スーパーSF大戦


インターミッション


大西洋調査艦隊物語


第一話 改装

 こうして平行世界の大日本帝国海軍の中でも最大級の軍艦「越後」は、横須賀のドックで改装されていった。
 彼女、越後の船魂たる少女が見守っているうちに、工廠の作業員たちは手馴れた働きで越後をドック内に係留し、乗員たちの私物を含む持ち出せるものはその日のうちに全て持ち出し終わった。
 早く終わったのも当たり前で、彼らの中には一時も休みを取らずに働く作業員がいた。
 少女越後は彼らを見つけて不思議に思い、良く良く見てとても驚いた。彼らのほとんどが機械で出来ていたからである。今の日本ではこういう作業には色々な大きさの彼女の言う機械人形、ロボットが従事している。唯一人間が働いていたのは艦長室や長官個室といった貴賓室で、そこの調度類は熟練した人間の解体工が傷を付けないように慎重に分解して持ち出して行った。
 ロボットたちが内装を全て剥がし越後を鋼鉄の塊にした後に、今度は人間の作業員が乗り込んでいた10m位のロボット、レイバーが現れた。少女が注目する中、レイバーは破損したままの後部指揮所の要所要所に、クレーンの先を引っ掛けるとその場を一旦離れた。するとドック内に放送が響き渡り、動いている人が居なくなった。そして。

「点火、10秒前、・・・5、4、3、2、1、点火!」

 点火の声と共に、後部指揮所と甲板の間に炎の線が走った。炎が一瞬で消えた後でクレーンが引き上げられると、それにつれて後部指揮所も宙に上がっていった。
 少女がレイバーに注目しているうちに、工員が後部指揮所を切り離す作業をしていたのであった。少女は思う。

「私が造られた呉海軍工廠では古い船体を切り離すのにガスバーナーを持ち込んだりしていたんだけど、流石に未来社会の工廠ね。私の知らない手段を使ったようで、それらしい道具は一つも持ち込まれていなかったわ」

 続いて煙突が撤去される様である。少女はどんな仕掛けを使ったのか今度は見逃さないように注目した。
 作業員は、太いロープのようなものを煙突の内外の壁に貼り付けていった。ただそれだけある。だが、合図と同時にそのロープが点火された。一瞬の間にロープは燃え尽きて、同時に煙突も切り離されていた。
 後に斉藤艦長が少女に教えてくれた事によると、あのロープは只の火薬の塊ではなくて「ノイマン効果」と言われる火薬の燃焼エネルギーが一点に集中する現象を利用するように火薬の形状が工夫されている。簡単に言うと火薬の燃焼ガスがロープを貼り付けた線に沿って焼き切るのである。元々軍事用、しかも家屋突入用の装備に使われていた技術だったのだが、切断が一瞬で終わってしまう事からガスバーナーを使って焼き切るよりトータルでコスト低減になり解体工事では主流になった世界が有って、そこから導入された技術らしい。
 後は上甲板や機関部を撤去したりするのに同じことの繰り返し。作業員がロープを貼り付け、点火して、クレーンで吊り上げる。一週間と経たずに越後から旧式機関となったボイラーと蒸気発生用の清水タンク、蒸気タービン等が撤去され、機関室から甲板上にまで大きな穴が開いてしまった。艦橋すら、あちこち切り取られて、のっぺりとした姿になってしまい、少女は自分の艦体がなんだかこのまま醜いままの姿を晒しつづけるように感じていた。

「本当に綺麗に成るのかしら」

 そんな頃に新しく戦艦が二隻、ここ横須賀にやってきた。

「あのドックに入っていたのは越後さんでしたのね。私たちもここでお世話になる事になりました」
「よろしくお願いしますね」
「えっ、比叡ちゃんと、榛名ちゃんでしたの?御久し振りです〜」

 越後に挨拶をしてくれたのは、巫女さんと銀座のカフェの女給さんと言う雰囲気の可愛い女の子が二人、金剛級戦艦、比叡と榛名の船魂の二人だった。しかし三人がそれぞれ挨拶を交わすと、顔を見合わせて大きなため息をついた。

「「「やっぱり最初は判らなかったみたいですね」」」

 三人が三人とも同じ思いであった。

「皆さん、無理も無いですわ」
「見たとおり私たちの艦体は、呉を出発した頃の貴艦と同じく砲塔ごと主砲から機関砲まで外されていますものね」

 榛名の言ったとおり、榛名と比叡、二人の艦体は撤去した火器の跡で作られた穴だらけであった。

「私は艦体に大穴が開いて、艦橋もあちこち切り取られていた所為で判らなくなったんでしょうけど」

 新ためて醜くなった自分の艦体が恥ずかしく思う越後である。

「貴方たちも新しい艦体に成るんですの?」
「ええ。でも、私たちの36サンチ砲は越後さんの51サンチ砲と違って、どうやら二度と使う事は無さそうなの」
「そう。榛名さんの仰られたように、私たちの改装はどうやら戦艦から護衛空母、あの『あかぎ』さんと同じく航空護衛艦にするためらしいのよ」
「それはどう言う事なんですの?」

 二人の話では、長門の40サンチ砲ならまだ改造して近代戦に対応が可能なのだそうである。少し先の話になるが7月の対使徒防衛戦、対リリス迎撃戦に於いて、通常兵力で唯一使徒に対抗できたために40サンチ砲は更に改良が重ねられる様になった。
 しかし彼女たち金剛級戦艦や伊勢級戦艦の場合、主砲の36サンチ砲は射程距離の短さと威力に限界があり、その点を改造する余地も少なく、手間の割にどうしても即応性がVLSに及ばず、海上護衛に求められる対潜対空護衛能力を実現するには無理があると判断されていた。
 そして現在、海上自衛隊が必要とする航空護衛艦艇が少ないので、金剛級戦艦と伊勢級戦艦は元の主砲をすべて撤去した上で後部に航空甲板を乗せた航空護衛艦にする事に決まったそうである。

