作者:EINGRAD.S.F

「そう、完璧なの?」  敢えて自分の言った言葉を繰り返す美智恵に令子は違和感を感じた。だが、それを敢えて否定する気は起こらなかった。 「勿論よ、ママ」 「…そう、じゃあひとりでもやって行けるわね? 当然」

スーパーSF大戦 インターミッション


横島ファイル

 その四。

「へっ?」

 美智恵が令子に対して放った寝耳に未水の言葉に令子は固まってしまった。

「アナタが完璧って言うなら、自分ひとりでどうにでも出来るでしょって言ったのよ。令子」
「あ、…あったりまえじゃないの。ママがいなくなっても私はひとりで生きて来たんだから。ママが死んだって言うのに平然としていたあのクソ親父の世話になんかならないで、私はひとりで!」
「だからあれは仕方が無い事だったって今の令子は知ってるでしょ? アシュタロスを倒す未来を知っている私は、未来の情報のままに『死んでいなければならなかった』の。だからわざわざお葬式まで出して、世間をゴマ化したんじゃないの〜♪」

 つらい過去も軽く言ってしまう美智恵であったが、覚悟を決めて状況に望んだ美智恵と違い、否応なく巻き込まれた令子としてはそんな軽い調子で受け流されるものではなかった。

「…その後、私を見捨ててパパと一緒に暮らしてたくせに…アタシは…ママが死んだって、なのにクソ親父は平然として…ママが生きていたの知っていたのに私には教えずに…自分の興味を満たす為アマゾンなんかに行きっぱなしで私の事なんか、見向きもしないで…」
「仕方ないでしょ〜、アナタに歴史を教えたら歴史が変わっちゃうじゃない。パパも辛かったのに決まってるでしょ、でもね、もしもアナタに私の事を教えていたら歴史は変わって人類はまず間違い無く絶滅していたでしょうし。それにお父さんは強過ぎる感応能力者だから人間の間では暮らせないんだもん、彼と一緒に住めるのは心を共有した事のある私だけ。そう言う訳だから、アナタが何も知らなかった事なんて、大事の前には小さな事だわ」
「自分は親父と一緒にアマゾンの僻地でラブラブしてたクセに、偉そうな事言わないでよ」
「…そうね、確かに私がした事は親子の間でしては行けない裏切り行為だわ…」
「フフン、ようやく認めたわね。だからママ、私に」
「でも、必要であれば私は何度でも同じ事をするわよ。霊的な災害から社会を守るのが私の使命だもの。その為であれば、必要であればヒノメにだって同じ事をしなくてはならなくなっても私はためらわないわ。もっとも、今の世界では時間移動は出来なくなっているけれど」

