作者:HIさん

マリネラ興亡史


第二章 ロンドンのかけら(中編)



−一週間前


ソビエト社会主義連邦  首都モスクワ
 その日モスクワは雨だった。
 数少ない夏の日差しを浴びようとしていたモスクワ市民にとってそれは実に残念な事であり、皆その代わりとでもいう様に酒場でウオッカを浴びていた為、モスクワ川にかかる橋にも人影はまばらだった。
 そのためそこで一人の眼光鋭い男がタバコを揺らしているのは少し目立つようだった。彼は外国人とよく似てるならなおさらである。

『あれで情報員のつもりかねぇ』
と彼を暫く物陰から観察していたよく似た顔立ちの男(彼は立派な外国人である)が内心あきれながら近付くとタバコを吸っていた男は振り向き

「モスクワの夏は涼しいですな」
とにこやかに問いかけた。

「いやいや、ロンドンの冬よりは暖かいですよ」
と近寄ってきた男も答える。
 一瞬後、二人ともげらげら笑っていた。

「しかしなんだ。すごく目立ってたぞ、それにこの合言葉は何なんだ?」
 笑いながらやってきた男は言った。

「いや、何。顔が割られてもよい仕事は久しぶりなもんでな。つい、スパイ小説のような真似をしてみたくなったんだよ」
 そう言う眼光の鋭い男の言葉に再び笑いがこぼれる。
 ひときしり笑った後、二人は姿勢を正すと本題に入った。

「で、首尾は?」
 眼光の鋭い男が今度はその顔に合った声で聞く。

「一応繋ぎは取れた、今日からクレムリンで交渉を開始するとの話だ」
「ありがとう」
「約束は守ってくれるんだろうな」
「大丈夫だ。交渉がどうなろうとも君たちの生活はマリネラが保障する」
「それならいいんだが…」
と話を続けようとしたとき

「おいっ!そこで何をしている!!」
 どうやら橋で騒いでいる外国人を不審に思ったらしく警官が職務質問をしてきた。

「別に怪しいものではない、私は外交官だ」
と言い、やってきた男の方は身分章を見せた。
 それを見てさすがに警官は態度を変えたが、かといって開放せずに

「そっちは」
といかにも大儀そうに警官はもう一人を見た。

「彼の友人さ」
と眼光の鋭い男はスーツから新しいタバコを取り出すと別にもう2パック取り出すと、その警官に手渡しこう続けた

「そして君の友人さ。熊の君には少し軽いかもしれんがまあ受け取ってくれ」
 そういわれた熊−警官はにやりと笑うと

「いいだろう、お前さん達、猫どももよろしくやりな」
といいつつ去っていった。
 暫くして警官の姿が消えると猫の内、外交官と名乗った方が舌打ちし唾を吐いて言った

「くそっ、何だあの態度は。ベトナムが違う世界になったとたんあの態度だ、俺達に利用価値はねえと思ってやがる!!」
「まあ落ち着け、クレムリンはそう考えちゃいないよ」
となだめるもう一人の男をにらみながら外交官は言い続けた。

「お前はいいよ。お前はその違う世界−人間の世界の猫なんだからな、ミスター間者猫」
 間者猫が黙っていると外交官は気を落ち着かせたのか「すまない」と言い話を元に戻した。

「で一応お前さんの交渉内容を告げたんだがあまり上手くいくとは思わんぞ。シベリヤのダイヤモンドや他の鉱山は設備こそ残っていたものの無人だったからな、すぐに人員を派遣したがそこはソ連の勢力圏外でどうしようもないらしい」
「分かってる。まあ、何とかやってみるよ」
 短時間の間であったが彼が凄腕の男であると知っていた外交官は『彼なら大丈夫だろう』と思いつつ、照れくさそうに

「がんばれよ、俺の見たところお前さんはこの世界でもトップクラスの猫なんだ。これくらい簡単に済ませてみろ」
と言い、手(彼に配慮し利き手の反対の手)を差し出した。その手を握り返しながら

「任せろ」
 そう一言つぶやくと間者猫−世界屈指の情報員で現在はマリネラの特命全権大使の任にある猫−はクレムリンへと向かっていった。



 時間を現在、場所をロンドンに戻す。


 その夜パタリロはバンコランのマンションに泊まっておりグースカと寝入っていたのだが、ふと誰かに呼びかけられてるような気配を感じたような気がした。

「もしもし」
 その声にパタリロはすぐに反応した。

「カメよ、カメさんよ」
 暫しの沈黙。

「パタリロ君そのネタは何度も聞いた覚えがあるけど…」
 その声にパタリロは答える。

「良いものは何時言っても良いものなのですよ。あなたには解ると思ったんですが、フィガロ・・・いえ、ミカエル」
とパタリロが言うと、これまで声しか聞こえなかった空間から人影と思しき光が現れ、そのうち一人の少年の姿が結ばれた。