「ただ、どういう武装をするかはまだ決まっていないの。航空護衛艦以外の案も含めて、大体3つの案が出たんですけど」
「一体どういう艦に成るか、とても心配ですわね」

 三人の船魂は、再び大きなため息を同時についた。




 その頃、彼女たちが最初に所属する事に成る、大西洋調査艦隊の司令長官が決まろうとしていた。

「山本司令長官、お久しぶりです」
「おぉ、小澤君か、良く来てくれた。だが今の俺は司令長官ではないぞ。」

 元大日本帝国海軍中将 南遣艦隊マレー部隊司令長官 小澤 治三郎と元大日本帝国海軍大将 連合艦隊司令長官 山本 五十六の二人は笑顔で敬礼を交し合った。

「山本海幕長も、相変わらず勉強熱心ですね。今度は何日徹夜しているんですか」

 小澤 治三郎 元中将が市ヶ谷の防衛省内海上幕僚監部を訪問したとき、訪問相手である海上幕僚長を務める山本 五十六 元海軍大将は猛勉強中であった。山本 五十六は頭に載せた氷嚢を降ろしながら小澤中将を執務室に迎え入れたのである。ちなみに山本 五十六と言う人は、実際にもアメリカに赴任中に石油産業の実態調査を命じられた時、氷嚢で頭を冷やしつつ三日徹夜で猛勉強した事もあったそうな。

「徹夜はしていないんだがね、この『こんぴ〜た〜』を使いこなせないと、連絡も重要情報も入手が遅れてしまうのでね。実際、南雲君らがゾーンダイク軍に襲われた事も、布哇が懐かしのブル ハルゼーに襲われた事も、副官が報告に来る前に『い〜め〜る』と言う物で逸早く知らされたからね」

 山本は英語は流暢なのに、わざと怪しい発音でコンピュータを使って勉強をしていたことを話した。彼の机の上にはノートパソコンが置かれている。海上幕僚長に任命されて最初に支給された物の一つが、このノートパソコンである。最初は図書館から本を借りて戦後史や太平洋戦争を研究しようとした山本五十六であったが、ちょっとした検索も簡単にPCでできる、正確にはPCを通じてネットワーク上のデータベース上で検索で出来ることを副官に教えられてから、暇を見つけてはPCに取り組んでいたのである。思い込んだらとことん憶え込むその性格が幸いし、今では旧軍人のみならず旧自衛隊員を含めても幹部職の中では一二を争えるほど使いこなしていた。先の怪しい発音はコンピュータ恐怖症に掛かるIT革命前の自衛官や旧軍人らが良く使う発音なのだが、どうやら山本は彼らの発音で冗談を言う癖がついてしまったようである。

「まあ、わしの勉強は置いといて、小澤君。君も帰国して僅か一ヶ月で、しかも元海軍軍人で最初に自衛隊の将官教育を卒業するとはなかなかやるではないか。わしでもまだ履修し終わってないと言うのに、さすが『最後の連合艦隊司令長官』に成るだけの事はある」
「山本 海幕長までそうからかわれますか」

 歴史上では最後の連合艦隊司令長官になる筈であった小澤は、旧軍人の動向を取材するマスコミには賞賛されるが本人は「あくまでも可能性であって、自分はまだ若輩者である」と謙虚にしていた。しかし、戦友達からはそれをネタにからかわれ、さらに山本にまで言われてしまい、その言葉に苦笑で応ずるしかなかった。
 さて、今は6月の末である。山本海幕長の言葉通り、小澤が帰国して一ヶ月が過ぎていた。
 時空融合で小澤率いる大日本帝国海軍南遣艦隊マレー部隊は、ベトナム、今は中華共同体の一国「越」のメコン河口に出現した。同じく「越」に大使館ごと出現したベトナム駐在日本大使 倉木 和也との連絡が付き、共同で1ヶ月に及ぶ「越」政府との交渉を行った。その間に、日本連合と中華共同体の国交交渉もまとまった事も有って「越」政府からの帰国許可も下り、帰国を希望する在越日本人らと共に日本へ向けて出航したのであった。
 10日間の航海を経て、現地の護衛艦隊の歓迎を受けつつ佐世保に入港した旧・帝国海軍南遣艦隊マレー部隊は、ベトナムからの帰国者を降ろした後は呉の連合艦隊と同様に海上自衛隊の管理下に置かれた。
 小澤 司令長官ら司令部要員は数日の休養を取った後に佐世保を離れ、この一ヶ月間は他の旧海軍軍人らと共に江田島で自衛隊の再教育を受けていたのである。その目的はもちろん海軍軍人らに戦後の歴史と未来技術を教える事で、日本防衛に必要な人材を短期間で大量に確保する事にある。山本五十六や南雲忠一を始めとした自衛隊幹部職に任命された旧連合艦隊の将官達もその役職に就きながら、通信教育を受けていた。もちろん横須賀で改装を受けている越後や比叡、榛名の乗組員たちも改装の合間を見ては、横須賀基地内で再教育を受けている。
 そして彼ら、旧帝国軍人の中でも比較的思考性に柔軟さがあり、自衛隊が提示する歴史や戦訓、技術を事実と認めて素直に覚えていった小澤 治三郎 が誰よりも真っ先に課程を修了したのであった。

「ははは、まぁ本題に入ろう。今日君を呼んだのは他でもない。艦隊を一つ率いて貰いたいからだ」
「艦隊ですと?」

 小澤は一言発すると、一瞬沈黙して考え込んだ。

「(今の海自では護衛群と呼んでいる艦隊を編成している筈だが、最近自衛艦隊編成令が変わったと言う話があったな)新しく編成されなおす、護衛任務艦隊の一つですか?」

 自衛艦隊では通商船団護衛が本格的に始まろうとするので、従来の群編成ではなく任務ごとに少数編成の艦隊を組んで船団護衛を行おうと編成が変わり始めていた。

「いやいや違う。君のような優秀な男にはもっと相応しい任務があるさ。君も教育中、学課でもニュースでも聞いているだろうが、いまの日本連合は海上貿易の再建を目指している。その為にも世界の海洋調査が必要であり、南雲君の遣エマーン艦隊を始め、多くの調査艦隊の派遣が計画、実行されている。二次派遣のその一つを君に頼みたい」
「そうなんですか。喜んでお引き受けします」