 その冷徹な言葉に令子は絶句した、だが美智恵の言葉にそれまで親子の会話だと思い参加していなかった横島が口を出した。
 隊長こと美智恵がどう言う性格なのか横島は良く知っている。
 かのアシュタロス戦役の時には、偶発的な出来事によってたまたま相手側に紛れ込んだ全んどド素人の横島の事をこれ幸いにとスパイに仕立て上げ、そして横島のアシュタロス側での信頼度を上げる必要から、そして成り行きでスパイになった為に中途半端な覚悟であった横島の退路を断つ必要から、マスコミに未成年で情報公開に制限が掛けられている筈の横島の個人情報を流し全人類の裏切り者呼ばわりした挙句、結末を知っていたとは云えども美智恵自らの攻撃によって敵陣営の中枢たる兵鬼『逆天号』ごと横島を葬り去ろうとした事実が有った。
 あの時の美智恵は本気だった。もしも横島が機転を効かせて美智恵の策を見破っていなければまず間違い無く横島ごとアシュタロスの尖兵は葬り去られて人類の勝利となっていた筈だ。
 幾ら未来情報を知っていたとは言え、一歩間違って横島が死んだとしても彼女は「後悔だけして」淡々と次の作戦である人界を覆う結界を除去し神人魔の理を乱す今回の出来事(アシュタロスの乱)に対し神界と魔界に助力を嘆願し、アシュタロス復活の防止を進めたであろう事は間違い無い。
 美智恵の事を「隊長」と呼んで親しんでいる横島であったが美智恵が未来の事を知りながら、つまり「彼女」の消滅と言う事実とそれによって横島が心に深い傷を負う事を知りつつも人類の保持と言う大儀名分を掲げ、その実は「娘を救う未来の為」に冷徹に作戦をこなして行った事実を知っている。  今では横島もその事に納得している物の、美智恵のそう言う考え方に全面的に賛同している訳でも無いのだ。
 美智恵の策が無かったとしたら横島は「ルシオラ」と親しくなる事など無かったろう。
 だが、美智恵の知る知識を上手く用いていればもしかしたらルシオラは助かったのではないか、と言う気持ちが心の奥底では熾火の様にくすぶり続けているのも事実である。
 それは本人すら気が付いていない疑念であったが、ちょっとした出来事で新鮮な空気を送られた焚き火の後の種火の様に燃えあがりそうな心理状態であった。
 だから、彼女が令子に告げた言葉は彼の心の琴線に触れたのだ。

「ちょっと待ってくださいよ隊長。ヒノメちゃんを犠牲にするって一体どう言うつもりなんですか!?」
「もしもの話よ。そんな事にならない様にオカルトGメンやGS協会を立ち上げてるんだし、アシュタロスの時だって令子を犠牲にすれば簡単に事は運んだけど、アシュタロスからも人類からも娘を守り切ったって自負しているわ。ただその覚悟が有るって言うだけだから…心配しないで」
「本当っスね」

 美智恵はニッコリ笑って肯定したが、横島は何か釈然としない物を感じていた。

「で、令子」
「何よ、自分でひとりでやっていけるって言ってるじゃない。勝手にすれば?」
「そっ? じゃ遠慮なく、横島クン達は私が引き受けます。彼らにはもっと相応しい場所があるわ」

 美智恵はキッパリと言い切った。それで決定、と言わんばかりだったが話題の本人は慌てた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ隊長。何勝手に決めてるんスか。オレはここに残りたいっス」
「給料は低いし、雇用主のモラルは最低、ちょっと色気が有るからって見せびらかすだけで何もさせない。それでも?」
「そりゃあ、もう少し給料が上がらないと餓死しそうですし、上がってくれるならそれに越した事は無いっスけど」

 横島が期待を込めてチラッと美神の方を伺うとギラッとした視線が返って来た。

「それでもオレはここに居たいんス」

 横島は決意を込めた視線で美智恵を見詰めた。

「横島クン…」

 流石の美神も、史上稀に見る厚い面の皮を破って横島に好意の顔を向けた。
 それを見た美智恵はヤレヤレと安堵にも似た気持ちを抱いていたが、残りのメンバーの意見を訊いて見た。

「おキヌちゃんは?」
「…わたしも横島さんと同じです。美神さんには色々お世話になってますし、私がいなくちゃこの事務所が…」
「おキヌちゃん、本来だったら清掃員を雇えば済む事なんだけど、令子がそれを出来ないのはね、例えばこの事務所に他人を入れられると思う? 出来ないわよね? もしかしたらその人がマル査の捜査員かもしれないのに」

 それを想像して見たおキヌの脳裏には、翌日の新聞の一面にデカデカと飾られた『新世紀最大の脱税犯捕まる。あのGS美神が。問われるGS達全員のモラル』の文字が。
 もしもそうなったら・・・今現在活躍しているGSに向けられている好意の目がそのまま侮蔑の眼差しに変わるであろう事は明白であった。

