作者: 山河 晴天さん

スーパーSF大戦外伝

豪州残留邦人救出艦隊


Bパート 〜本土にて(中編 その1)〜

1.護衛艦隊 〜ある潜水艦の不幸〜

神奈川県三浦半島近海 新世紀元年 9月13日 午前9時

「艦長! 目を覚まして下さい!!」
「……ふ、副長か……」

 突如襲った衝撃により意識を失った彼が目を覚ました直後に見たのは副長の顔であった。
 彼、ジョゼフ・ウェンライト中佐と彼の指揮する潜水艦「アーチャーフィッシュ」は日本本土への空襲で被弾し海面に不時着する爆撃機のパイロットを救助する任務に就いていたのだが、この日は空襲が中止された事から待機中の潜水艦は通商破壊任務が与えられた為、「アーチャーフィッシュ」も獲物を探して相模湾へ向かっていた。
 しかし、航行中激しい衝撃で艦を揺さぶられ、ウェンライトはその際床に叩き付けられて気を失ったのである。

「私のことは心配しなくていい、艦は無事か?」
「現在の所異常は見られません。 しかし負傷した者が数名出ています」
「そうか、すぐに手当てをしてやれ」

   床に落ちた制帽を拾い上げながらウェンライトは的確な指示を出しつつ、先ほど起きた艦を揺さぶる衝撃が何だったのかという事に思考を割こうとする。
 すると同じ事を考えていたのであろう、副長が先に彼の言わんとしていた言葉を口にした。

「艦長、先ほどの衝撃は何だったのでしょうか? まさかジャップの駆逐艦に発見されたのでは?」
「いや、まともなソナーも持たないジャップが我々を見つけられるとは思えん。 それに爆雷を一発落としてそれで終わりにするはずがない」
「そういえば衝撃の来る直前まで航行音がしませんでした。 ならばあれは一体……?」
「どうやら、想定外の事態が発生したみたいだな。 副長、一旦海上の様子を調べる。 潜望鏡深度まで浮上するぞ」
「アイ・サー。 潜望鏡深度まで浮上! 急げ!」

 冷静さを取り戻した乗組員達の手によって「アーチャーフィッシュ」は潜望鏡深度に到達すると海上の様子を調べる為、潜望鏡を回し始めたがそれを覗いたウェンライトは目に映った光景を前に開いた口がふさがらなかった。

「……副長、今何時だ?」

 何でそんなことを聞くのかと思いつつも副長は腕時計に目をやり、時刻を告げる。

「0305時(午前3時5分)ですが何か?」
「ならこれはどういうことだ? 副長、君も見てみろ」

 ウェンライトに促されて副長は潜望鏡を覗いた副長は思わず声を上げてしまった。
 潜望鏡を通じて見た空は雲一つない快晴だったからである。

「……どう見ても深夜の空ではありませんね」
「まさか半日も気絶していたわけではないだろう。 だとしたら艦は海底まで沈降しているはずだからな」
「少なくともこの状況はまともではありませんね。 これからどうします?」
「決まっている、今が昼であっても夜であっても日本近海にいることに変わりはない。 任務は続行する」
「艦長! スクリュー音多数確認! 本艦に向かって接近中です!」
「こちらも確認しました艦長。 どうやら戦艦の様です」

 自分達の身に何が起きているのか調べるのは任務の後でも十分だとウェンライトが言おうとした時、聴音手と潜望鏡を覗いていた副長が声を上げた。

「替わってくれ、おそらく生き残っている2隻のどちらかだろう」

 それならば仕留めるまでだ、とウェンライトは戦艦の姿を見極めるべく再び潜望鏡を覗き込んだ。
 今の距離ではまだ日本軍の戦艦独特のパゴタマストしか確認できない。
 このまま距離を詰められればと思った彼は機関停止を命じた。

 丁度この時、東京港を目指す護衛艦と貨物船からなる船団が同じ海域を航行していた。
 ウェンライトが発見したのはこの船団の先頭をつとめる戦艦「比叡」(勿論、横須賀で近代化改装を受けている比叡とは別物)である。

 時空融合から既に五ヶ月が経過し、対外貿易も中華共同体、エマーン商業帝國との間で活発に行なわれ始めていた。
 この船団は越で貿易を終えて帰還する船団であり、ゾーンダイクの襲撃に備えて海上自衛隊から派遣された戦艦6隻を中心とする護衛艦22隻が大型貨物船60隻の周囲を固めていた。

「後少しで東京湾か、どうやらゾーンダイクの襲撃はなかったようだな」

 比叡の戦闘艦橋に増設されたモニターを見ながら護衛艦隊臨時司令官の西田正雄 海将補はひとりごちた。
 彼は万一ゾーンダイクのムスカをはじめとする敵性体との戦闘になった際には刺し違えてでも船団を守る覚悟でいたがどうやらその心配も無くなった事に安堵していた。

 ここで今回の船団護衛任務に参加している艦艇について述べておこう。
 護衛艦隊の編成は旗艦をつとめる「比叡」以下戦艦6、航空母艦2、海上自衛隊所属の護衛艦と応急的に改装された巡洋艦、駆逐艦が14隻となっていた。
 一見すると強力な陣容に見えるが実際には戦艦、空母、巡洋艦はレーダー、ソナーの増設をはじめとする応急処置的な改装だけ済ませて投入されたため、戦力として期待することは出来なかった。

 にもかかわらず今回の船団護衛に戦艦(それも応急的な改装を施しただけで核融合炉への機関換装も行われていない)が護衛に付けられた事にはそれなりの理由があった。
 この頃の連合政府は海上通商路の維持と貿易船団護衛の為に巡洋艦と駆逐艦を優先する方針で護衛艦の近代化改装計画を推進していたが、すぐにまとまった数の改装型巡洋艦、駆逐艦が揃えられるわけではなかった。
 しかし護衛を付けぬわけにもいかず、巡洋艦、駆逐艦の近代化改装中は防御力と火力に優れる戦艦を護衛に付けることになったのである。
 動力機関が核融合炉に改装されていないこれらの戦艦は他の艦艇と比較して貴重な化石燃料を大量に消費する点が問題視されたが、連合政府と防衛省は商船の保護を優先する為、この点については目をつぶったのだ。

 西田が「比叡」の艦橋で指揮を執っていたその時、船団の殿に付いていた戦艦――長門級の煙突を一本にまとめ、船体を一回り拡大したような外見である――「戸隠」が暫く前から捕捉し続けている海中の物体についての報告を送ってきた。

「司令、水中の物体は揺り戻しで出現した『客』に間違いありません。 出現直後から先ほどまで物体から発せられていた航行音と動力音から正体は通常動力型潜水艦、それも太平洋戦争中に運用されていた型の様です」
「西田だ、そちらの送ってきたデータを今確認した。 それと横須賀からも同様の通信を受け取っている。 出現時に『SOSUS』がムスカ以外の音紋を感知したそうだが、それを分析したところ米海軍のガトー級という事が判明したらしい」
「ならば非常時のマニュアルに従い警告を発した後、保護しますか? 放っておく事もできんでしょう」
「現状で相手に動きが無い以上はこちらから仕掛ける必要も無いだろう。 それに、今は商船の護衛が第一だ。 とりあえずは様子を見る。 ただし目を離すな、『客』がこちらを攻撃しない保証はないからな。 それと横須賀の司令部が『出迎え』を送ると伝えてきた。 こちらも『雲龍』と『葛城』へ哨戒機発進の準備をとらせることにする。以上だ」
「了解」

   通信を終えた「戸隠」艦長の中瀬 沂(のぼる)一佐は『客』に対するソナーによるモールス通信を送れと指示した後「猿の腰掛け」と呼ばれる艦長席に腰を下ろす。
 現在こちらが捕捉している『客』の方に動きはなく機関を故障したのかあるいは停止していると考えられた為、不用意にこちらからの警告を行う必要は無いと考えられた。

(それにしてもこっちに来て艦上勤務、それも新造されて間もない戦艦の艦長に任じられるとは思わなかったな)

 艦の指揮を執りつつ中瀬は時空融合から今日までの事を考えていた。
 時空融合に遭遇する以前の彼は海軍省に出仕中の身であり、こっちの世界に来てからも「事務屋」として横須賀の海上自衛隊司令部か防衛庁、あるいは統幕本部での事務職に配属されるだろうと思っていたのだ。
 しかし実際に彼を待っていたのは艦上勤務、それも八八艦隊で最も新しい十六号艦「戸隠」艦長の辞令であった。
 中瀬は海軍省へ出仕する以前に重巡「妙高」の副長を勤めた経験があり、艦長任命の辞令にもそれほど戸惑う事はなかったが、一方で「艦上勤務から離れていた自分がなぜ艦長に?」という疑問を抱いていた。
 だが、その疑問は旧軍の将官、士官への教育を受けた際に解消した。
 彼は多くの世界で海軍省へ二年間出仕の後、戦艦「伊勢」の艦長に就任しており、また八八艦隊の存在した世界においては「戸隠」の艦長であった事を知り、これらの事から自分が艦長に任命されたのだと納得したのである。