 計画中のも含め派遣する調査艦隊は全部で9つある。
 現在派遣中の第一次派遣調査団が以下の4つである。
 中華共同体派遣団。中国大陸の情勢を調査し、友好通商条約を締結することを目的とする。国交が成立した現在も代表団が北京で条約をまとめるべく交渉中である。
 遣エマーン艦隊。紅海のスエズ沖でエマーンと接触し、交渉を成功裏に終わらせて今は帰国中である。
 日本在日米軍合同アメリカ調査艦隊。名前の通り日本連合と在日米軍が合同で派遣した調査団である。来月に派遣する予定であったが、ハルゼーの布哇空襲が契機となり繰り上げて派遣することになった。途中ハワイでハルゼー提督率いる太平洋艦隊と合流する。
 日本国籍の捕鯨船団や漁船からの救助要請が入って急遽派遣が決まったのが南太平洋調査艦隊である。オセアニア、オーストラリア大陸方面を調査し、各国の漁船団、捕鯨船団の状況をも調査している。
 更に、この夏から来年にかけて派遣される予定の調査団が以下の通りである。
 南雲率いる元遣エマーン艦隊が折り返し任務につく事に成った、インド洋調査艦隊。主に印度(天竺)、中近東、アフリカ大陸インド洋沿岸を調査するが、高速艦艇を中心に南極観測隊支援基地設営場所の調査も行う。
 オセアニアから南米方面に向かう第2次南太平洋調査艦隊。南極調査隊の物資運搬のバックアップも兼ねて、ニューシドニー村に集結した太平洋漂着民の救助をも行う。
 北極調査艦隊。第2次調査での南極派遣の訓練もかねて観測船そうやを中心に北極海を調査。
 南極調査隊。日本連合から大きなバックアップを得て、「そうや」が決行する。
 そして。

「『辞令。小澤 治三郎 殿。右の者、日本連合海上自衛隊海将、並びに大西洋調査艦隊司令長官 兼 日本連合大使に任命する。アフリカおよび南北アメリカ大陸の大西洋岸と共に、エマーン商業帝国を始めとするヨーロッパの現状を調査し、新たな友好関係を確立する事を命じる。 日本連合国 首相 加治 隆介』。旧海軍と旧自衛隊の良い点を発揮し、長期にわたる任務を無事成功してくれるよう期待します、小澤 司令長官」
「謹んで拝命いたします。首相閣下」

 日本連合首相、加治隆介が小澤 治三郎に辞令を手渡した。ここは、首相官邸内の式典に使う広間である。小澤が調査艦隊を引き受けた後、山本に連れられて来たのであった。そこには首相の他に(元年6月時点なので)土方防衛庁長官と九条外務相がいた。

「ただの艦隊司令だと思っていましたので、土方防衛庁長官は当然ですが、外務相も同席の上に首相直々に辞令を授与していただけるとはとても意外な事でした。南雲中将の場合はここまでとは聞いていませんでしたが」

 辞令を渡し終えた後は、4人での雑談に入っていた。

「大西洋調査艦隊は今までの調査艦隊と異なり、最低半年間は航海する予定です。その司令長官は日本連合の代表としても新たに国交を開いてもらう事も考えられますので、外交官の資格も正式に与えます。ですから外務相も任命の場にいて貰う必要が有りますし、私自ら辞令を出すのも大使を任命する場合と同じです」
「責任は重大ですな」

 加治はこう小澤に説明した。新たに見つかるであろう国家や文明と交渉するのに必要な肩書きとして正式に日本連合大使としても任命したのである。ここだけの話、下手に外交官を付けるより小澤治三郎の外交官としての能力がそれを上回ると判断した為でもある。
 この後も調査艦隊の任務や航空機動艦隊の編成に付いてかなり話題が弾んだ。小澤らは開戦直前に時空融合に巻き込まれたので太平洋戦争の話は出来なかったが、最後にこんな話題が出た。

「しかし加治首相、この階級呼称だけは何とか成りませんか?直接の指揮下に無いとはいえ、部下の私が上司の山本海幕長と同じ階級なんて混乱の元です」
「それは申し訳有りません。防衛庁でも研究させてはいるんですが、外の声も納得できるなかなか良い呼称を考え出せなくて」

 山本も発言した。

「済まんな。わしも意見は具申しておるんだが、国内世論のほとんどが自衛隊を調査で派遣するのには賛成していても、声の大きい連中をこれ以上刺激する訳にもいかんそうだ」

 旧自衛隊のときから外国の軍によく指摘されていた問題の一つが、将官の呼称である。将補と将の2段階しかないので階級の上下が特に上の方で解り辛いのである。一応、将補は少将、陸海空将は中将、幕僚長に就任している将官は大将に相当するとは説明されているが、これは世界を問わず旧軍出身者から不評が上がっているものでもあった。山本五十六が小澤に言ったように、呼称を修正してくれと言う希望は上がっていたが、調査任務でも自衛隊の海外派遣に反対する声の大きい一部勢力がいる上に、自衛隊に吸収すると言う形であるからこそ旧軍の取り込みに賛成してくれた野党からも、旧軍復活を想像させる大将、中将、少将の呼称復活には時期早々と言う意見が来ており、その問題は先送りにされていた。

「今の日本は我々が始めるはずだった戦争に大負けに負けてから40年以上過ぎた世界が多い。だが、それだけの時間が経過しても、やはり負けた記憶はそう簡単に忘れられん。悪いが旧軍を連想させずに済む、良い呼称を思いつくまで我慢してくれんか。見てのとおり、首相からも頭を下げられておるんでな」
「はぁ、ならば仕方有りませんな」

 小澤も帰国時に一度加治と会ってから、首相の持論である『世界平和こそ日本の幸福』を理解し、かと言って理想の実現を急ぐ事無く少しずつ進めていく加治の手法をも支持していた。そのために階級の呼称は我慢できる事だと直ぐに納得していた。
 なお、この階級呼称問題が解決するのは、各国と共同作戦を行う事になった新世紀3年に入ってからである。




 辞令の授受を終えた二人は首相官邸を離れ、横須賀基地内に在る海上自衛隊自衛艦隊司令部に移動した。艦隊が出航するまで小澤司令長官はここで艦隊編成を手がける事に成る。山本海幕長はここに小澤司令長官の部下になる、幕僚達と艦長らを集めていた。調査艦隊の戦略目的を指揮官たちに徹底する為である。

「おや、栗田少将。君も大西洋調査艦隊に来るのかね」

 司令部内のとある会議室に山本に続いて入った小澤は、南遣艦隊で護衛隊本隊指揮官を務めた部下であった元連合艦隊第七戦隊司令官、栗田 健男 元少将を見つけて声をかけた。海軍の慣例に反して司令官でなく少将と呼びかけたのは、佐世保を離れる際に自分共々全ての役職を解かれていたからであったが、実際には旧軍で少将であった者は将補、中将であった者は将と階級を呼称している。