「あうあう、えーと、無理っぽいですね。だから私が残らなくちゃここがゴミの山に…」
「ダメよおキヌちゃん。これは令子の母親としておキヌちゃんにお願いなんだけど、このままじゃ令子は『片付けられない主婦』になっちゃうでしょ? まだ若い内に矯正させなくちゃならないの。だから、ね? これは令子本人の為なのよ。そうでしょう?!」
「…ハイ…」

 美智恵の説得力有り過ぎな言葉におキヌは何も言う言葉が無くなった。
 陥落したおキヌの次に、横島に心酔している狼少女に確認を取る。

「シロちゃんは」
「拙者、先生がここに残るなら弟子である拙者もここに残るでござる」
「横島クンに着いて行く、って事ね?」
「そうでござるよ」

 取り合えず言致は取った、彼女は横島が行く所へ着いてくるだろう。
 さて、最後がもっとも難関だった。彼女を野放しにするわけにも行かない、だが、自分の自由を拘束される事を最も嫌う白面金毛九尾の狐である。

「タマモちゃんは?」
「あたしはハッキリ言ってどっちでもいいんだけどね。からかう相手のいるここの方が楽しいし、あたしの正体を知って置いてくれる美神には正直感謝してるから…」
「でも、実際にタマモちゃんを助けたのは横島クンよね? 令子じゃなくて」
「そう言やそうね。違約金を払うのがイヤで、契約通りあたしを狩ろうとしてたっけ…」

 どうにもこうにも令子に不利な状況しか出て来ない。
 だが、横島にとってここは大事な場所であり離れる事など考えられなかった。だから。

「それでもオレはここに残りたいっス。お願いします隊長」
「どうしても?」
「お願いします」

 その真摯な瞳に美智恵は「しめしめ」とほくそ笑んだ。横島がここにこだわるのは美智恵の計算通りだったからだ。
 だが、このままでは横島は今まで通り擦り切れるまで扱き使われるだろう。それでもここにいたい、等と言った事を令子が忘れるはずが無い。きっとギリギリまで経費の削減、つまり横島のバイト代を切り詰める筈だ。
 そうなると表で控えている彼らにとって実力行使を行う口実になる。
 だから、横島には気の毒だったが予定通り事を起こす事を決意した。

「横島クン達の気持ちは良く分かったわ」

 美智恵の言葉に一同は安堵の表情を浮かべた、特に令子など強情の仮面の向こうから溜息すら聞こえて来るようだ。

「でもね、やっぱり横島クン達はここにいちゃダメ。来たるべきオカルトGメン候補生としての訓練を受けて貰います」

 と、キッパリ言い切った。

「「「「「ええええええーっ!!?」」」」」

 美神事務所の人間は一斉に怒号を上げた。

「なんでよ?! 横島クンはここに残りたいって言っているのに、本人の希望を無視して勝手に!」
「令子は黙ってて。税務署の知り合いに横島クンへの給料明細と横島クンの家計簿、見せちゃうぞ。表も裏もね」
「グッ…」

 経営者として事務所の経営を担っている令子。
 彼女は利益を上げるために様々な事をしているが、勿論税金対策も欠かさなかった。
 ただ問題なのは、彼女の場合「税金対策」の範囲を大きく逸脱して「脱税」の域にまで達している事だ。
 しかもかなり阿漕な税金対策として二重帳簿を活用しており、収入を少なく・支出を多く記録して収支の差から純益が極めて少ない状況を演出していた。
 彼女のその手の才能は霊能力以上に優れており、税務署も怪しいと睨んでいるにも関わらず尻尾を掴ませなかったのだが、その中でも一番のウィークポイントが人件費であった。
 一般の雇われGSの月収は50万円以上。
 業界トップの美神除霊事務所なら100万円は硬い所だ。…少なくとも税務署にはその様に届けてある、が、実際は時給255円と言うフリーター以下の給料しか貰っていない。
 これが税務署にばれたら…@帳簿に不正が発覚、家宅捜索による再調査A莫大な追徴課税B時空融合孤児保護法違反により聖闘士自らが鉄拳制裁。と言う流れになる。
 特にBの聖闘士の場合、通常なら一般人相手であるので、それほど実力を必要としない為に素手で実行する場合がほとんどだが、魔神級の神魔と戦ったと言う美神事務所に突入する場合は聖衣をまとった正規の装備で実行するだろう。
 となったら小龍姫からガメた龍神装備&ワルキューレの装備を着服した『ニーベルンゲンの指輪』を着用しても対抗するのは難しい。
 その証拠を突きつけた美智恵に令子は黙るしかなかった。