 ここで中瀬が艦長を務める「戸隠」について説明しておこう。
 彼が言うように彼女は新造されて間もない新鋭艦であった。
 恐らく艤装中に出現していた「大和」等竣工前の艦を除けば最も若い戦艦に違いないだろう。
 「戸隠」は現在第二次南太平洋調査艦隊の司令長官を務めている島田繁太郎海将と同じ世界、昭和14年から来たのだが時空融合前の世界において彼女は連合艦隊に引き渡されてからまだ3日しかたっていなかったのである。
 その後、新型対空装備への換装、新型レーダー、ソナーの装備といった応急的な改装を施され中瀬を艦長に迎えた彼女は本格的な近代化改装までの間、輸送船団の護衛任務に就いたのである(余談だが「戸隠」の本格的な近代化改装は新世紀3年以降の事である。ゾーンダイクとの海戦時、伊吹級4隻は日本各地のドックで近代化改装の為入渠中であり参戦することは遂になかった)。

 ちなみに中瀬と同時期に伊勢の姉妹艦「日向」艦長をつとめた野村留吉 大佐も八八艦隊の世界で戸隠の姉妹艦「穂高(八八艦隊十五号艦。当然だが遣エマーン艦隊旗艦の穂高とは同名の別艦である)」艦長に任命されていた事から時空融合後に「穂高」艦長に任命されている。
 多くの平衡世界では旧式の艦を指揮した二人の艦長が時空融合によって八八艦隊の来た時代より後の時代で艦長となる戦艦を既に指揮しているというのはどこか不思議であった。

「莫迦な……俺は幻でも見ているのか……」

 潜望鏡の向こうで悠然と航行する輸送船団を見ていたウェンライトは思わず呟いていた。
 それは信じがたい光景であった。
 最新鋭の戦艦より巨大なタンカー、貨物船が多数この海域を航行しているという事が夢の様に思えた。
   この時期(ウェンライト達にとっては1945年の三月末)、日本の海上輸送は米軍の通商破壊により南方からの資源輸送を完全に絶たれ満州、朝鮮半島といった日本海側の「北支航路」によって細々と行われているだけのはずであった。
 しかし現に輸送船団が自分達の眼前を通り過ぎていく、それも極度の燃料不足により動かす事など不可能に思える数の船舶が。
 それだけではない、船団護衛に付いている艦艇を見た時彼は仰天した。
 護衛艦艇の数は約20隻、常識的な輸送船団の規模からすれば妥当な数であるがその護衛に戦艦が、それも5隻乃至6隻が護衛に付いている事実は衝撃的であった。

 彼の知る限りこの頃の日本に残存する戦艦は「大和」「長門」の2隻しかなく、
 これ以外の戦艦が生き残っている情報は日本本土にいる諜報員からもハワイの太平洋艦隊司令部には届いていなかった。
 しかも戦艦のシルエットは生き残っている2隻とは明らかに異なるものであった事が彼を更に混乱させていた。

(畜生、情報部のクソッタレ共め! 何が『生き残っている戦艦は2隻』だ。前線で戦っている俺たちの気も知らないでデタラメな情報を伝えやがって!それにしてもジャップめ、まだあれほどの船団を動かす燃料をどこに隠していたんだ?)
「艦長、先ほどからソナー手が海上の艦艇が我々に発したと思われるモールス信号をキャッチしました」

 眼前の船団について思考を巡らせ、ハワイでのうのうとしているであろう情報部員に悪罵をたれている彼を現実に引き戻したのは副長の声であった。

「読み上げろ」
「はっ、『米海軍ガトー級潜水艦に告ぐ、本艦は日本連合国海上自衛隊所属の護衛艦<戸隠>である。貴艦は日本連合国の領海を侵犯している、直ちに当海域を離脱するかあるいは浮上し臨検を受けよ』以上です」
「なんだ、その内容は? 臨検を受けろとはふざけているのか!? あるいは謀略か?」
「先ほどから同じ内容を繰り返し発信していることから謀略の可能性は低いと思われるのですが……」

 副長が通信内容を読み上げるとウェンライトは「信じられん」という呆れた様な表情を浮かべながら頭を振る。
 一方、ソナー手を初めとする他のクルーはこれから自分たちの艦長がどの様な判断を下すのか彼の方を見つめていた。
 しばらくしてウェンライトは副長以下クルーの方に向き直ると自分たちの取るべき行動を述べた。

「副長、例え相手が何隻であろうと我々の任務に変更はない」
「それでは、やはり」
「攻撃する。 魚雷発射とともに機関始動、攻撃と同時にこの海域を離脱するぞ」

 ウェンライトの言葉はそれまで不安な空気が流れていた艦内の士気を高めるには十分なものであった。
 水兵達は各々の部署で自らがなすべき事の為に動き出したのである。

「魚雷発射用意完了しました!」
「船団の殿に付いている奴を狙う。 チャンスはこの一度きりだ」
「標的近づきます!距離5000!!」
「かまわん!1番から6番まで射出せよ!」

 魚雷発射を命じた次の瞬間アーチャーフィッシュの艦首に設けられた発射管から6本の魚雷が放たれた。
 しかし今の彼等にとってそれは最も愚かな行為であった。

 彼等は何も知らなかったのだ。

 自分達が、時空融合の揺り戻しで異なる世界に来た事。

 眼前の船団に存在を捕捉されていた事。

 接近する戦艦の動きが「アーチャーフィッシュ」の魚雷発射を見越してのものだという事。

 その全てを。

 この事は彼等にとって「不幸」以外のなにものでもなかった。

 一方、「アーチャーフィッシュ」に狙われた「戸隠」では艦長の中瀬がモニターに映し出される雷跡を見据えながら魚雷回避の指揮を執っていた。

「航海長、機関全速だ。 操舵長、回避運動は自由にやってくれ」
「宜候(ようそろ)。機関全速、全力運転!」
「宜候。面舵一杯!」

 既に準備が整っていたのだろう、中瀬の指示が機関部と司令塔へ伝達されるとともに重油専燃16万馬力の機関が咆哮をあげ、全長274メートル、全幅35メートル、基準排水量5万6千トン、45口径46センチ砲連装4基8門を装備する巨艦はその速度を最大速度30ノットに増大させる。

 「八八艦隊の中で最も新しく、最も大きく、最も美しい」と称される伊吹級巡洋戦艦(むしろ高速戦艦と呼ぶべきだろう)の四番艦にして八八艦隊全ての末妹である「戸隠」の舷側に6本の魚雷が巨鯨に襲いかかる鯱の如く迫る。
 しかし「戸隠」に限らず、蒸気タービンを主機関とする艦艇は最大戦速に到達するまでのタイムラグが生じる為、この状況では増速しながら転舵により回避するしかない。
 だが、操舵長の職人技とも呼んで差し支えない操艦により接近した魚雷は「戸隠」の手前で悉く力尽きる。

「警告を無視したことから攻撃してくると思ってはいたが、前方への全力射を仕掛けてくるとはな」
「連中、発見されたことで自棄になったのかもしれません」

 「戸隠」が最後の魚雷を回避した直後、減速する「戸隠」の艦橋で中瀬と副長は言葉を交わした。
 そして全乗員が安堵のため息をついた頃、その上空を船団の護衛に付いていた航空母艦「雲龍」「葛城」から発艦した愛知「流星改(流星一一型)」の対潜哨戒任務仕様と「流星改」の徹底改修型である「流星改U」対潜装備型が飛び去っていく。
 艦載機は西田と中瀬が会話を終えた頃からすでに待機状態であったが、「アーチャーフィッシュ」が「戸隠」を雷撃する可能性が極めて大きくなったことから雷撃に先んじて西田が発艦を命じたものだった。

 同じ頃、戦果確認も行わず魚雷発射と同時に海域を離脱した「アーチャーフィッシュ」の方では航空機が追跡してきたことで混乱状態に陥っていた。
 彼等にとって不幸だったのは戦艦と駆逐艦に気を取られて潜水艦にとっては駆逐艦と並ぶ大敵、航空機の存在を忘れていたことであった。
 しかし、敵が戦艦を輸送船団の護衛に投入するという想定外の行動をおこなっているなら当然航空機も投入していると考えるべきであり油断していたのは迂闊という以外にないだろう。