「はい、小澤司令長官。私だけでなく半分以上はマレー部隊から編成されています。それどころか海上自衛隊から参加する艦は佐世保基地を根拠地とする護衛艦が多いです」

 小澤が室内を見渡すと、成るほどそのほとんどの顔は彼が見知っている者達である。帰国時に入港した佐世保基地で出迎えてくれた護衛艦の艦長までいた。

「結局のところ、君が慣れているマレー部隊と顔なじみの多い佐世保基地の護衛艦を主体に編成しようと言う計画だ。準備期間が他の艦隊より長いとは言え、やはり改装に時間をほとんど費やすだろうから人事面で少しでも楽に成るように配慮したんだが」

 山本海幕長が、こう小澤に説明した。もちろん教育や改装計画の進み具合によって、マレー部隊にいた全ての将兵艦船が参加する物ではなかったが。
 そして、大西洋調査艦隊の編成が始まった。

「調査艦隊は海洋貿易に頼らなければ立ち枯れてしまう今の日本に於いて、世界の海洋事情を知る重要な活動である。この任務は日本海海戦に匹敵する重要な任務であると認識して欲しい」

 集められた者、特に元帝国海軍の軍人であった者達へ小澤司令長官は言い含めるように発言した。
 何度も繰り返すようであるが、資源を輸入しなければ直ぐに干上がってしまう日本の地理的条件では、海洋貿易の確立が逸早く求められている。その為に激変した時空融合後の世界を調査して、安全な貿易相手と航路の発見が連合政府の政策の一つになっている。
 ちなみに貿易相手にとって魅力的な商品を発見し輸出するのは民間の商社が行う活動であって、調査艦隊はあくまで健全な貿易相手と航路を発見し、通商船団が近くにいればそれを護衛する事にある。もっとも、何が出るか判らない海で実際に外国との間で貨物船を運行するのは、余剰人員に成った旧帝国海軍将兵を吸収した海運会社であったが。
 この戦略目的の元、艦隊運用には「八分の守りと壱分の決戦、残りの壱分は調査に使う」と言う方針が建てられた。ここで言う守りは「探索」も含めている。攻撃機を増やす為なら索敵機を減らして結果として敵を発見できなく成るほど攻撃偏重に陥った旧軍の悪癖を、将官教育中に理解した小澤が真っ先に指示したものである。
 この方針の元、越後を始めとした彼女達の艦体は旧軍艦の改造を担当する為に防衛庁内に急遽組織された艦政本部との協力により、戦略的意図が秘められた艦隊に相応しい艤装計画が建てられ、実行されていった。
 短期間に大規模な改装工事を行う事は出航の延期も考えられた程だったが、先行して行われた南極観測船「そうや」や吹雪型駆逐艦「綾波」の改装工事で蓄えられたノウハウが投入され、遅延する事無く工事は進んだ。
 また艦隊に所属する隊員達に対しても、それぞれの乗艦で改装工事が終わるのを待たせる事無く、陸上での理論教育、工事が完了した改装護衛艦での実技訓練、改装中の自艦での作業をローテーションを組んで繰り返す事により、短期間で連度を高めていった。
 特に小澤司令長官は自分でも対潜護衛戦を経験しようと、7月の対潜護衛演習にヘリコプター搭載汎用護衛艦DD104「きりさめ」で実際に参加もした。”はぐれムスカのアカハゲ”に協力してもらったこの演習で小澤はムスカ級生体潜水艦の脅威と実力を実感し、その後大西洋調査艦隊が出航するまで演習を月に2回は行って、考えた対抗策を確かめたのであった。またこれには改装が完了した艦隊所属艦は必ず参加していた。
 ありとあらゆる編成パターンで行われた演習から得られたノウハウは、小澤式訓練マニュアルとして全海上自衛隊で使われていったのである。尤も当人に言わせれば、「マニュアルに拘っているようでは、まだまだ。現実に合わせ柔軟的確な判断が下せなければ」と冷静なものであったが。

 そして新世紀元年10月には所属全艦の改装が完了し、越後、榛名、比叡の三艦はその新しい艦体を三浦泊地、水没した三浦市が横須賀港に入りきれない艦艇の新しい泊地となった、に浮かべていた。




「皆さん、綺麗な艦体になりましたね」
「ええ、越後さん。私たちも3ヶ月前の心配が嘘のように綺麗に仕上がりましたね。尤も替わりすぎて、同じ艦だとは思えないでしょうけど」

 おかっぱ頭の少女が眼鏡のメイドさんと会話していた。おなじみの前者が越後の、後者が榛名の船魂で、二人はそれぞれの艦のマストの頂上に立っていた。
 彼女たちの新しい艦名は、特大型打撃護衛艦「エチゴ」、垂直離着陸機搭載型航空護衛艦「ハルナ」「ヒエイ」である。ちなみに艦名の記述であるが、同名艦が無い限り自衛艦隊の護衛艦はひらがな表記、旧海軍艦艇の改装艦および新世紀になって就航した艦艇はカタカナ表記とされた。三人とも今ではカタカナ表記にされていたが、彼女たち船魂を表現する時はこれまで通り漢字で呼ぶことにする。
 エチゴは艦隊旗艦として配下の艦艇や航空機を指揮し、打撃護衛艦としては敵対行為を取る陸海空の目標を持てる火力を使用して撃破することを任務とする。ハルナとヒエイは艦隊護衛の為に、艦載機を使用した防空および対潜哨戒が主な任務となった。

「そう言えば私たちの名前を継いだ護衛艦がいたんですわ。あの子達は自衛隊で初めて航空機を搭載した護衛艦だったそうですが、先輩の私たちが同じ任務を引き継ぐのも何か不思議な気がいたしますわ」

 御巫様姿の少女、旧「比叡」の船魂が会話に参加してきた。比叡が言った護衛艦は、ヘリコプター搭載護衛艦 DDH141 はるな、DDH142 ひえい の事である。この護衛艦は対潜哨戒ヘリコプターをそれぞれ三機づつ搭載して対潜哨戒任務に付き、どちらも護衛隊群の司令部同乗艦としても活躍していた。

「ええ、私たちが最終的に垂直離着陸機搭載型護衛艦に改造される事になったのは、その子達も艦齢が古くなって、近い将来退役するという予定であるそうですから」
「私たちと同じくらいの艦齢なのに」