「隊長! オレはここでこの能力を身に着けたんです。オレの能力を伸ばすためにもここにいなくちゃダメなんです」
「確かに、師匠が弟子に稽古を付けるのは当然だわね。GSならば悪霊妖怪に関するオカルト知識とかも」
「あ!」
「うっ!」

 簡単な言葉であったが、効果は抜群であった。
 令子はアシスタントとして横島を雇って、彼の霊能力を発現させる為の訓練をした事実は無い。美神は横島の中に眠る才能にはこれっぽちも気付かずにいた。彼が霊能力を身に付けるキッカケは小龍姫の発案であり、それを聞いた時に令子は『横島の才能なんて』と、ハナで笑っていた。
 横島が霊力を会得したその後も、令子が横島の能力を便利に使った事は有るが、彼にそれをコントロールする為の訓練や増強の為の訓練などは一切した憶えが無い。しかも実践の場で役に立つはずのオカルト知識の常識でさえも。
 勿論『あるミッションの為に一時的に』と云った例外はあるが、彼の霊能力を計画的に増強したり、それらをコントロールする術をトレーニングし教育を施す、と言った教育計画を具体的に常日頃から計画を立てて実施していた痕跡は何処にも無い。
 それでも彼は世界最強級のGSになったではないか、と言われるかもしれない。
 事実、実践に於いて美神の側で戦いに馴れていたお陰で邪龍神族のメドーサが、更にはあの魔神アシュタロスですら『横島さえいなければ』と悔恨の言葉を残し、滅んだ。
 美神の戦いを間近で見て来た横島は美神の芸術的なまでに卑怯な、魔族が『自分達以上だ』と恐れおののく迄に至った、果てしない卑怯っぷりを学び取りそれを以って数々の敵を滅ぼして来たのだが、それはあくまで『門前の小僧』であって美神の指導の元に霊力の鍛錬を継続した努力の結果では無い。
 よって横島の言葉に美智恵が指摘した様に美神が横島に稽古を付けたと言う事実は成立しないのだ。
 しかも足りない知識のせいで横島が失敗した時には神通棍でしばいてさえいる始末。
 これならば、よっぽど横島の方がシロに対する師匠っぷりを見せている。
 だから、美神が美智恵の言葉に反論など出来るはずも無かったのだ。

「横島クン、アナタがもしも令子の役に立ちたいと考えるなら正式な霊力の訓練を受けるべきです。妙神山みたいな一発勝負な霊能力開発プログラムではなくてね。地道に訓練した力は決してアナタを裏切らない。だから、横島クンはGメン訓練施設で引きうけます」

 キッパリとした美智恵の言葉に美神は顔を真っ赤にしながら歯を食いしばって耐えた。
 そこへ弱々しく、良く分かっていない顔をしてシロが美智恵の方を伺った。

「あのぅ〜、拙者はどうすれば良いのでござるか?」
「もちろんシロちゃんは横島クンと一緒にいるんでしょ? 」
「! 分かったでござる美智恵殿。拙者は師匠と一緒にいても良いんでござるな?」
「歓迎するわ」
「やったでござるよ!」

 シロは素直に横島の側にいられる事を喜び、尻尾を振りまわした。そんな彼女の様子を見てタマモは嘆息した。

「やれやれ、愛犬まっしぐらって感じ?」
「拙者は狼で御座るっ!」
「どう見ても飼い馴らされた犬にしか見えないけどね」
「なんだとぉーっ!? そこへ直れタマモ! 刀の錆にして…」
「フン…返り打ちに……」