 もっとも彼等の元世界では日本海軍の対潜哨戒能力は多くの平行世界同様、連合国軍のそれとは比較にならない低い能力であり、船団護衛に空母や最新鋭の駆逐艦を多数投入することはまずあり得なかったのだから油断したのも仕方がないと言えば仕方がないのだが……。

「潜行急げ! 早くしろ!」
「これが精一杯です!」

 「アーチャーフィッシュ」艦内ではウェンライトが悲鳴に近い声で部下に指示を出していた。
 もっとも、潜水艦の速力で航空機の追撃を振り切れる筈が無い。
 今の彼等に出来る事といえば、どうか爆雷が命中しませんようにと神に祈るぐらいだろう。

 一方、その上空では「流星改」が機体下部に搭載していたソノブイを投下し始めていた。
 その着水音は、アーチャーフィッシュのソナー手からも確認出来た。

「着水音!爆雷2!」
「ジャップめ数の割りに練度は低い様だな、大ハズレじゃないか」

 報告を聞いたウェンライトは、上手くいけば離脱に成功するかもしれないという考えをよぎらせる。
 だが、彼は投下された物体が爆雷ではなくアーチャーフィッシュを捕捉する眼であり耳であることをまだ知らない。
 そして海面上では、ソノブイによるアーチャーフィッシュの追尾が始まっていた。

「こちら『ドッグ1』、ポイント上空に到達、ソノブイ投下及びMAD(磁気探知装置)による潜水艦の追尾開始」
「『ドッグ2』だ。魚雷発射準備完了、いつでもいけるぞ」
「『ドッグ3』、こちらも赤外線探知による標的の追尾開始」
「こちらは『ドッグ4』、魚雷発射準備こちらも完了しました」

 ドッグ1の符丁を持つ「流星改」対潜哨戒改修型の後席で電測を担当する塩山一等海曹が「アーチャーフィッシュ」追尾開始の報告をしたのを皮切りに、残る三機からも展開準備完了を知らせる報告が旗艦「比叡」と母艦である「雲龍」「葛城」へ送られる。
 本来ならば護衛艦隊の駆逐艦が短魚雷を放って撃沈しているところだが、今回は艦隊司令である西田の判断により、警告を無視して攻撃してきた潜水艦を「浮上降伏」させるには心理的打撃を与えるのが効果的であるという点から航空機による追撃を決定したのである。
 ドッグ1とドッグ3によるソノブイ・MAD・赤外線感知装置により「アーチャーフィッシュ」の正確な位置、航行速度、深度等の各情報がすぐさま割り出されそれらの諸元がドッグ2、ドッグ4の符丁を割り当てられた「流星改U」対潜装備型の胴体下部に装備された魚雷へ送信される。

「諸元入力完了。『ドッグ2』及び『ドッグ4』、打ち合わせ通りにやってくれ」
「『ドッグ2』了解。魚雷投下」
「『ドッグ4』了解。こちらも投下する」

   会話が交わされた次の瞬間、海面スレスレを飛行していた二機の「流星改U」から1本ずつ短魚雷が投射される。
 魚雷は標的である潜水艦を追尾し、標的の50メートル手前で自爆する様に設定されていた。

 一方、当の「アーチャーフィッシュ」は航空機の攻撃から少しでも逃げんとして艦の限界深度まで潜行を続けていた。
 ソナー手が海上からの投下音を拾ったのは丁度そのときである。
 投下後にスクリュー音を感知したことから、投下されたものの正体が魚雷と分かり彼らは安心したが、次の瞬間ソナー手の報告に仰天することとなった。

「ス、スクリュー音がこちらへ接近します! 同時にソナー音!距離……5000!」
「馬鹿を言え!どこの世界にソナー音を発する魚雷があるか!」
「しかし、現に魚雷はこちらへ接近しています!距離3000!」
「回避しろ!急速浮上!!」

 その報告が未だに信じられないウェンライトだったが振り返ったソナー手の顔が真剣そのものであった事から、すぐに魚雷回避を命じた。
 しかし、その命令もソナー手の新たな報告によって無意味に終わる。

「魚雷まだ接近してきます!距離1500!」
「方向を自在に変えられるのか!? ジャップはなんて物を発明しやがった!」
「魚雷更に接近!距離500!」

   ソナー手の報告はいよいよ絶望感を帯びたものとなり、それを聞くウェンライト、副長その他の乗員も皆、もう駄目だ。という気持ちを抱き始めていた。
 艦内には動揺と混乱が拡がり、乗員の中には「ジャップはどうかしている!空から人間魚雷を投下しやがった!」と叫ぶ者まで出る始末だ。
 もっとも潜水艦が人間魚雷による攻撃を受けたという話は無く、あったとしてもその脅威は極めて低いものだったのだが……。

 その数秒後、艦の下方から爆発音が聞こえ、一瞬おいて今度は艦の後方から爆発音が響いてくる。
 艦長以下全員が直撃しなかったことを喜ぶ間もなく、爆発により生じた水中衝撃波が球状に拡がり「アーチャーフィッシュ」を激しく揺さぶる。
 巨大なシェーカーポッドと化した艦内でウェンライト達は何かにしがみ付き衝撃に耐えるのがやっとであった。
 そして彼らは衝撃の中で気付く事が遅れたが、この時後方の爆発は「アーチャーフィッシュ」の舵とスクリューを破壊し、下方からの衝撃は船体を海面へ押し上げる事となったのである。

「うっ……くそ……皆無事か!? 誰か、すぐに艦の被害を報告せよ!」

 謎の衝撃を受けたときとは違い、真っ先に衝撃から立ち直ったウェンライトはすぐ近くで倒れこんでいる部下の一人を助け起こしながらすぐさま被害状況を把握せんとした。
 この時彼は静粛性が最重要とされる潜水艦の艦内であることを無視したかの様な大声を出していたが、これは最初の攻撃を受けた時点でもはや静粛を保つ意味無しと咄嗟に判断した為であった。
 暫くして各部よりもたらされた報告はウェンライトの顔面を蒼白とさせるのに十分なものだった。
 その中でも特に深刻だったのは推進器と舵の損傷に加えて機関部の蓄電池が一部破損し、漏出したバッテリー液と艦内へ流れ込んだ海水が反応し有毒ガスが発生したというものであった。
 一度に多量の報告を前に衝撃を受けていたものの、パニックに陥らなかったのは艦の最高責任者として立派と言えるだろう。
 即座に「全員が窒息死するのは時間の問題」という結論を出したウェンライトは後ろで部下を介抱している副長や持ち場に戻ろうとする他の乗員に命令を発した。

「全乗員に告ぐ、本艦はこのまま浮上しジャップに投降する」

 その言葉のあと、ウェンライトに向けられたのは大方彼の予想通り、戸惑い、懐疑、怒りと言う人間の持つマイナスの感情を込めた声と視線だった。
 それらの声が一通り収まった後、ウェンライトは軽くため息をついたあと、再び言葉を発したのである。

「私も諸君らの気持ちはわかる。しかし先ほどの攻撃で本艦はすでに甚大な被害を受けた。このままでは海中で全員窒息死するだけだ」
「安心したまえ、戦争はもうすぐ終わる。 捕虜生活も短い期間で終わるはずだ、これでも文句のあるものはいるのか?」

 艦長の「戦争はもうすぐ終わる」という言葉が彼らを安心させたのか乗員の間から二度目の反論が上がることはなかった。
 そしてもう大丈夫だ、とウェンライトは確信するとすぐさま各自の持ち場へ戻り指示を待つ副長以下全てのクルーに命令を発したのである。

「ピンガーを打って上の艦に『降伏の意思有り』と伝えろ。 そして急速浮上後に総員上甲板だ」
「艦長、やはり浮上降伏ですか?」
「戦争はもうすぐ終わる、我々の勝利でな。 それなら堂々と白旗を掲げてやろうじゃないか」

 クルーの質問に言葉を返すウェンライトの声は明るいものだった。
 その言葉に誰もが納得し、その直後「アーチャーフィッシュ」は浮上を開始したのである。

「メインタンク、ブロー」
「浮上急げ、全乗員は浮上と同時に甲板へ!」

 艦長が指令を発した頃、艦内の有毒ガスは徐々にその濃度を増しつつあった。
 そして、誰もが航空機の攻撃を受けた時と同じように一刻も早く浮上してくれと祈るような気持ちで各々の持ち場についていた。
 その祈りが通じたのか「アーチャーフィッシュ」は最後の力を振り絞るかのごとく海面へ向かって徐々にその船体を浮上させていく。
 一方、海上でも「アーチャーフィッシュ」から発せられた降伏する旨のモールス信号は確認されており、輸送船団の後方についていた「戸隠」以下数隻は潜水艦の浮上地点の周囲で警戒態勢をとっていた。
 程なくして海面が泡立ち、戸隠以下護衛艦の乗員誰もが浮上してきた「アーチャーフィッシュ」の姿を確認した。