「久しぶりだね、パタリロ君」
 バンコランとマライヒの子、フィガロ。実はある計画のため、一時的に身を変えてそのまま二人の子となっている天使長ミカエルはそれとはまた別の件により顔見知りとなっているパタリロに返事をした。

「はぁ、ところでここは現実なんですか?」
そういうとパタリロは辺りを見わたした。一見すると寝ていたバンコランのマンションに見えたが、そこはかとなく違和感が感じられた。
「いや、今は実体化するような力もなくてね。これはいわば夢枕みたいなものさ」
 その言葉にパタリロは敏感に反応した。呟く様に言う。

「やはりあなたも絡んでましたか…。融合区間の中央にこのマンションがあったとの報告を聞いたときからどうもそうじゃないかと思ってたんですが……」
 それに対しフィガロは疲れたような声で答えた。

「まあね、おかげで上層部の人たちに目をつけられたようでここ暫く監視下にあってね、一ヶ月前にやっと出られたんだよ」
 パタリロの脳裏に前日のマライヒの言葉が浮かんだ。

「しかしそれはあなたに関しては自業自得なのではないんですか?」
 少し意地の悪い質問をするパタリロに、今度は困ったような声で答えるフィガロ。

「いや、この件に関してはロンドンには確かに僕に責任があるけれど、この事態そのものは僕も全くの被害者なのさ」
 この発言にはパタリロも驚いた。何せその気になれば彼の国など一夜で海の底に沈めてしまえるような相手である。その相手が被害者ということにパタリロは改めてこの時空融合の問題の大きさを感じさせられていた。
 自然言葉も慎重になる。

「それは一体どういうことなんすか?」
内容ほどには慎重ではない言葉遣いを気にせずフィガロが答え始めた。


 君も解っているとは思うけれど、この異変はこのロンドンから見てマリネラの方向がその震源地だというのは知ってるよね?
 ああ、もちろん君が原因だとは言ってないよ。
実はあの時僕は星回りが悪くてね、力の制御が上手くいかなかったんだ。そのときにあれだけ大規模な衝撃を受けたものだから反射的に結界を張ろうとしたときに力が暴走してね、結果としてこのようなことになってしまったんだ。
 何せ制御できなかったもんだから別に結界を張らなくてもどうにかなったものが、暴走した力が逆効果になって本来の範囲だけでなくその他の世界も巻き込むように転移してしまってね、おかげでこの有様さ。
 そのため僕も力の大半を失ってね、今じゃ見た目通りのただの子供さ。力を回復しようにも今天界との繋がりがなくてね、元の状態になるのには暫く時間がかかりそうなんだ。


 しばし黙ってフィガロの説明を聞いていたパタリロが聞き捨てならない台詞に口をはさんだ。

「ちょっ、ちょっと待ってください。じゃあ、あなたは今何の力も持たないのですか?」
 その問いにフィガロは頷きで肯定を示した。

「それでよく今まで悪魔達に襲われずに済みましたね」
「ああ、それはこの時空融合で天界も魔界も無茶苦茶になっちゃってるらしいんだ。その上、天界との繋がりを断ったあの時空の歪みのおかげで別の時空からこちらに来る事はほぼ不可能になってるもんでね、皮肉にも彼らも手を出せないんだ」
 と何気なく言ったその言葉を言った後、それを聞いたパタリロの顔を見てフィガロは自分がミスを犯したことを悟った。
 パタリロの背後からなんともいえないオーラともいうべき物があがり、その口から地獄のふちからの亡者のうめきのような声が漏れた。

「今、魔界との繋がりが無くなったと言いましたよね」
「まあね」
 (表面上は)そっけなく答えるフィガロ。

「それは小銭も含まれるんですか?」
「まあね」
 その言葉に暫く固まってたパタリロだったが、暫くして天をも裂けるかのような声で喚きだした。
 ここでその内容をかくのは公衆道徳に反するので伏せるが、要約すると

『ただ働きさせられた』
 ということになる。
 そのあまりの悲嘆に見かねたのか、いつに間にかオイオイ泣いていたパタリロにフィガロが慰めるように言った。

「まあ、アシュタロス公爵は健在だからそのうち連絡すると思うけど」
 その言葉にぴたりとパタリロの泣き声が止まる。そしてがばりと起き上がると期待の眼差しで問い掛けた。