 剣呑な調子で霊波刀を構えるシロに対し、タマモも狐火を指先に灯し牽制する。
 いつもの調子で仲良く喧嘩を始めたふたりであったが、いつもとひとつ違う事をこの時ようやく思い出した。

「ふ…ふぇえええ」

 美智恵に預けられ、先程ようやく機嫌が直ったひのめが場に立ち込める嫌な雰囲気に泣き出しそうになった。
 彼女が号泣すれば辺り一面は火の海になる。
 それを思い出してしまったふたりの血の気はたちまち引いた。

「しまったで御座る! タマモ!」
「分かってる、変化!」

 ぼぅむと煙が上がると、そこに立っていたふたりの少女の姿は幼児向け番組に出て来るキャラクターに変化していた。

「ばうわでござるよー」
「かにゃこだよー! みんなは いいこにしてたかなぁ?!    んー? へんじがないぞお?」

 どこまでも明るい調子でトークを始めるふたりに興味を抱いたのか、それまでグズり始めていたひのめの目がパッチリと開きキラキラと輝き始めた。どうやら即時暴発はなさそうである。

「あははははは、あれオレもやったワ」

 横島が最初にひのめを預かった時の事を思い出して気軽に笑っていた。

「仕方ないですよ、泣く子と地頭には勝てないって言いますし」

「ふぅ〜ん、おキヌちゃん、地頭って良く知らないんだけど、そんなに怖いの?」

「ええ、まあ…江戸時代の頃はですねえ…」

 『苦労している私達を差し置いて楽しそうに話しをしているなんて、ズルイ!』とタマモの目が一瞬険しくなるが、それを敏感に感じ取ったひのめがビクッとして身体を振るわせる。『あ、マズ』

「はぁい、きょうは いいこにしていたおともだちと いっしょにあそびましょー、ねえ ばうわ」
「なんでござる? かにゃこどの」
「だれがいちばん いいこにしているのか、かにゃこに おしえくれるかなー?」『分かってるわね莫迦イヌ』
「わかったでござるよ かにゃこどの。えーと、そうでござるなあ」『狼で御座るっ、それはともかく拙者達だけに押し付けて後は知らんぷりなんて許さないでござるよ。先生』

 右手を額にかざし、幼児向けに大袈裟な振りで良い子にしていた友達を探す仕草を始めたふたりの目が一瞬輝いたのを横島は感じていた。

『ヤバ』

「せっしゃはそこの あかいはちまきをしたおにいさんが いちばんいいこにしていた ともだちだと おもうでござるよ」
「ありがとう ばうわ、おにいさーん」
「オ、オレ?」
「そうよおにいさん。いいこにしていたおにいさんも いちれんたくしょーよ」
「いや、止めとく、と言うか止めとかして下さい」
「あれー? おにいさんがあそんでくれないと ひのめちゃんがないちゃうかもー?」
「え? うう、仕方ないか」

 そう言うと横島は先程までの深刻な会話向けからよいこ向けのモードに切り替えようとしたが、流石に話しが進まないと令子がこれ幸いと話しをウヤムヤにしないとも限らない。そう察知した美智恵は床に座っていたひのめを抱き上げた。

「はい二人ともひのめのお守ありがとうね。よかったわねひのめ、お姉ちゃん達に遊んで貰って。で、話しは戻るけど横島クン、シロちゃんはオカルトGメン預かりと云う事で決まりとして」
「え? オレ同意して…」
「タマモちゃんも一緒で良いわよね」
「無視かい…」
「ちょっと待って」