「浮上したぞ、急いで甲板に上がれ!」
「副長、甲板上で点呼を取れ。 私が最後に外へ出る」
「わかりました。 しかし、艦長もお急ぎください。何時浸水が再び始まるかわかりませんから」

 アーチャーフィッシュが海面へ浮上しハッチが開かれるとすぐに副長が甲板に上がり、続いてそれまで各々の持ち場についていた乗組員達が次々とハッチを通り甲板へ駆け上がっていく。
 最後にウェンライトが自分を除く全員が甲板に上がったことを確認し、甲板を駆け上がった。

「ッ!!」

 ハッチを抜けて甲板に上がった直後、ウェンライトは陽の眩しさに一瞬目がくらむ。
 しかし、その光と新鮮な空気、そしてそよぐ風は彼が死地を脱したことの証明である。
 甲板上には副長以下65名の乗組員が整列し、艦長が出てくるのを待っていた。
 ウェンライトが姿を見せると副長が駆け寄り同時に乗組員の間からも安堵のため息が、そして歓声が上がった。

「艦長、全員上甲板に整列しております。 欠員はありません」
「そうか、敵艦は?」
「あそこに、距離をとって様子を伺っているみたいです」

 副長が指差した方向へウェンライトが眼を向けると、戦艦と数隻の駆逐艦らしき艦艇の姿が見えた。
 ああ、きっと我々が狙った戦艦に違いない。とウェンライトが呟きながら戦艦の方を見ていると爆音とともに影が差す。
 空を見上げると翼にミートボール(日の丸の蔑称)を描いた航空機が低空で自分達の頭上を通り過ぎていく。

「やれやれ、一件落着みたいだね。塩山さん」
「そうっスね、飛行長。 敵さんがすんなり降伏してくれて一安心っスよ」
「それじゃ、母艦に戻って一服しますか」
「はいはい」

 アーチャーフィッシュの上空を横切った航空機――「ドッグ1」の符丁を与えられた流星改――ではパイロットの高橋 三佐と、融合前から彼のパートナーである塩山 一曹がこのような会話を交わしていた。
 彼らは発艦前のブリーフィングで潜水艦浮上後も乗組員が対空機銃や艦載砲により抵抗するような事があれば機銃による掃射、あるいは至近距離からの魚雷による撃沈を命じられていたが、母艦から潜水艦から浮上後降伏する旨の通信があったとの連絡を受けたのである。
 やがて「全機帰投セヨ」の通信が入り、二人の乗る「流星改」以下4機はそれぞれの母艦である「雲龍」「葛城」に向けて飛び去った。

「見事な編隊だな」
「ええ、あの様に見せ付けられると腹も立ちませんよ」
「それならば我々も見せ付けることとしよう、副長」
「そうですね艦長……乗組員諸君、すぐマストに白旗を掲げよ!」

 副長の発した命令に従ってすぐさま数名の乗組員が「アーチャーフィッシュ」のマストに降伏を示す白旗を掲げる。
 そして、その様子を「戸隠」の艦橋から確認した中瀬は一安心するとともに副長と言葉を交わしていた。

「終わったみたいだな、最悪の事態を避けることが出来てよかった……」
「万一に備えて副砲の発射準備をしていましたが必要なかったですね」
「艦長、副長とお話のところ失礼ですが」

 二人の会話へ通信士が割って入る。
 彼が中瀬に伝えたのは横須賀の司令部が送り出した「出迎え」の艦がようやく到着したとの報告だった。
 それを聞いた中瀬は「彼らと合流後、横須賀に向かうと他の艦に伝えよ」と通信士に命じた。

 その横須賀からアーチャーフィッシュとその乗員収容の為に送りこまれた艦艇の一隻である重巡「那智」の艦橋上に一人の少女の姿が浮かび上がる。
 紺色のメイド服を纏い、強い意志を感じさせる眼差しと栗色の長髪が印象的な少女。
 「那智」の船魂である。
 彼女は横須賀港で近代化改装の順番を待っていたのだが、海上自衛隊司令部が揺り戻しで出現したガトー級潜水艦を回収する為に急遽編成された「出迎え部隊」の旗艦に任命されたのだった。
 この日の彼女は近海で錬度維持の訓練航海を予定しており、艦長以下融合前からの乗員が全員乗り込んでいた。
 その為、横須賀の司令部はこの艦を「出迎え部隊」の旗艦に命じ、加えて潜水艦の乗員へ時空融合という特殊な事情を説明する担当官を乗艦させたのである。
 一方で「那智」の船魂は自分の率いている艦艇を見て少しばかり呆れていた。

「旗艦に選ばれるのは嬉しいですけれど、もう少し編成を考えてくれたらよかったんじゃないかしら……まぁ、いいですけれどもね」

 彼女の言うように「那智」を旗艦とする出迎え部隊の編成はいかにも急ごしらえという感が否めなかった。
 その内容は旗艦「那智」以下、護衛艦「あまつかぜ」、松級駆逐艦「椿」「楓」、橘級(改松級)駆逐艦「橘」「梓」、そして商船改造の小型空母「海鷹」という組み合わせからなっていた。
 「あまつかぜ」を除けば彼女のよく知る太平洋戦争中の艦艇で編成されているのだが、彼女があきれているのには別のところに理由があった。
 それは、いずれの艦艇も近代化改装に伴う艤装の途中あるいは改装前の状態で引っ張り出されたという事である。
 太平洋戦争が開戦する直前の世界から出現し、この世界で船魂としての姿を得た彼女は現在へ至るまでの間にイージス艦をはじめとする海自の護衛艦の船魂と交流した経験などから最新鋭装備にもある程度は詳しいところがあり、それ故に融合前の世界では敵国であった潜水艦を迎えるのならばそれ相応の堂々たる――近代化改装が済んで新品同然の――艦艇で編成されてしかるべきと思っていたからだ。
 なかでも「梓」については船台上に建造途中の段階で出現していたため、松級・橘級駆逐艦を近代化改装する上でのテストベッド艦として完成したばかりであり、ところどころに防水シートがかけられている有様だ。
 加えて「海鷹」の艦載機は船団護衛についていた「雲龍」「葛城」が搭載していた「流星改」と比べても明らかに格の落ちる九九式艦爆である。
 唯一のとりえを挙げるとすれば、改装待ちの間に横須賀、三浦泊地の近海で日ごろから融合前と同様の猛訓練を行っていたことで艦長以下の乗組員が高い技量を維持していることだった。
 
 さて、「那智」の船魂があきれていた頃、彼女の戦闘艦橋では艦長である清田孝彦 一佐をはじめとする乗組員が「アーチャーフィッシュ」の姿を確認していた。
 艦の外にいた乗組員の一人が増設された光学スコープで「アーチャーフィッシュ」の艦橋に書かれた「311」の文字を確認し、それ無線で伝えてくる。
 そして通信士がデジタル無線機――これも自衛隊より支給された――で横須賀の司令部と交信し、出現した潜水艦の名前が「アーチャーフィッシュ」であるとの返信を得て艦長に伝える。
 清田艦長はその報告と部下が新しい装備に多少戸惑いながらもトラブル無く使いこなしている事に満足し、すぐ「探照灯でモールス信号を送れ」と指示を出した。

「艦長、新たに現れた敵艦よりモールス信号です。内容は『こちら<那智>より<アーチャーフィッシュ>へ、これより貴艦を曳航する』とのことです」
「こちらの艦名を知っているだと?」

 驚いたのは「アーチャーフィッシュ」の甲板上にいたウェンライト以下の乗組員全員である。
 何しろ相手は自分達の乗る「アーチャーフィッシュ」の名を知っていたからだ。
 ウェンライトの予想通り、乗組員達の間からざわめきの声があがる。
 すぐさま副長が「全員、静粛に」とその場を治めるものの彼らがモールス信号の内容を知って敵艦の事を不気味に思うのは仕方の無いことだった。
 しかしその一方で「アーチャーフィッシュ」が少しずつではあるが浸水しているのもまた事実であり、このままでは乗組員全員が海に投げ出されるのは確実であったことからウェンライトはすぐ「貴艦による曳航を感謝する」という返事をするよう指示した。
 即座に艦橋へ上がった乗組員の一人が手旗信号で「曳航を感謝する」と返答し、相手もそれを確認したのかこちらに向かってくるのが見えた。