「それ本当ですか?」
「まあ、そうはいっても彼暫くは身動き取れそうもないけどね」
「そうなんですか」
「違う世界でゴチャゴチャあったらしくてね……そこらへんはそのうち連絡が入るだろうから彼から直接聞きなさい」
 それにパタリロがうなずいた後、フィガロは話を本題に切り替えた。

「パタリロ君。今、君達はロンドンをどうしようかを話し合ってるけれど、それについては僕は君の案に賛成なんだ。ま、これはあくまで私事なんだけど、今僕はこの地の力を利用して回復してるんだけど、もし移転されていまうと回復に更なる時間がかかってしまうんでね。まあ、そんなわけで君には期待してるんだけど…」
 それを聞いてパタリロはふと気にかかっていた事が解けたように感じた。

「フィガロ…ひょっとしてバンコランの意識を誘導しませんでしたか?」
 それに対し苦笑いを浮かべるフィガロ。

「いや。後押し程度だよ、バンコランパパも現状は十分理解しているんだよ。役に立っただろう」
「ええ、まあ」
 そう言いながらパタリロは実に珍しく、後押し程度とはいえ息子に利用されたバンコランに同情した。

「まあ、そんなとこだ。後は君の力に期待するよ」
 そういうとパタリロの周りの闇が濃くなりだした。今日はこれでおしまいらしい。

「そうそう、言い忘れてた」
 フィガロの声が響く。

「今度の件上手くいったら君に特になる事を教えてあげるよ。それじゃ…」
 その声と共にパタリロの意識は再び闇に落ちていった。



 場所は変わる。
 出現したロンドンの最南部にある大英博物館。ここの奥まった一室−かつて大英博物館の一部であった図書館が、独立の大英図書館として移転した後に造られたガラス張りの中庭から程近い場所にある−から光が漏れていた。
 そこには数人の人影があった。何人かの影がその部屋の主らしきものへ熱心に話し掛けていたが、ほどなくして立ち上がり部屋の主に向け一礼をするとその部屋を去っていった。
 一人残った主−車椅子に乗り片方を仮面で隠したいく年とも知れぬ老人−は彼らが去るとほどなくして虚空に向かって口を開いた。

「ジョーカー」
「はい、ジェントルメン」
 その声と共にこれまで壁の一部と思われたところが開き、中から一人の金髪の青年が出てきた。

「話は聞いてたな」
「はい」
「お前はどう思う?」
 その問いにジョーカーは慎重に返した。

「…それはどういうことでしょうか?」
 その問いににやりと笑うジェントルメン。

「安心しろジョーカー。別に下手な言質を取ろうとしてるのではない、彼らの要望に対しお前はどう考えてるかと聞いておるだけだ」
「あまりいい感情は抱いておりません」
 と答えるジョーカー。彼は中産階級の出身である。

「カナダにいるよりここにいたほうがそれなりの権力を振るえるからでしょう。何せ、今の彼らには封地がありませんし資産もかなり消滅してますし、今ロンドンを動かしている貴族の殆どが植民地帝国だったころの出身です。きっとカナダの世話のなるということにプライドが反発してるのでしょう」
 彼の答えに笑みを大きくして続けるジェントルメン。

「それは私についても言えるな。かつては世界中に長い手を伸ばしていた私もいまやただの老いぼれだからな」
「確かに以前とは違います、しかしそのままという事はありません。すでにあなたの藩屏たる大英図書館特殊工作部は大英図書館、大英博物館と共に全世界の書籍、遺物の収集と共に出版界、そしてそれを通じた言論界への浸透を続けています。現状でも彼らの要請した程度の事なら十分可能です」
 下手な弱気の振りはよしてください。そう思いつつ、ジョーカーは自分が指揮(実際は中間管理職に過ぎないのだが・・・)しているこの融合世界でも一の書籍収集組織、大英図書館特殊工作部の誇示をした。
 それを聞いたジェントルメンは鼻を鳴らすと『そして君の力もな・・・』という目をすると話を戻した。

「先程君が言ったこともあるだろうが他の理由も多分にあるぞ、ジョーカー。いまやヨーロッパという名が消滅した現状においてこのロンドンが存在しつづける事は大きな意味がある。それに先程彼らが言ってきた内容はかなりの可能性を持つものだ」
「確かに」
「彼らの考えに協力することにしよう。実際の行動は君に一任する、午後のお茶の時間までには結果を出すように。」
「諒解いたしました。奥で小耳に挟んだときより、準備をしておりましたので…」
 ジョーカーは一礼すると、懐からビクトリア様式受話器を取りだした。そして二・三言話した後それを元に戻すと、続けて特殊工作部の用件を述べた。