 美智恵の言葉にタマモは考え込んだ。

<私がここにいる理由は、美神なら傾国の妖狐と呼ばれた金毛白面九尾の狐の玉藻の前であったこの私を殺そうとした国家組織の目から秘匿・保護する理由があり、それを行う実力もあるから。
 そして千年前の常識しか知らない私が今を生きるために現代の人間社会の常識を知る必要から人間社会に紛れ込む必要があった。それと不本意ながらここが今の私の群れであり仲間がいるから。
 まず、今の社会は必ずしも私を排除しようとしてはいない、これは異界の私の従姉妹という九尾の妖狐のみくずと云う存在がいる事からしても、間違い無く私が美神の庇護下から離れても国家組織からの追っ手が掛かる事は無いと云う事。
 人間社会の常識と云う点に付いては…まぁ、美神だし、これ以上ここにいても『まともな』常識を得るのは無理ね。そして群れは今まさにバラバラになろうとしている。結論としては…>

 目を閉じて事実を反芻。整理し、自分の意思と環境に合わせて状況を照らし合わせてみた。
 周りの人間が彼女を注視する中、一応の結論を出した様だ。ひとり肯くとまぶたを開く。

「決めたわ」

 タマモの言葉に全員が注目する。

「私が殺生石から還って丸一年。野生の狐だったら巣立ちの季節を迎えている頃。ならば私もどこか適当な寝蔵を探して独りで生きてゆくのが良いかな? と思う」
「なるほどね、でもタマモちゃん、娘狐は一年長く巣に留まって、親の次の子育ての手伝いをする、つまり学習を一年間長く行うって聞いたけど?」
「…詳しいわね」
「そりゃあ、説得しようとしている相手に付いて調べてから交渉に望むのは当然の事でしょう? 常識よ」
「確かに…まだ、足りない常識ってのがある訳ね」
「ええ、オカルトGメンに来れば、ここでは教われない常識を私が直々に教える事が出来る。タマモちゃん、私と令子、どっちが力関係で上だと思う?」
「……間違い無く美智恵ね」
「母親って事だけではなく、人間としてね」
「狡いだけの美神とは違うって訳ね」
「ちょっとタマモッ! それにママ! 今の言葉は聞き捨てならないわね。私だって事前の下調べくらいしてるわ」
「そうねー、確かにしてるわねー」
「でしょう。だから」
「依頼して来た相手の資産規模を調べて、どれ位まで依頼費を吊り上げられるかーとか」
「ギクッ、だって命を掛けて戦っているのよ。高い依頼料を貰うのは当然でしょ」
「依頼が失敗した時にそれを言いふらさないように弱みを予め握って置くーとか」
「ギクギクッ、だって、この業界は名前を売って信用が無いとやって行けないんだもの。その為には仕方の無い事なのよ」
「どこにその情報を売れば一番儲けるかーとか」
「ギクギクギクッ、だ、だって、情報を調べるだけで情報屋に高い費用を払ってるんだからせめてそれを売っ払って元を取らなきゃ利益が少なくなっちゃうでしょ」
「そうやって色々やって来た割りには時空融合前、政府からの依頼が来た時には迂闊にも巨額の依頼費に目が眩んで契約内容を確かめもせずに契約書にサインして、退治する必要の無いタマモちゃんを調伏する為に自衛隊まで使って山狩りしたりして。政府から依頼を受けた他のGSは皆手を引いたってのに、『流石はあの美神令子だ』って業界中で笑い者になっていたって…知っているでしょ」
「…だって! 云十億円よっ! 云十億っ!  あれに目が眩まないなんてどこかおかしいわよっ!」
「GSの矜持を持つ者なら、決して玉藻と云う妖孤が害意を以って当たって良い相手かなんて知っているわ。伝説に踊らされた素人の政府関係者ならともかく、ね」
「うう…」
「…いい事タマモちゃん。これは一番の反面教師だからね。絶対真似しちゃダメよ」
「分かってるわ、私だってそこまで愚かじゃないもの。仲間を売って得た利益なんて自分を切り売りするような物だわ。群れには群れのルールがある。それを破った獣は…群れを追い出される、一匹狼なんて聞こえは良いけど、群れに帰れなかったその末路は…死あるのみ。そんな事、大人になったら群れを作らない狐の私にだって分かる事よ」
「タマモちゃん。今度は、ちゃんと通用する『本当の』人間社会の常識を知っておいても損は無いと思うけど?」
「…そうね。分かった」