「艦長、大丈夫でしょうか?」
「なに、取って食われたりはしないさ副長」

 副長が何を言いたいのかウェンライトにも分かっていた。
 しかし、戦争は自分達の勝利で終わるのは間違いない。
 それならば彼らがなぜこちらから教えてもいない「アーチャーフィッシュ」の名を知っていたのか、そしてあの大規模な護衛船団をこの時期に動かすことが出来たのかといった数々の疑問は戦後キッチリと調べ上げればいいと思ったウェンライトは振り返ると副長以下全員に対してこう告げた。

「さぁ諸君、胸を張って行こうじゃないか」



2.アーセナルシップ構想 〜男たちの長門〜

大分県 大神工廠 新世紀元年 9月10日

 さて、ここで時間はアーチャーフィッシュが揺り戻しで出現する3日前に遡る。
 この日、大神工廠を訪れていた艦政本部の技官達――平賀譲、藤本喜久雄、牧野茂の三名――は車で工廠内を移動しつつ主要施設を見た後、ボートへと乗り継いでようやくこの日の目的である「長門」に到着していた。

「融合前に戦闘で大破したと聞いていたが酷いものだな……」
「乗組員達からは<播磨>が撃沈した<フォン・ヒンデンブルグ>をはじめとするドイツ北米艦隊にやられたと聞いていましたが……ここまでとは」
「帰還途中で暴風雨にも遭ったとのことだが、よく沈まなかったものだ……」

 タラップから甲板へ、そこから艦橋の最上部に上がり艦の全体を見た三人は口々に「長門」が受けた損傷の酷さを前にして声をあげた。
 既に4基の主砲塔は取り外され、その場所には大穴が開いているのだが第一砲塔と第三砲塔のあった所は戦闘による損傷のため歪みを生じている。
 それ以外にも「長門」は融合前に「ニューヨーク沖海戦」で受けた戦闘の傷跡を船体のいたる所に残していた。
 艦首から艦尾にかけて戦艦の主砲弾を10発近く浴びたこともあって前述の第一、第三主砲塔に加えて右舷舷側の装備は殆ど破壊されている。
 ほぼ原形をとどめている左舷の兵装と比較すると、改めて損害の酷さが認識できた。
 しかも、ニューヨーク沖海戦ではこれだけ損傷しながらその後も敵艦隊と砲撃戦を演じていたというから驚かされる(本来なら戦闘を放棄して避退しても不思議ではない損傷だったから当然だろう)。
 大破判定の損傷を受けても日本連合に帰還できたのは致命傷となる重要区画への浸水が殆ど無かった為と、乗組員の技量が高かった事が大きい。

「この損傷具合では、まっとうな打撃護衛艦としての運用を目指した改装を行なうのは難しいだろうな」

 三人の中で、再び口を開いたのは艦を見て最初に感想を述べた平賀だった。
 その言葉に彼の教え子でもある牧野が頷く。

「やはりあの仕様書にあわせた改装を行うべきでしょうね」
「三連装18インチ主砲三基と飛行甲板を搭載するというあの案だな……」
「それでは、現在柱島で解体待ちの『長門改』でしょう。藤本さん」

 真顔で話す藤本に牧野は思わず苦笑して返す。
 二人の会話に割り込んだ藤本は丁度、牧野が言うところの『仕様書』に目を通していたから当然かもしれない。

「冗談だよ。しかし『目の前の危機』を考えれば悠長に打撃護衛艦としての運用を想定した近代化改装に時間をかけてもいられんな」

 そこまで言って藤本が閉じた分厚いファイルの表紙には「アーセナルシップ開発計画」と書かれていた。
 そう、現在彼ら三人が視察している「長門」は他の長門と異なり打撃護衛艦としてではなく「アーセナルシップ」という艦種としての改装対象として見られていたのだ。

 ここで「アーセナルシップ開発計画」の成り立ちについて延べていく事とする。
 発端は時空融合の直後から突発的に発生した「赤い日本(正式には日本民主主義人民共和国)」「日本共和国」「極東ソ連軍」といった「共産主義・社会主義勢力」の陸上戦力と自衛隊による戦闘からだった。
 戦闘そのものは混乱状態にあった各勢力側が自衛隊によって各所で撃破され、残余兵力が「赤い日本」を中心として天塩まで後退した事により短期間で終結したが、この時捕虜とした上級指揮官の何人かの口から驚くべき証言がなされたのである。
 それは「『赤い日本』が東京を射程圏におさめられる核ミサイルを装備している」というものだった。
 この情報を前に連合政府は驚愕した。
 様々な世界から多種多様な勢力が出現しているのは既に周知の事実であったが、まさか連合政府の指揮下に入らない勢力が核兵器を装備しているというのは脅威以外の何でもなかったからだ。
 すぐさま対策が講じられることとなったが、この頃は使徒ラミエル、ゼルエル、怪獣ゴモラ、イリスに機械獣といった敵対勢力が次々と襲来した事と自衛隊の再編など幾つかの問題があり、短期間ではあったが核兵器対策と「赤い日本」に関しての情報収集に幾らかの手落ちが生じた。

 だが、それらが一段落すると会議の席では様々な意見が出された。
 旧軍出身の将兵からは「こちらから打って出るべし」という攻勢意見も出たが、下手をすれば自棄になった「赤い日本」がなりふり構わず核を撃って来る可能性がある事を考慮し結局は「核ミサイルを安全圏で確実に撃墜できるシステムを構築するのが第一」という結論に到達した。

 一方、政治の場では「最善の策は『彼らに核を撃たせない事』だ」「なればこそ『赤い日本』との『平和的解決』を」という声が社会主義政党や共産主義政党の「一部」議員から挙がったのだが、この意見は8月末から9月にかけて難民輸送作戦「エクソダス」のスケジュール会議と平行して日本連合、 ソビエト、中華共同体の構成国でシベリア東部の一部を自国領として有する「遼」国との間で行なわれた外交交渉の場でソビエト政府が連合政府を日本の正統な統治者であると承認した事と、これによって「赤い日本」内部に存在する少数の穏健派が主張してきた「ソ連の後ろ盾を武器とした日本連合との平和的な問題解決」という 前提が崩壊した為、無意味なものとなった(もっとも「赤い日本」上層部の大半は自分達の既得権益が失われることを恐れていたからこの件が無くても交渉に応じた可能性は低い)。

 しかし、これを以って日本連合の対「赤い日本」戦略が失敗したとする事は出来ない。
 時空融合によってそれ以前の外交関係がリセットした為、新たな外交関係を築いていく必要のあった中で「熊の世界」として出現したソビエトに対して日本連合国が正統な国家であると承認させただけでなく「人の世界」として出現した樺太(サハリン)と北方四島に千島列島を自国の領土として認めさせた連合政府と派遣された外交団の手腕は優れたものであったし、 連合政府を正統な国家の統治者としてソビエト政府が認めたというのは今後ソビエトが「赤い日本」を日本国内の叛乱勢力とみなした上で今後支援することは無いという公式回答を受け取った事と同義だったからである。
 外交面においては大成功と言えるだろう。
 そして「平和的解決」を主張した一部の議員にしても自ら「赤い日本」の本拠地に赴いて交渉したわけでもなく、ただ街頭演説で自分達の主張を声高に叫んだだけであった。
 何よりこれらの発言を行ったのが社会主義政党や共産主義政党の中でも「一部」の議員でしかなかったように、多くの左翼系議員はソビエトとの国交樹立に満足し「『赤い日本』と交渉の余地無し」と見ていたのである。
 これは左翼系の政党内部ですら「赤い日本」の核攻撃に対する恐怖が同じ政治思想を共有するものへの親近感を遥かに上回ったからにほかならない。