 比叡と榛名はこう言っているが、実は彼女たちが打撃護衛艦(戦艦)から航空護衛艦(軽空母)に艦種を変えるほどまで冒険的に改造されたのは、その古さから失敗しても元々という、身も蓋もない理由からだったりする。
 だが動機はともかく、実際に改造に入ると流石に失敗するのが明確な詰め込みすぎは小澤司令長官からもストップが掛かったので、彼女達は何とか実用可能なスペックに収まったのである。まぁ、実際には、海上自衛隊護衛艦隊の象徴に成るべく運命付けられている特大型打撃艦A-140「ヤマト」の最終試作品が付けられて、実験台にされると言う理由も有った。先行して使用したその結果がヤマトの最終艤装に反映されたのである。

 まずは主動力についてだが、大西洋調査艦隊も含めて全ての金剛級戦艦以上の大型艦には SCEBAI設計の小型核融合炉を搭載する事が艦政本部で決定された。
 このため、どの艦も煙突は無くなり、よく探さなければ気付かないほど小さな、勿論エチゴの場合で全長293m全幅41mの巨体と比べてであるが、艦内空調や補助機関であるディーゼル機関用の吸排気管が設けられただけである。
 ハルナとヒエイはこの核融合炉を一基、エチゴは二基搭載し、そのエネルギーを超伝導高トルクモータ4基4軸と可変ピッチスクリューで常に最適値で推進力に変換できるようになった。それにより三隻は航続距離はほぼ無限大になり、後述する武装関係の変更で排水量が数千トンも軽くなった事もあり巡航速度30Kt戦闘速度35Ktの高速護衛艦となった。バウスラスターも装備され、改装前より小回りが効くようになった。
 呉で艤装中のA-140やその他の元戦艦も含めて、超伝導推進機関を採用しないかと言う話もあったが、流石にそこまで先進的な機構を一気に採用するのは無理があったので今回は採用されなかった。

 煙突以外にも彼女達の外観は大きく変化した。

「ねえ、越後さん。檣楼はどちらの方が良かったですか?昔の方?それとも今の方ですか?」
「そうね。昔の方が力強かったわ。でも今の方も、単純な造型の中に秘められた力を感じられて、こちらも良いです」

 エチゴもハルナ、ヒエイでも艦橋はフェーズドアレイレーダーを装備する関係上、完全に造り直され全高も低くされた。
 エチゴはスケールは違うが、イージス護衛艦と同じように舷側がそのまま艦橋構造物の側面と一体化した八角錐台状にされたのである。大西洋調査艦隊の旗艦となるエチゴは、日本の直接支援が受けられない地球の反対側で活動する事から探査通信設備が特に強化され、艦隊指揮機能が護衛艦一と言われるほど充実した。
 ハルナとヒエイの場合は、ちょうど垂直離着陸機搭載型護衛艦DDV001「あかぎ」の艦橋部をそのまま持ってきたような感じに成っている。しかも飛行甲板であるアングルドデッキを少しでも延長する為に、艦橋の位置が右舷寄りにされた。
 三隻とも、フェーズドアレイレーダー以外のレーダーや通信用のアンテナ類は艦橋と一体化したマストに、爆風除けの硬質プラスチックのドーム付きで設置されている。
 そして艦橋以外の艤装も大きく変わった。
 エチゴの場合、艦前方に集中配備された三連装砲塔三基は二基に減らされ、そして撤去する砲塔の跡には多目的VLSが50セル、その全てが対艦対地兼用の多目的ミサイル「アマテラス6型」を装備する事になった。配置をどうするか検討を重ねた結果、重量がある砲塔を重心近くに持ってくるためにVLSを第一砲塔跡に配置し、改装前の第二第三砲塔が第一第二砲塔になった。VLSの一部が第一砲塔の主砲の下になるが、即応性が必要な対空ミサイルではないので問題は無いものと考えられている。
 主砲自体も、 A-140 と同じ主砲、45口径46センチ滑空砲とされた。越後から持ち去られた三基9門の51サンチ砲も、その他の戦艦から集められた主砲、中には50口径40サンチ砲なんていうのも在ったが、と共に比較検討されたが、結局生産性と A-140 との互換性を重視してこの結果となった。
 対空装備も充実している。対空ミサイル専用のVLSが、前部(第二砲塔と艦橋の間)に50発、後部にも50発を搭載。近接防御には対空対舟艇兼用防御用レーザー20mm実体弾複合CIWSを艦橋の左右斜め前と航空機格納庫直上に合計三基搭載された。どれも主砲発射時には艦内に格納できるような工夫が施されている。
 エチゴに搭載する航空機も弾着観測用の水偵が下ろされ、対潜哨戒その他で使用する VTOL機を4機運用できる設備が整えられた。ヘリやMAPジャイロだけでなく、実際に乗せるかどうかは別としてハリアーIIのようなジェット機も着艦可能な耐熱甲板にしてある。
 そして艦橋構造物の直ぐ後ろには直径20mのドーム上のハッチが付けられている。

「そのドームは何ですの?」

 比叡が興味深そうに聞いてきた。

「へへへ、それは秘密ですの。でも試作品のはずだから、これが開く時は私たちが相当危険な状況に陥った時に成るでしょうね」

 そういうことで、何が出てくるかは先の楽しみに取って置いてくださいな。

「でも榛名さん達の方はどうなんですの?」
「ええ、艦種が変わると聞いたときから覚悟していましたけど、やはり主砲が無くなった事に一抹の寂しさを感じますわ」
「ごめんなさい、私だけ主砲が残ってしまって」
「謝らないで下さい、越後さん。確かに私たちは時空融合に巻き込まれなかったら戦艦として活躍していたはずでした。でも、今の世界でも私たちが活躍できないはずはありませんわ。今度は護衛艦として、皆さんを守って差し上げます」

 航空護衛艦となったハルナとヒエイの後部は完全に航空甲板となった。ハルナとヒエイの飛行甲板にはスキージャンプ台と呼ばれる傾斜を付けている。艦内には広めの整備甲板が用意され、V/STOL機に限定されるが航空機を露天係留も含めて16機運用できるようにされた。
 残る前部の武装も大きく変わった。彼女達の武装は防御火器に重点が置かれている。第2砲塔跡に設置した50セルのVLS(対空20発、多目的ミサイル「アマテラス6型」20発、対潜10発)に、艦橋の前後と艦最後部に設置した近接対空防御用レーザー20mm実体弾複合CIWSが3基である。そして結局彼女達は36サンチ砲を二度と搭載する事は無かった。替わりに設置されたのは第1砲塔跡に OTO-MELARA 127/54(127mm54口径)単装砲が1基だけである。
 以上の改装は榛名と比叡だけではなく、金剛級・伊勢級戦艦全てが同じ様に航空護衛艦へと改装された。

