなのである……。

同時刻 都内某所
ある雑居ビルの一事務所

「ほらよ。今回の特別手当だ」
「どうも……って、いきなり背後から放り投げないでくださいよ!」

上司の放り投げた給料袋を乾麺に当たる直前でキャッチした若者は、給料袋の厚みに意外な顔をする。
これまでにも、何らかの手当ては出ていたがこれほど多額の支給は初めてだったからだ。

「何かあったんですか、この前の依頼は……」
「まぁ、簡単に言えばクライアントにも裏があった。これ以上は聞かん方が身のためだぞ」
「なるほど……」

恐らく、依頼者が当初の契約違反みたいなことをやらかしたか当初の依頼から外れた仕事でもしたのだろうと若者は考え、それ以上は追求しなかった。

(それにしても「何でも屋」とはよく言ったものだ。最初は大工仕事とか引越しの手伝いとかの肉体労働でもやらされるかと思ったら、素行調査とかもやるとは……まぁ、給料の入りはいいけど)

給料袋と机で書類をまとめている上司の方を交互に見ながら若者は思う。
この「何でも屋」とでも言うべき事務所に勤め始めたのは、時空融合で内定先が消滅してしまった結果、融合孤児ならぬ「融合浪人」と化してしまったあの日から半年ほど経ってからだった。

彼――若者――にしてみれば、融合景気と称されあちこちで労働力が必要とされる時期だったのでその気になれば、バイトの掛け持ちでも食べるに困らないぐらいの稼ぎは得られてた。
だが、やはり定職に就きたいという思いがあったのも事実であり、家のポストに投函されていた手製のチラシを片手にこの事務所のドアを叩いたのである。

結果は即日採用。
翌日から自分の上司である「所長」や他の同僚と共に「何でも屋」の通り、何でもやることとなった。

(最初の頃は、大工仕事や引越しの手伝いや大掃除に解体作業のアシストに迷い犬探しとかやったなぁ……ああ、ドブさらいもしたっけ。でも最近は……)

そう、少し前から見込みがあると思われたのか、浮気等をはじめとする素行調査や尾行という仕事を任されるようになった。
中には、表に出せないような内容のものもあったが、その理由は所長や同僚である先輩達の出身を知って納得したのである。

所長は、かつて「赤い日本」の特殊作戦部隊に所属していたのだ。
融合直後に混乱の中、日本連合へ投降した後は自衛隊に入らず一般市民としてこの仕事を始めたのだと本人から聞かされた。

(通りで依頼内容の中に、どう考えても政府筋からのモノがあると思った……)

恐らく、現在も自衛隊に少なからず所属しているという所長の友人知人や上官といった人物のつてで仕事を請けているのだろうと若者は察した。
元といえど特殊作戦部隊の隊員ならば、尾行や隠密行動もそこらの探偵よりは数段上というのはミリタリーにそれほど詳しくない彼でも理解できたのである。

「ん?」

そんなことを考えていた若者の目にあるものが留まる。
書類棚の一角に置かれたフォトスタンドに収まった一枚の写真。

写っているのが、軍服姿の上司やその同僚と思われる人物であることや屋外であることから、融合前に撮影されたのだろうと彼は思った。
いや、そんなことは些細なことである。

彼が注目したのはそこに写りこんだ人物の中で、一人離れて写っている男だった。

軍服や手にしている装備は自分の上司や他の人物と変わらないのだが、その雰囲気が違った。
いうなれば、常に殺気というか危険な空気を漂わせている様に思える。

「所長、この写真何時ごろのですか?」

若者は、好奇心から自分の上司に写真を見せる。
一方、当の上司は写真を一瞥したあと、書類と格闘しながら口を開いた。

「そいつは、俺が融合前にまだ旭川の国境線に配属されていた頃の写真だ」
「へぇ……それじゃこの人は誰なんです?」
「どいつだ?」
「この人です。一人だけ離れて写ってたので気になりまして」

若者により指差された写真の人物を見た上司は厭なものを思い出したのか、一瞬表情を曇らせた後再び口を開く。

「俺の同僚だった奴さ……そいつは、俺の知っている中でもとびっきりの『危険人物』でな、南に亡命しようとする者を最も多く殺した男だ」
「え……、でも任務だったからでしょう?それなら殺すのも仕方……」

仕方が無いと言おうとしたとき、若者は次の瞬間それをさえぎる様に出た上司の言葉に凍りつく。

「逃げられないと悟って戻ってきた者や投降した者、それもまず子供、女と弱いものから殺していったと知ってもか?」
「な……!」

衝撃の内容に言葉が出ない彼に対して、上司は更に続ける。

「あと、そいつには危険な噂が流れていてな。なんでも、出世の為に妹を殺したらしい」
「……」
「俺も最初聞いたときは耳を疑ったが、奴もそれを否定しなかったから大方事実なんだろうよ」

その場に暫し沈黙が流れる。

「その後は、どこに……?」

話の内容が衝撃的過ぎたのか、若者はそう言うのがやっとだった。

「国境警備の後、特殊戦師団に行ったそうだがあとはさっぱりだ」
「そうですか……」
「ま、奴がこっちに出現して未だ同じことやっている可能性も捨てきれないがな」

淡々と話す上司を前に若者は給料袋を手にしたまま立ち尽くしていた。

「もう質問は終わりか?なら上がった方がいいぞ。それから一つ言っておいてやる」
「なんですか?」
「そいつに興味を持ったというのならやめておけ。万一街中であっても近づくなよ。さもないと……」

そこで上司は一拍置いて再び口を開く。

「死ぬぞ」

僅か三文字に過ぎない言葉だったが、その口調は事務所内の空気を一変させるほどの重みがあった。

数分後、若者は雑居ビルから自宅への帰路を歩んでいた。

刹那、上司との会話が蘇り背後を振り返る。

(……いるわけないよな)

あの写真で見た顔が無いのを確認し、再び彼は歩き出す。
その胸中に、もし街中で「あの男」と出会っても逃げ切れるのかという薄ら寒いものを感じながら。

ToBeContinued.

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