 話を核ミサイルへの具体的対策に戻すが「赤い日本」の核攻撃に際しては飛行能力を持ったスーパーロボット等(後にはナデシコ級宇宙戦艦とエステバリス隊もここに加わった)も投入した数段構えの迎撃案が採用されることとなった。
 もっとも「撃たせる前にミサイルを発射基地もろとも破壊・無力化する」という案が放棄されたわけではなく、現在も「赤い日本」の本拠地と核ミサイル発射基地の詳細な位置特定へむけて情報収集が続けられており、この「発射前の撃破」は核ミサイル迎撃案の第1段階としても組み込まれている。
 この迎撃計画において「高高度においての核ミサイル無力化」が失敗した際に設けられる「最後の策」こそ、「首都圏及び関東近辺のパトリオット迎撃ミサイル、メーサー殺獣光線、東京湾上に展開するアーセナルシップ等による核ミサイルへの飽和攻撃」であった。
 実際にはこの後にもGGGの勇者ロボによる迎撃・無力化と3体のエヴァンゲリオンによる広範囲へのATフィールド展開が存在していたが、これはいわば伝家の宝刀とでも言うべき秘策であり、おいそれと使うことは出来なかった。
 そして勇者ロボはまだしもエヴァンゲリオンを平時即応体制に組み込むことはエヴァの持つ特性と「時空融合における特異点」とみなされている事を考慮すれば非現実的で無理が多すぎた。
 加えて(むしろこちらが本命なのだが)エヴァンゲリオンに乗る3人のチルドレンは未成年者である事から、未成年者を戦闘行為に参加させたくない加治首相にしてみればこの策を使わないに越したことはなかった。

 ならばこそ連合政府は実質上の最終防衛手段である「地上からの一斉対空攻撃」により飛来した核ミサイルを100%オーバーの確率で撃墜する為、必要な装備の開発と量産を早急に進めるべきと関連部署に指示を出したのである。
 現に陸上から発射される対空兵器の配備については首都圏及び関東周辺の各自衛隊基地にまとまった数のパトリオット(PAC3)迎撃ミサイル、メーサー殺獣光線砲等の対空兵器を配備する事が決定されておりその予算もすでに連合議会で承認されていた(この頃実際に資金を提供していたのは三大財閥を始めとする財閥・大企業だが、予算の承認は形式的なものであっても必要とされた)。
 新型の対空兵器開発も平行して行われており、シベリアのシャングリラ基地に配備されていた対空レールガン「アイアンシールド砲」のコピー第一号がこの月中にも完成する予定となっていた。

 さて、肝心の「アーセナルシップ開発計画」についてだが、そもそも本計画は「核ミサイル迎撃計画」の一つである「海上からの対空攻撃による核ミサイル撃墜に必要なプラットフォーム艦の研究開発部門」としてスタートした。
 当初はそれこそ純粋な対空ミサイルのプラットフォーム艦を想定し、かつてアメリカ海軍が1990年代に計画した時と同様にアーセナルシップそのものは名前のごとく「武器庫艦」としての能力を特化させ、火器管制や照準システム更には艦そのものの航行管制すら陸上基地や他の艦艇に委ねるという案を採用する予定であった。
 だが、その後の情勢がこの計画に大幅な軌道修正を強いる事となり、それにしたがって「プラットフォーム艦研究開発部門」へ投入される人員と予算もきわめて短期間で増加していった。
 連合政府の新たな要求に対して艦政本部が大幅修正したアーセナルシップの計画案を政府への回答として提示する頃には部門そのものが「核ミサイル迎撃計画」から独立した新計画として再出発したのである。

 連合政府が艦政本部に対して行った新たな要求を元にまとめられたアーセナルシップの仕様は以下のようなものであった。

1:主要な用途は「赤い日本」の保有するとされる核ミサイルの撃墜を第一とする事。
  また、飛行能力を有する敵性体及び航空機に対する攻撃についても可能とする事。
2:VLSを始めとする各種装備は極力ユニット化し、換装を容易に行える様にする事。
3:外洋において他の艦艇と共に作戦行動を行なえるよう巡航速度27ノット以上、最大速度を32ノット以上とする事。
4:最新型の電測兵装を評価する上でのテストベッド艦としての運用を視野に入れる事。

 この他、外洋における長期間の活動を前提とした乗組員の居住スペースに関する大幅な設計見直し等、計画の再出発に伴う仕様変更・要求事項の追加は細かなものを含めると50を軽く超えることになった。
 艦政本部がわざわざ3人に、今回の計画でアーセナルシップのテストベッド艦として選ばれた「長門」の視察へ派遣した裏にはこのような事情が存在したのである。

「ですが、なぜこれだけ損傷の酷い<長門>がアーセナルシップのテストベッド艦として選ばれたのでしょう……?」
「むしろそれ故に選ばれたと考えるべきかもしれないね」
「と、言いますと?」
「ここまで酷く大破した艦艇ならば、<長門>の乗組員も艦種を変更してしまう程の改装を施されても惜しくは無いということなのだろう」
「それはあるでしょうね。事実横須賀で改装中の<比叡><榛名>を航空護衛艦へ改装する事が決まった時は砲術科の水兵が息巻いて大変でしたから」 

 平賀と牧野の会話が途切れる直前に一言言ったのは二人の短いやりとりを見ていた藤本だった。

「そういえば、同じ横須賀で近代化改装を受けている<越後>は藤本君が設計した戦艦だったそうだね?」
「私自身が設計したわけではありませんが、斉藤艦長を始めとする越後の乗組員によるとそうみたいです。 まさか別世界の自分があのような巨艦を設計していたとは思っていませんでしたが……」
「藤本さんの目から見て別世界のご自分が設計した<越後>を見て何か得るものはありましたか?」

 牧野に聞かれた藤本は少しばかり考えると、彼に答える。

「そうだな、<越後>の主砲配置が敵艦隊の追撃を目的とした前方配置というのは斬新だったが、あれはその用途から考えると当然の配置であるから『得るもの』と言うほどのものではなかったな……ただ」
「ただ、何です?」
「空母部隊の護衛を主任務とした<越後>が30ノットの速力を発揮するように設計されているのは納得が行くものだったよ。私がもし設計を担当したならやはり速度の面では30ノットを発揮できるようにしただろうね。どうやら私の基本的な考え方は世界は違えど同じものらしい」
「なるほど、速力重視ということですか」
「ああ、だがな牧野君。 速力は重要だが結局のところ攻防速の全てにおいてバランスが取れていなければ意味は無いよ。君は四研(四研……陸軍第四研究所)の原 陸将を知っているだろう?」

 突然藤本に聞かれた牧野の方は名前の出た人物の顔と名前がすぐに一致しなかった。
 数瞬してその人物の顔を思い出したのか頷いてみせる。

「知っています。確か元の世界では3式戦車を始めとする主力戦車の開発を指揮し、新型戦車の開発で指揮を執っていらっしゃると聞いていますが?」
「そうだ、小耳に挟んだ事なんだがあの人も新型戦車の開発において当初は『必勝の信念は装甲にあり』として装甲重視の戦車開発を主張していたんだがな、結局は総合的にバランスのとれた戦車の開発を進めることとしたらしい」
「つまりそれは……」
「我々が今話している事と同じさ。艦艇と戦車、速力と防御力を入れ替えただけだがな。結局のところ何かを犠牲したところでそのような兵器で戦争を戦い抜くことは出来ないということさ」

 そこまで言って藤本は、再び自分に言い聞かせるように言葉を続ける。

「もっとも、我々の場合は予算や条約といった枷があったものの主力艦艇の開発に重きを置き、補助艦艇の開発をなおざりにした経緯があるからな……」
「藤本さんがそう言われるのも分かります。多くの世界では主力艦の為に補助艦が犠牲なったわけですし……」
「結局のところ何所で運用する兵器にしろ総合的に高いレベルでまとまった兵器でなければ苦労するのは現場の兵士という事さ。我々がその事を忘れて技術的に行き過ぎた兵器を作るというのは愚かとしか言い様がない」
「まったくその通りです。私も融合後に改めてその事を実感させられた一人ですから」

 一方、平賀はそんな二人の熱心な会話を聞きつつ思った。

(我々にとって基本的なことだが間違ってはいない。藤本君の言う事は主力兵器に求められる要求の正道でもある。なにより開発する技術者が目指す理想でもあるからな……あの二人に今後の近代化改装計画を任せても問題ないだろう。今の彼等なら私以上に上手くやってくれるはずだ)

 ――これで私も帝大で後継者の育成に全力を注げると言うものだ。

 そこまで考えて腕時計を見た平賀はまだ熱心に話しこんでいる二人に「そろそろ艦内を見て回らないか」と声をかけた。

 場所は変わって「長門」艦内。
 艦橋から降りた三人は艦内を見る事とし、今後の改装計画についてどの様に進めていくのかを話し合う事とした。

「それにしても人が少ないですね」
「話によると乗組員の多くは他の艦艇へ補充要員として移ったそうだ。現在<長門>にいるのは艦の保守に必要な最小限の人数だ」
「余剰人員を遊ばせておく余裕はないからな」 