「武装がこれだけって聞かされた水兵さんたちは、さぞかし反対したんじゃないですか?」
「ええ、最初は喧喧囂囂となったみたいですわ」

 榛名と比叡の古い機関部が解体撤去された頃、横須賀基地内で両艦の改装計画が発表された。この改装で戦艦が戦艦である所以の大口径主砲を降ろし二度と載せる事が無いであろうと聞かされた、特に砲術科の将兵たちには衝撃を与えた。海軍の基幹は砲術にあり。この考えを金科玉条にして経歴のほとんどを砲術につぎ込み、エリートとして歩んできたと思っていた彼らは、長門やA-140、越後で主砲を改良して使用し続ける事から自分たちもまだ砲術士官として自衛隊でも王道を歩めると思い込んでいたのである。
 彼らの不満はその夜のPX、昔の名前では酒保、でますます膨れ上がった。砲術士官たちは同じくPXに居た他の士官たち、特に艦政本部からやってきた技術士官から既に船魂達が理解していた事を説明されたが、凝り固まった意識を変える事は無く、小澤司令長官にまで直訴しようと興奮が盛り上がった。
 だが騒いでいた士官たちに偶々通りかかった越後の主砲指揮所長だった、今は砲雷長として火器管制責任者となった神 三佐がこう言って説得した。

「36サンチ砲なんて古い物にしがみついていては、未来の主砲は扱えないぞ。今年出発する我々には無理だが、来年か再来年にはたった口径12ミリ、サンチでは無いぞ、口径12ミリで我が越後の51サンチ砲を超える性能の主砲が量産されて装備される事も考えられる」

 こう言いつつ彼が指差す港には、出航準備に忙しいステルス護衛艦「ゆきかぜ」、西暦2020年世界から来た12ミリ・レールガン装備の護衛艦、があった。

「皆さん現金なもので、それだけで自分達の艦に装備できると考えて不満はたちまち収まったの」
「確かに何時でも簡単に換装できるように、全ての武装はユニット化されてはいるんですけどね」
「でも、中には今回装備した OTO-MELARA をレールガンと勘違いしていた人もいたみたい」

 榛名と比叡は越後に経過を説明していった。

「まあ、それではその方は大そうがっかりしたんではないですか?」

 越後の問いかけに榛名と比叡は口をそろえて笑って応えた。

「「がっかりしたついでに勉強しなおせって、また江田島へ送り返されたそうよ」」

 船魂たちの笑い声が泊地中に流れた。




 そして笑い声は斉藤艦長にも届いた。

(新しい艦体になって、エチゴも嬉しそうだな)
「どうしましたか?艦長」
「ん?!あぁ、何でもない」

 艦橋に詰めていた士官、航海科の花田二尉が急に作業の手を止めた斉藤艦長に問い掛けた。この士官には、否ほとんどの人間には聞こえなかったろうが、斉藤二郎艦長にはエチゴ達の笑い声が聞こえたのであった。
 戦艦「越後」の艦長であった斉藤 二郎 元海軍大佐は、一等海佐に任ぜられ引き続き特大型打撃護衛艦「エチゴ」艦長を勤めている。明日の出航を前に、細々とした雑務をこなしている最中であった。

「艦長、コーヒーを用意させましょうか?」

 先ほどの花田二尉が気を利かせて、休憩の提案をしてきた。

「ああ、そうしようか」

 士官はコーヒーを注文する為に、壁際の艦内電話の方へ歩いていった。彼と入れ替わるように、神 重徳 三等海佐が C.I.C から報告に現れた。

「艦長。火器管制システムの最終確認が終わりました」
「そうか、砲雷長。外の空気を吸おう。おい、注文のコーヒーは見張り所の方によこしてくれ」

 花田二尉に声をかけると、神を誘って艦橋脇の左舷見張り所に出た。元の艦橋よりは低くなったが、見張り所からは隣に停泊しているハルナを見下ろせた。ハルナに隠れているがヒエイもその向こうに停泊している。外に出た斉藤はマストの上の方を眺めた。

「上ってくる途中で、エチゴの笑い声が聞こえました。ずいぶんご機嫌なようですね」

 神 三佐が笑い声が聞こえた事を艦長に伝えた。

「改装中は相当不安がっていたからね、エチゴは。期待以上の改装に終わって嬉しいんだろう」
「私も本当は、45サンチ砲が届くまで期待通りの物か不安でした」
「ほう。ハルナやヒエイの砲術士官を12ミリ砲で説得した神砲雷長の言葉とは、自分が聞かなければ信じない所だ」
「小澤司令長官!何時からそこに?」

 斉藤艦長が少し慌てて振り返った。そこには一人の武人が、艦内から出てきたところであった。彼の後ろにはコーヒーを持った自衛隊仕様メイドロボ HMX-12b-JSDF Multi Type が控えていた。

「『期待以上の改装に』からだが、妙な質問だね、艦長。何か悪巧みでもしていたかな?」

 子供のいたずらを見つけたような父親の口調で司令長官は言った。

「そう言う訳では有りません。完成したエチゴに対する感想を忌憚なく聞こうとしていただけです」
「はい、私も満足しております。硫黄島沖で行う実弾射撃訓練が楽しみです」

 斉藤と神の二人とも少し焦っていた。エチゴを始めとして、全ての艦船には船魂が宿っており条件が合えば彼女たちを見る事ができる。なんていう話、まともな大人なら信じる筈が無いではないか。

「そうか?誰が不安がっていたかは知らないが、僕もハルナが艦種を変えるほどの改装が必要と聞いたときは、実は不安だった」

 小澤はそう言いながら、ハルナとヒエイの方を見つめていた。榛名は、そして比叡も小澤司令長官は自分たちが見えないだろうと知りながら、彼に手を振っていた。

「僕は榛名の艦長であった。斉藤艦長の世界では比叡の艦長を務めていたそうだね。因縁ある2艦を、失敗に終わるような改装に成るんではないかと、気をもんだよ」

 彼の脳裏に浮かんだのは榛名艦長時代の思い出であったか。暫くして小澤は二人に振り返った。

「そろそろ、大西洋艦隊の所属艦が入港する時刻なんでね。艦橋から入港を見ようと上がってきたら、君らが見張り所で休憩中と聞いたので、僕も一緒にコーヒーを飲もうと思って来たんだ。良いかね?」
「もちろんです。おい、コーヒーを用意してくれ」
「はい、艦長さん」