 美神事務所従業員の四人中三人を手に入れた美智恵は最後におキヌを見た。

「あ、あの、私は」

 これまでの流れから確実に自分が説得されてしまう事を理解したおキヌは一目で分かるほどうろたえた。
 美神も唯一自分に付いて来てくれそうなおキヌが最終防衛線だとばかりに、果敢に母親に反論する。

「ママ、おキヌちゃんは私が親御さんによろしくと言われて預かっているのよ。ダメ、絶対にダメなんだから!」

 美神は既に自分が得ている『おキヌの保護者からおキヌの事を任された』と云う義務と権利を主張し、これに当たった。
 だが、そこは美智恵である。当然の事ながら事前に対応を取っていた。これは自分の長女の恥、つまりは教育した自分に振りかかってくる物であったのだが目的の為に手段を選ばないのが美神家の女の特色でもある。
 よって当たって行った令子は砕け散った。完膚無き迄に。

「当然、親御さんには許可を貰ってるわよ〜、直接私が預かってもいいってね。ね、おキヌちゃん、アナタも令子のやり方に正直付いて行けないってって悩んでたじゃない。この事務所の良心のアナタなら、ね。ここで、令子を甘やかせたら令子は一生こんな性格のまま。令子は一度荒療治を受けても良いと思うの。そう、これは令子の為なのよ。私は娘を中学までしか育てる事が出来なかった…だから、せめて…」
「美神さんの…為…」
「そう、それに」

 美智恵はおキヌの耳元に口を持って行き、ボソッと呟いた。

『横島クンも一緒に行くのよ。おキヌちゃん、これは千載一遇の好機(チャンス)なのよ』
『…でも、良いんですか? 隊長さんは横島さんと美神さんがくっつくようにしたかったんじゃなかったんですか?』
『このままじゃ、あの子は本当にダメになっちゃうもの。仕方が無いわ』

 と、あくまでも殊勝な態度である。裏で何を考えているかは定かでは無いが。
 おキヌの心の大半は、既に結論を出しているようである、後は自分を説得する材料を揃えるだけ。彼女の場合、このままでは訪れるであろう出来事に対する否定的な要素を排除する事となった。

「でも、除霊の依頼。まだ結構残っているんですけど。五人分の仕事、美神さん一人で対応したら…事故でも起こると、私、嫌です」
「そうねぇ。私が言うのも何だけど急な話だったものね。後どの位仕事の依頼は残ってるのかしら」
「えーとですねぇ。大体1週間…位は掛かります」
「そうね。なら仕方が無いわ、令子1週間時間を上げます、それまでに心の準備をしておきなさい。特にっ!」

 美智恵は人差し指を令子に突き付けると、半ば脅迫するように言い放った。

「彼らが事務所から出て行くからって、無茶な事を言ったり、嫌味を言ったり、仕事の邪魔をしたり、扱いを悪くしない事。でないと、」
「何よ」
「さっきも言った『彼ら』が黙っちゃいないから」
「そう…うん。分かった」
「じゃ、1週間後ね」

 そう言うと美智恵はひのめを抱き抱えて美神除霊事務所から出て行った。
 生きた心地がしなかったのは美神以外のメンバーである。
 何しろ、美神以外の全員が引き抜かれたのだ。心中心穏やかで居られる筈も無い。
 今までの美神の行動パターンからして、下手すると横島は全殺し確定かも知れなかった。