 平賀と藤本が言うように長門の乗組員はその多くが艦を離れていた。
 いくら「新世紀徳政令」で国家の借金が無くなったと言えど今の連合政府に人員を遊ばせておく余裕は無かった。
 事実、予備艦扱いで繋留されている艦の乗組員は頻繁に他の艦艇へ配置換えされており、陸軍航空隊の所属パイロットも殆どが空自への配置換えで異動していた(余談だが、海軍航空隊のパイロットは陸軍のそれと異なり異動は殆ど行われなかった。 これは時空融合により海自が空母を運用する事となったからだ)。

 そんなことを話しているうちに三人は長門の前部主砲塔配置箇所にたどり着いた。
 配置箇所にあった砲塔下部のユニットも既に撤去されていた為、上を見上げると青い空が見える。

「どうやら第1、第3主砲塔部への砲塔再装備は諦めるしかないみたいですね」
「アーセナルシップへの艦種変更も含めた改装が決まっている以上砲塔の搭載は行わなくてもいいだろう」
「しかし、これだけの損傷となりますと船体同様、VLSユニットを搭載するにしても補強が必要ですね」

 手にしていたファイルをめくる平賀が牧野へ言った通り、アーセナルシップへの主砲塔搭載は既に計画の段階で排除されている。
 一方、艦内を見回した藤本は現在自分達がいる主砲塔のあった部分の損傷を目にして具体的な改装計画の手順を頭の中で組み立てていた。

「改装を行なうのは予定通り横須賀になるでしょうね」
「横須賀ならば近代化改装についてのノウハウがあるし、何よりSCEBAIや他の研究施設から近いし技術者の派遣が容易だから当然だろう」
「改装作業に入るのは藤本さんが担当されている<越後>の近代化改装が終わった直後ですか?」
「時期から考えてソレしかないだろうな。 多分<越後>が竣工する直前に横須賀へ入港する事となるだろう」

 やはり戦艦をアーセナルシップという艦種へ改装するという技術的好奇心からか、三人とも互いの意見を交換しつつ続いて機関部に移動する事とした。

  「平賀さん、計画によりますと先ほど話していた船体の補強については『新素材による物を優先的に用いること』とありますがこれは?」
「ああ、それか。何でも防衛省からの通達で盛り込まれたらしい。確か<越後>の改装に際しても同様の通達があったから上の方で動きがあるのかもしれんな」
「そういえば自分が越後の改装前に同様の話を伺っています。 おそらく例の『ふわふわ』というのを用いるとの事なのでしょうね」

 この時三人はまだ詳細を知らなかったが、政府は融合後に行われた調査で多くの新しい物質が出現していることを確認し、これらを活用する事が出来ないかと思案していた。
 その中で出てきたのが「艦艇の近代化改装に際して各部の構造材あるいは船体そのものに新素材の物を用いるという」試みであった。
 既に「越後」の改装に際してツハミ共和国のふわふわ社が開発した「ふわふわ(化学的な名称は立方晶窒化炭素フラーレン)」を内装の一部(エレベーターのワイヤーやドア)や空力特性向上とステルス機能を目的として付加した外装パネル、格納シャッターなどの小型装備に用いるという試みがなされており、この長門についても出現した新素材を用いて船体の補強・改装を行うことが計画に盛り込まれていた。
 もっとも、船体構造そのものという基礎部分の改装に際して「ふわふわ」を大型艦を用いるのはまだノウハウの蓄積が無く、冒険的過ぎてリスクも大きいことから今回は見送られている。
 融合前の戦闘で大破した「越後」や「長門」が外見を大幅(長門に至っては艦種も)に変えるほどの改装を行うテストベッド艦とされたのはこのような理由があったのだが、実はもう一つの理由があった。

 それは「艦が大破しても自沈させず可能な限り本土に回航が可能であるようにするべし」という防衛省からの厳命とでも言うべき「通達」の内容が関係していたのである。

 この様な通達がわざわざなされた裏には以下のような理由が存在した。

 第一の理由は「優秀な乗組員の喪失を避ける為」というものであった。
 この件に関しては防衛省だけではなく連合政府そのものの意向が強く反映されているのだが、時空融合で人口が減少したことからこれ以上は人的資源の消耗を避けたいと考える政府が通達に口を出したのは必然だったと言える。
 間違っても連合政府は融合前の海軍みたく「艦長は沈む艦と運命を共にせよ」などと優秀な水兵一人を育てるのにかかる時間とコストを無視するような事を命じるはずが無かった。

 第二の理由は「極力艦艇を敵性体に渡さぬように」というものだ。
 こちらは第一の理由と異なり当初の通達にはなかったものだが、その後ある出来事を切っ掛けとして追加された。
 その出来事というのは、紅海で遣エマーン艦隊がゾーンダイクの可潜戦艦ナガトワンダーによる攻撃を受け駆逐艦「涼風」を撃沈された一連の戦闘である。
 「青」からの情報提供でナガトワンダーが水爆実験の生贄に供されて沈んだ「長門」に生体ベースを合体させた戦艦であることは判明していたが、実際に交戦した遣エマーン艦隊からの報告によってナガトワンダーが原型たる長門以上の戦闘能力を持つことを知った防衛省と海上自衛隊は驚愕した。
 なにより一度沈没した艦艇を(オーバーテクノロジーの付与があったことも含めて)強力な兵器として再生し投入するというのは脅威としか言い様がなかった。
 そして、下記のような会話が防衛省や海自のあちらこちらでされるようになったのもこの戦闘に関しての報告が入ってからの事である。

「こちらは一隻の護衛艦を建造するのに早くても数ヶ月かかる、だがやつらは沈んだ艦を再生して投入して来るだと!?」
「そうなったらこちらは戦力的に先細りの一方、最後にはジリ貧で壊滅するだけだ」
「さりとて、船団護衛に必要な艦艇を出さぬことは出来ないだろう。 海中を活動域とする敵性体やテロリストがゾーンダイクのみということはあるまい」
「ならばこちらは護衛艦の改装に際して『沈まない』という条件を盛り込めばよい」
「難しい注文だな。 だがやるしかあるまい」

 ――そうしなければ、日本の生命線は確実に失われる。

 だからこそ、時空融合からそれほど時間が経ってないにも関わらず造船技術者達は官民を問わずに一致団結してこの難題へ正面から取り組んだのである。
 流石に言葉どおりの「不沈艦」を建造できるとは彼等も思ってはいなかったし、「沈まない」という事を実現するというのは無理難題としか言い様がなかった。
 しかし、この時から始まった沈船・浸水対策に関する研究で様々な方法が検討され後に護衛艦の近代化改装や新規建造の現場に生かされたのも事実である。

 そしてゾーンダイクによる海洋での無差別攻撃が本格化する頃にはこれらの対策方法(緊急時における即応体制のマニュアル化から浸水対策の容易な船体構造の設計まで多岐にわたる)と蓄積されたノウハウは 民間船舶にもフィードバックされており、攻撃を受けても機関部や弾薬庫への直撃でもない限りはある程度の速力と浮力を維持して危険水域を離脱できる艦艇や船舶が多数就役していた。
 おかげで対ゾーンダイク戦前における船舶の損害は、連合政府が試算した当初の数値を大幅に下回るという結果を得ることができた。
 もっとも、ゾーンダイク戦以降も海洋を活動領域とする他の敵性体・テロ組織による船舶への襲撃が続いた事からそれに伴って造船技術者達の苦労もまた続くのだがそれはまだ先の話である。

 ここで話は再び長門艦内の三人に戻る。
 一通り艦内を見て回った平賀達三人は、人気もまばらな士官用食堂の一角にて卓上へ長門の設計図を広げて近代化改装に向けての意見交換を行なう事とした。
 無論、より具体的な改装へ向けてのスケジュール構築、資材の調達といった詳細な部分については東京に戻り艦政本部で本格的に話し合う事となってはいたが。

「防空指揮所そのものは艦内に置くとして、電測兵装を搭載する艦橋については後部を前部と同サイズにする必要があるだろう」
「確かに、損傷・トラブルで一方が使用不能になろうとミサイルの撃墜という目的そのものには支障が出ない様に予めシステムを独立させるべきでしょう」

 区画ごとに色分けされた図面を前にして最初に意見を交わしたのは平賀と藤本だった。
 一方で牧野は二人の会話に耳を聴きつつも、入渠後の改装時どこから手をつけるべきかについて考えていた。

(やはり、入渠後すぐに取り掛かるべき作業は艦内のアスベストを除去する事だろうな)