 艦長の命令でそれまで待機していた Multi-JDSF が、持っていたコーヒーを三人に煎れていく。Multiの受け答えに何処となく越後を感じながらコーヒーを堪能した斉藤艦長であった。

「それでどうだね、エチゴの塩梅は」
「はい、艦長として誇りに思います。見かけ上の火力は減りましたが、艦隊指揮能力や、何より旧海軍で無視されていた居住性が著しく改善され、長期にわたる航海でも乗員たちへの負担は最低限に抑えられるでしょう。大西洋に出向く事には何ら心配はありません」
「私も砲雷長として、期待通りの火器が装備できたと確信しております。特にC.I.Cの概念などは情報が何よりも大切な事と教えてくれます。通信科の香坂三尉が常に主張していたことですが、他の艦で動いているのを見るまでは恥ずかしながら実感できませんでした」

 二人の言葉に同意を持ってうなずいた小澤も、神 砲雷長の次の質問には眉をひそめた。

「ところで司令長官。我々には追加命令として南米のムーの情報収集が下りましたが、直ぐに日本も参戦するのでしょうか?それとも、ムーの偵察を口実に、アメリカの偵察も行うのでしょうか

 後半は知らずして声が小さくなった。

「まぁ、神砲雷長。確かに今直ぐ南米まで出動できる艦隊は我々だけだがね、事はあまりにも重大だ。ムーの戦闘ロボットに使われている技術は、慣性制御技術が使われているらしい事からエマーンと互角であると言われている。それに比べたら我が国の技術は石器時代も同じ事だ。あぁ、何が言いたいか判っている。佐世保の地下で見つかった例の戦艦だろう?あれの持つ重力制御技術ですら、エマーンから数世代遅れている。実際のムーとの戦闘、8月に行われたメキシコ在留邦人救出作戦では、我が国が持てる最新兵器を投入しても一偵察ユニットの接近を数時間遅らせるのが関の山だったんだからな」

 途中で何か言いそうになった神を制しながら発言を続けた小澤は、ここでコーヒーを飲んで一息ついた。

「対ムー戦争に国を挙げて参戦するのは当分先に成るだろう。今回の偵察命令は邦人救出作戦の前段階であるから、ムー相手の戦闘は極力避けねばならない。解ったかな?」

 神は納得しがたいようである。砲雷長の不満顔を見て、小澤は宿題を一つ出す気になった。

「まだ参戦しない技術的な理由は今の通りだが、ギクシャクしだした対アメリカ戦略的な理由もある。将官を目指すなら戦場の外にある、これくらいの理由は考えてみたまえ。そうすれば後半の質問の答えが、どう行動すれば日本にとって最善かが解るだろう。あぁ、今直ぐに答えなくても良い。航海中、機会が有ったらで良いよ」

 三人がコーヒーを飲みつつ、神は課題に頭をひねっているうちに、大西洋調査艦隊所属艦船が集結してきた。山本が小澤に説明した通り、中心と成る艦は旧南遣艦隊マレー部隊か佐世保基地所属護衛艦である。
 最初に泊地に入ってきたのは、イージス護衛艦DDG176「ちょうかい」と海洋観測艦「にちなん」である。続いて、最上級巡洋艦「熊野」と「鈴谷」を改装した汎用護衛艦「クマノ」と「スズヤ」、そして自衛艦隊からDD103「ゆうだち」とDD104「きりさめ」が入って来た。それぞれは3〜4隻ずつ旧帝国海軍吹雪型駆逐艦改装護衛艦を引き連れていた。それぞれのスペックは活躍する時に述べよう。
 そして最後に支援部隊に成る補給艦隊所属艦、補給艦「ときわ」と「はまな」、そしてタンカーを数隻引き連れて、大型艦が入泊してきた。

「司令長官、あの艦も参加するのですか?」
「あぁ。尤もあの艦は船脚を伸ばす改装はしなかったのでな、本隊に付いて来るのではなく補給艦やタンカーの護衛任務に付く事に成る。そう言えば、艦長はあの艦を知っていたのだったな」

 斉藤艦長も知っているあの艦に、越後が声をかけた。

「あれ、ヴァーモントちゃん。お久しぶりです」
「あれ〜、越後ちゃんだったのか。すっかり変わってしまって判らなかったよ」

 清楚な日本人形を思わせる越後とは正反対の、雌牛を思わせる胸を持つ肉感的な白人の少女がその艦のマストに立った。そう、彼女は米国生まれの戦艦ヴァーモントである。越後と戦ったマーシャル沖海戦で敗れ、日本に鹵獲された彼女は呉への回航途中、越後共々時空融合に巻き込まれていた。その後色々有ったが、彼女も結局改装されてヘリコプター搭載打撃護衛艦「ヴァーモント」として護衛艦隊に籍を置く事になった。そして、大西洋調査艦隊への補給部隊を護衛する任務に付く事になったのである。

「ヴァーモントちゃんの力も貸していただけるんですね」
「まーね。あんたと同じ機関を換装されたけど、結局30Ktそこそこしか出せなかったからね。補給も大事だからそっちの方で応援するよ」

 ヴァーモントも艦政本部の通達によって主動力機関を核融合炉に換装していた。しかし、越後と違い蒸気タービンで動力を伝達するタイプにした為、さほど巡航速度は増えなかった。それでも昔よりは速くなっているから、比較の相手が悪かったのだが。

「同じアメリカ生まれのミズーリちゃんとも話したんだけど、やっぱり戦艦として十分に改装された越後ちゃんが羨ましいよ。ねえ」
「そうですね。羨ましさが無いと言えばうそになりますわ」
「だからずっと頑張ってね」

 ヴァーモント、榛名、比叡から羨望の眼差しで見つめられた越後は恥ずかしかった。




 出航の日、大西洋調査艦隊に参加する艦艇の船魂の少女達が各々の艦で一番高い所に立ち、集結した艦艇を見渡していた。越後もアンテナマストの最上部に立っていた。彼女たちの眼下には出航を祝う乗員たちの姿が見えていた。