「皆んな」

 美神がボソリと呟いた。
 地の底から響いてくるような陰鬱な声に、メンバー達は一様に一歩引いた。

「いままでゴメンね。これから1週間しか一緒に過ごせないけど、怪我をしない様に気を付けて行きましょう」

 フッ切れたような微笑みを見せ、美神はそう言った。
 どの様な衝撃がメンバー達、特に1番長い間彼女を見て来た横島を襲ったか想像が付くだろうか。

「美神さんが壊れたっ!?」

 横島は驚愕に顔を歪め、涙をちょちょ切らせながら頭を抱え、現実を否定するかのように顔を左右に振り続けた。

ビキッ

「違うでござるよ先生。きっとこの美神殿は偽物で、本物は美智恵殿が拉致しているので御座るよ。でなければ美神殿がこの様な時にこの様な人を気遣う事を言うはずが無いで御座る」
「本物と同じ匂いしかしないけど?」

 混乱したシロは通常なら思っていても言えない事を喚きつつ、タマモがそれに突っ込む。

ビキビキッ

「あうあうあう…美神さんが…美神さんが…」

ビキッ

 もはや間違う事無き大混乱である。
 母親から追い詰められ『ここら辺で一度引いて置くのも仕方がないのかな』と考えていたところ、自分が皆にどの様に見られていたのか思い知らされたのだ。
 プッツン♪

「あんたらわぁあああっ!!」

 神通棍の嵐が横島を襲った。

「何でオレばっかしぃ!!?」
「じゃかましぃいいっっっ!!!」

 その時、事務所の外には金属の鎧を身に纏った少年達の姿があった。

「お、またキツイのが一発入った。続けて二発、三発。うわっ、血みどろだぜ。放っといて良いのかよ紫龍」

 そこには強靱な肉体に莫大な精神を秘めた少年達、女神アテナの戦士が立ち、内部の様子を伺っていた。
 その内の一人、如何にも少年誌の主人公のスタンダードな雰囲気を持った直情径行な少年が傍らの長髪の少年に言った。それを聞いた彼は相手に説明する。

「ああ。俺達が女神アテナから言い仕かっているのは児童虐待だからな」
「児童虐待じゃないのかよ、アレ」

 紫龍の言葉にペガサス星矢は疑念の声を上げた。だが、ドラゴン紫龍は余裕の顔でそれを否定する。

「フッ、良いか星矢、あれはな、痴話喧嘩って言うんだよ」
「…そうかぁ? オレにはそうは」
「星矢はお子様だからな」
「なんだと紫龍!?」

 軽い嘲りを込めた言葉にカチンと来た星矢は思わず小宇宙コスモを燃やし紫龍に喰って掛かる。

「面白い、受けて立つぞ」

 ドラゴンの聖衣クロスを身に纏った紫龍も小宇宙コスモを燃やした。
 ふたりともやる気十分である。
 が、それを止めに入る者もいた。

「やめなよ二人とも、気付かれたらどうするつもりなのさ」

 突如背後のピンク色の聖闘士から二条の鎖が延び、紫龍と星矢の動きを封じた。アンドロメダ瞬のネビュラチェーンである。

「止めるな瞬、一度ナシを付けてやらなくちゃいけないみたいだぜ」
「おれも同意見だが、まあ、瞬の顔を立ててここは引こう。気付かれたら事だしな。しかし・・・」
「何だよ」

 突然話を変えた紫龍に星矢は変な顔をする。紫龍はそれに構わず思い浮かんだ疑問を口にした。
「あの横島って言う奴の声、何処かで聞いたような」
「あ、俺も俺も。結構身近で」
「そう? ボクは憶えがないなぁ・・・」

 紫龍と星矢はそう言う瞬をマジマジと見つめた後、ポンと手を打った。

「「なるほどな」」
「な、なに? ふたりともボクの顔を見て納得するなんて」
「「気にするな」」
「ちょ、ちょっと。訳が分からないよ二人とも」





日本連合 連合議会


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 提供/岡田”雪達磨”さん。ありがとうございます。


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