 融合後、牧野は艦艇そのものの改装と強化とは別に乗員の健康についても重大な関心を払っていた。
 その中でも、自分達の元居た時代では断熱・防火・防音に優れた素材として多用されたアスベスト(石綿)が時空融合の結果出現した1980年代以降の世界では発がん性のある有害物質として知られている事に大きなショックを受けたのだ。
 この件は連合議会の議題としても取り上げられており、艦政本部も護衛艦艇の近代化改装に際しては艦内のアスベストは徹底的に除去した上で代替品に替える様各地の造船所に文書で指示を出していた(同時期、防衛省も「乗員はアスベストが大量に用いられている区画への出入りを極力少なくする様に」との指示を出していた)。
 幸いアスベストを高温で融解することで飛散しない様に粒状化して無害化する技術が出現しており、日本各地の工業地帯でもアスベストの無害化プラントが続々と建設されている事からアスベストそのものについての対策は順調に進む見通しがついている。

(問題は実際の除去作業をどうするかだ)

 そう、コレこそが一番の問題点であった。
 いくら乗員の健康の為とはいえ実際作業に従事する作業員が健康被害に晒されて良いわけが無いからだ。
 この為、改装時にアスベストの除去を担当する作業員に対しては事前の講習会を行なったり、入念な健康チェックなどを行なう等の対策をとっていたが講習一つとってもそれらを監督・指導できる専門のアスベスト除去業者は時空融合でもそれほど多く出現していなかった。
 また、労働基準法・労働安全衛生法の無かった時代から来た職人気質の工員が講習をうけたものの、いざ実際作業するとなった段階で「こんな物着て作業なんか出来るか!」と防護服を脱ぎ捨てて作業に取り掛かろうとしたところを他の作業員に取り押さえられたり、防護服を着ていてもアスベストの飛散を防止する為に行なう養生を「作業に支障が出るから」と言って行なわずそのまま作業へ入ろうとして中止命令が出るという場面があちこちで見られた。
 これらの事例は現場からの報告として艦政本部にも届いており、対応にあたる側にすれば頭の痛い問題と言えた。

(やはり、<越後>の改装で試験的に用いているHMシリーズを用いるべきだな)

 牧野は以前から考えていたアスベスト除去作業の難問について自分なりに考えていたがその一つが現在横須賀のドックで近代化改装中の「越後」で改装作業に用いられている来栖川製HMシリーズを用いる事で解決できると確信していた。
 HMシリーズならば防護服を着用させずとも作業区画に入れるだけでなく、疲労による作業効率の低下も生じない(バッテリーへの充電とメンテナンスは必須だが)。  また、作業後はまとめてクリーンルームで洗浄してやれば他の作業区画でも使用可能だからだ。  現時点においてHMシリーズの運用は作業内容や場所を特定していないが、後々には人間が行なうには危険すぎたり健康に悪影響をもたらすような物質の存在する作業区画で運用されるようになるだろうと牧野は考えている。
 もっともこれについては彼だけでなく他の技術者や現場の作業員も同じ様な意見を口にしているのだが。

(東京へ戻ったら通常作業用とは別枠でHMシリーズを揃えられるように手を打つ必要があるだろうな。 お二人にもこの件については話しておいたほうがいいだろう)

 ――もっとも、このお二人とて既に気付いているかもしれないが。

「牧野君、君は何か意見があるかね?先ほどからずっと黙っているが」

 牧野へ声をかけたのは平賀だった。
 声がかかるのを予想していた牧野は、すかさず先ほどまで考えていたアスベスト除去作業におけるHMシリーズの導入を提案する。
 そしてもう一つ。

「以前から問題になっていた電気系統の問題ですが、既に採用が決まっているECS(Energy Capacitor System)の他に提案がありまして」
「ふむ、というと?」
「『フライホイールバッテリー』を使えないでしょうか?」
「あの“はずみ車”か……」

 平賀と藤本は牧野の言葉に頷くと共に思案する。

 牧野の発言は、「生み出される電気をどの様に蓄電するか?」という事案についてだった。
 護衛艦艇の近代化改装において、核融合炉やCODLAGといった新型機関への換装で改装前と比較して大幅な速力向上や航続距離の増大を達成する事に成功したが、機関の出力増加に伴なって発電量も大幅に増えた。
 それ自体は歓迎すべきことだったが、一方で莫大な量の電気を従来型の化学反応式バッテリーに蓄電する方式は限界に達している事が会議の席上で何度か指摘されていたのである。
 もっとも、艦政本部や現場の技術者もこの点について手をこまねいていたわけではなく、時空融合後に得られた新技術を元にして幾つかの対策を講じていた。

 その「処方箋」というのが一つは既に採用されつつあるECSであり、もう一つが牧野の発言にあったフライホイールバッテリーであった。
 ESCは電気二重層キャパシタと呼ばれる電気を電気のまま蓄電できるという方式で、エネルギーロスが少ない点や爆発、故障の危険が少ない等信頼性が高いという利点が高く評価されている。
 もう一方のフライホイールバッテリーは、高速回転するフライホイール(はずみ車)へ電気エネルギーを運動エネルギーとして保存し非常時にはこの運動エネルギーを電気エネルギーへと変換して用いる事で知られている装置だ。
 日本では建物等の停電時に電源として用いられる無停電電源装置として知られているフライホイールバッテリーだが、欧米では早くからディーゼル気動車の蓄電装置として研究され長く使われてきた経緯があった。
 融合後、この技術に着目した牧野は護衛艦の改装計画においてこの装置を蓄電装置として採用するように提案を出していたのである。

「調べたところ、自動車に搭載可能な小型サイズのフライホイールも存在するとの事です。リスク分散の為にも小型の物を幾つかまとめてユニット化した上で搭載するというのはどうでしょうか?」

 ――無論、配線等についてもユニット化し冗長性を高める必要がありますが――と、牧野は自分の意見にそう付け加えた。
 これについては、牧野の意見を聞いた平賀と藤本も頷く。
 その後には以下のような会話が交わされた。

「急激に電力が必要もしくは電力の使用量が一定でない物についてはESCの方がいいだろう」(藤本)
「そうなると基本システムはフライホイールバッテリーで 兵装等の駆動部用にECSというように用途を分散した方がいいでしょうね」(牧野)
「バッテリーも多々あるように、得意な分野があるからフライホイールバッテリーにあまり固執することもないからな」(平賀)

 この後も3人による改装案の意見交換は長時間に及び、彼等が「長門」を降りたのは日没近くになっていた。
 しかし、アーセナルシップのシステム構築については、彼等にとってはまるで分野が異なった為これと言ったアイデアは出なかった。
 平賀はこの件については次の様に話している。

「適材適所ということだよ。何も我々が全てを立案し決定する必要はどこにもない。この件について我々が為すべきことはシステムを作れるだけの人物を探し出す事だろう」 

 その言葉が正しい事を藤本と牧野の二人もよく分かっている。
 今日ここを訪れた三人は、いずれも融合後溢れ返るように出現した(彼らにとっての)未来技術の先進性に驚きつつもそれらと格闘し、吸収していく過程でそのことをよく理解していたのだから。

 この新世紀に生きる技術者にとり、他世界の新たな技術を習得し自らの物とするのは当然のことである。
 そこに、己の年齢や元世界でのキャリアや年齢などの壁は意味をなさない。
 彼ら三人もまた、それに従い他世界の技術者と交流し己の技術を磨くだけである。

 中編(その2)に続く。


2007年11月29日UP

 後書き:
 どうもこんにちは、山河晴天です。
 前回から一年以上間が開きましたが、ようやく続きとなります。
 本来なら昨年のうちには完成している予定だったのですが、一体どうなっているのやら……。
 今後はもう少し執筆ペースを上げたいと思っています。

 今回もまた、他の投稿作家の皆さんに色々とご意見や助言をいただきました。
 この場を借りてお礼を申し上げます。

 以下、執筆にあたって監修・協力していただいた方と担当してもらった箇所の紹介になります。
 Okada Yukidarumaさん……越後に「ふわふわ」が使用されている部分についての具体的な解説を。
 コバヤシさん……誤字脱字の指摘及び、今回登場したアーセナルシップに関してのアイデア提供。
 ペテン師さん……前回同様、作品全体の誤字脱字に関しての指摘及び確認。
 錬金術師さん……アーセナルシップの章に出てくる「長門改」のネタ提供を。
 masakunさん……作中における誤字脱字の指摘をいただいてます。
 しまぷ(う)さん……試作品に関してのご意見やご感想をいただきました。
 Ver.7さん……アーチャーフィッシュの戦闘描写に関する指摘と、アーセナルシップについてのご意見をいただきました

 以上です。
 それでは、近いうちに次回作でお会いしましょう。
 


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