「私の乗組員さんたちも、最高指揮官の加治首相が式典に御出席いただいたことで、誇りに思っているようですわ。今日はここに着た時と違って、本当にいい日ですこと。」

 越後の船魂はそう言って、式典が開かれている後部の航空甲板を望んでいた。
 4ヶ月前、遣エマーン艦隊の旅立ちを臍をかむ思いで見送った越後乗組員達の鬱憤を晴らすかのような今日の晴天の下に、加治首相や土方防衛相、山本海幕長らを集めて盛大に艦隊出港式が執り行われていた。

 加治首相が訓辞を述べる為に特製演壇に上がり、会場内の自衛官達は一斉に敬礼を行う。加治首相は胸に手を当てる答礼を返し、会場内が静まり返るのを待った。

「出発に先だち、皆さんに申し上げる事があります。そもそも大西洋調査艦隊を始めとする調査艦隊は、海洋貿易に頼る日本が時空融合で変化した地球を知る必要があるために、派遣を計画し実行してきました。その意義は明治新政府の遣欧使節団に匹敵すると言って良いでしょう。しかし時空融合後、僅か半年で今の地球は人類が何時滅亡してもおかしくないほど危険に満ちている事が解ってきました。そして過日、南米ベネズエラに日本人の一団が取り残されている事が判明しました。南米は既にご存知のとおり、人類抹殺プログラムによって活動するムーの戦闘ロボットが制圧している大陸です。しかも取り残された人々は敵中のど真ん中に居るために、他国の軍事関係者からは救出不可能と判断され、救出依頼を断られてしまいました。しかし連合政府は危機下に在る日本人を、どの様な世界の出身であろうと、救う義務を遂行しなければいけません。私は連合政府首相として、関係する政府各機関に救出計画を立てるよう指示しました。敵中深く進入し、直接邦人を救出する手段を見つけ出そうと政府職員は今も懸命に探し回っています。そして救出計画の一環として、大西洋調査艦隊に南米偵察任務が追加されました。明日旅立つ皆さんは、危険が待つ海へ確実に向かう事になります。自分と我々連合政府は、危険な任務を遂行する貴官達を固く信じていますし、また誇りに思っています。しかし無駄に危険を冒すようなことはしないで下さい。ムーとの戦いは1回や2回の戦闘で解決する物ではありません。数年かける一大事業と成るでしょう。今は生き延びて、全人類のために貴重な情報を持ち帰る事を第一の任務と心得てください」

 加治はここで一呼吸置いて、訓示を締めくくった。

「では、皆さんの航海の安全と無事の帰国を祈っております。任務を遂行し、そして母港に帰ってきてください」

 加治首相の訓示が終わり、再び最敬礼を自衛官たちは行った。
 加治の訓示は、艦隊各艦にも流れていた。

「砲雷長。首相の訓示は帝国海軍ならば軟弱ではないですか?」
「いや、首相の訓示は我々の行動に新しい優先順位を持たせたのだ。決して軟弱な思想の持ち主だから生きて帰ってくれといったわけではないぞ。我が艦隊の任務はあくまでも調査、偵察にあって、今はムーの攻略ではないということだ。それに収集した情報を持ち帰らなくては、艦隊を出す意味が無く成るからな。今、無理に戦を仕掛けて死んでも、犬死にしかならないということだ」

 C.I.Cにて神 重徳 三等海佐が、旧海軍出身の士官に出された質問に応えていた。

「それに他にも理由がある。ナポレオン軍の場合も、首相や我々を始めとした世界の帝国陸海軍でもそうだが、合戦毎の勝利に拘るあまり、将兵の戦死には無頓着だったからな。それが戦争自体にどう影響するかを理解する前に、最終的には軍からベテランが減ってしまい戦力としての価値は激減して最後には戦争に負けてしまった。我々はその轍を踏んではいけないのだよ」

 船魂たちも加治の訓辞を聞いていた。

「この訓示の為かしら?これ程の遠征なら、もっと降りる船魂が出てもおかしくないのに」

 戦争が嫌いな越後は、将兵の安全を祈る加治の発言にそんな思いを漏らしてしまった。
 船魂たちは自分が宿る船が沈む時、出航前に降りるという。彼女は直接は見なかったが、遣エマーン艦隊が出航する前夜にも、駆逐艦「涼風」から船魂が降りたらしい。

 式典が終了した後、航空甲板が片付けられ出発準備が整えられるまで、加治首相は小澤 司令長官と司令長官公室で会話していた。
「小澤司令長官。当初の計画ならば、まだ一ヶ月の余裕が有った筈でしたが、慌しい出航になってしまった事をお詫びします」
「いえいえ、加治首相。早めた一ヶ月の予定は日本近海での習熟訓練でした。その後に一度横須賀に戻って補給してから大西洋へ向けて出航する計画でしたが、その予定をトラックで補給してそのまま大西洋に向かう事にしましたから、出航自体に関してはさほどあわただしいとは思っていません。御慰労してくださるなら我々ではなく、補給艦隊の方にお願いします。補給地を替えた事により、スケジュールがきつくなったのが彼らですから」

 元々の予定では10月に日本近海で習熟訓練した後、11月にマラッカ海峡を経由してインド洋に出る予定であった。新しい航路は南極観測隊支援もあって、トラック諸島からオーストラリアのニューシドニー村を経由して、喜望峰に向かう事になった。

「それに、我々も何時出動命令が下っても良いように心積もりは出来ております。首相は最高指揮官らしく、毅然として我々に死地に飛び込めと命令してください。我々は首相閣下のご命令どおり、どんな危険な任務であろうと遂行し、旧軍の昔と違って生きて帰ってきます」

 小澤司令長官は鍛え上げた軍人の誇りを胸に、しっかりと断言した。加治も応えた。

「ありがとうございます。貴方のような方を指揮できる事を誇りに思います」

 出発準備がなった航空甲板で二人は握手した後、加治首相らは政府専用MATジャイロに乗り込み、東京へと向かった。艦隊が見えなくなるまで加治は後ろを見つづけていた。そして小澤海将もMATジャイロが見えなくなるまで帝国海軍式の最敬礼を行いつづけた。

続く


後書き次回予告

 越後です。伏線張りまくって、作者さんちゃんと書き上げる事できるのでしょうか。ちょっと心配です。前回も間違いが見つかっているのに(ためいき)
 では次回の大西洋艦隊は、今回は顔見世に終わった護衛艦さんたちの訓練風景をお送りします。意外なゲスト出演がアスカ有るかも知れません。お楽しみに。

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