「それで現在続けてます書籍の収集ですが…」
「現状は一般書籍の収集に全力を注げ。特にエマーンに関してのものをな、先程の連中の通りになるのならこの先大きな価値を持つことになる。アジアは神保町に任せておけ」
「はい、神保町が我々と同じ世界というのは不幸中の幸いでした、ザ・ペーパーも暫く好きにさせておきましょう。それでは現在派遣中の一次、編成中の二次書籍収集隊を拡充する事にし…」
 ジョーカーは話し続けながら暫く不眠不休の日々を迎えるのことを覚悟していた。



 場所は三度変わる。
 十九世紀末のロンドンは犯罪の絶えなかった地として有名である。特にスラムに代表される裏路地はジャック・ザ・リッパーを始めとする様々な犯罪者が出没した所である。
 その裏路地にある一軒の酒場。今そこにこのロンドンの裏を支配するもの達が集まっていた。
 そこに集った者達の出身は多種多様で、単に情報収集のために裏社会と付き合ってるものからまさに犯罪王と異名を取るものまで様々な者達がいた。
 既に会合が始まってから数時間が経過したらしくテーブルには数本の酒瓶が転がり、発言する者達も二人を除いて酒臭い息を吐いていた。

「だから!わしはこの提案に賛成する気はない!何であんな触手人間のいうことを聞かなきゃならんのだ!」
 一人の男がグラスをテーブルに叩き付けながら怒鳴った。年は初老の域に達している様だったが、その声と気迫はまさしく彼がよく狩っていた虎の様であった。

「モラン大佐、あなたのいうことはよく解る。しかし、この申し出を受ければ我々は北米をこの手にできるのだぞ!」
 そう反論したのはマフィアらしき男(イギリスにもマフィアはいる)だった。それにモラン大佐は馬鹿にしたように答えた。

「そしてムーの機械人形やインビットか言うわけのわからんのに嬲り殺されようてか?ふんっ!仮にそうでなくてもあいつらに金玉を握られて言いなりになるのがオチだろうよ。それに北米を手に入れるのは我々でなくお前達だろうが」
 何を話してるかというと、彼らは今トーブ家から極秘に要請された件について話し合っていたのだった。
 その内容はいわば煽動工作で、カナダへの移送案を求めるデモを起こしてほしいというもので、その見返りとして移送後の貿易においての優遇処置が挙げられていた。
 この案に対しての彼らの反応はおおむね自治評議会と同じだった。つまり1900年頃の出身のものは移送に反対し、2000年頃のものは賛成であった。
 しかしその動機は特に1900年頃の出身のものには大きな違いがあった。貴族達の理由はどちらかというと心情的なものが多く含まれているが、暗黒街の者にとっては移送は死活問題なのである。
 その理由は簡単で、後世に較べると組織力の低い彼らが、移送により北米のような大勢力が割拠している中に入り込むのはほぼ不可能だからである。
 マフィアの男が怒りを抑えたような声でモラン大佐にいった。

「ではどうすればいいというのですかな、モラン大佐?」
 その言葉に詰まったような顔をするモラン大佐。しばし沈黙がその場を支配した。

「それについては上がいろいろ考えてるようよ」
 新たなアルコールの影響を受けていない声に全員の注目が集まった。一見和服を着た女性のように見えるが骨格やら何やらで男性と解る物(誤訳に在らず)がその視線の先に在った。

「どういうことだ、バット」
 モラン大佐がそのオカ…もといニューハーフに聞いた。

「さっき政府のお偉いさんに聞いたんだけど、ロンドンを残留するための具体案が決まったらしいのよ」
 一堂からほう、との声が上がった。

「さすがだなバット、よくそんな情報を手に入れられたな」
「大した事じゃないわ。私の客の中にいつもより遅く来た人がいてね、色々したら教えてくれたの」
 バットはこともなげに言った。
 ロンドン壱のニューハーフカフェ、東カリマンタンの店長兼ママであるバットはかつて在る組織で情報収集していたことがあり、自分の店にお偉いさんがよく来る事を利用しこの異変以後は情報屋としても活躍しているのである。 
 ちなみに彼の経営する店のニューハーフたちは一流ぞろいで、その『一流』ぶりはすっぴん寝起きの顔で悪魔を悶絶させ、その鍛えぬかれたケ○の穴は鉄をも砕くアイアンクローを受け止めへし折ることが可能である。
 渡された資料を見て、モラン大佐は感心したように言った。

「ほう、あいつらにこのようなことができるとは意外だったな」
「残念。それを考えたのはマリネラよ。貴族達は調停や交渉に関しては中々なもんだけど、こういう事に関してはたいした能力は持っていないわ」
「仕方在るまい。融合当初、最も必要だったのはそれだからな」
 バットにマフィアの男が答えた。

「つまりそろそろ行政機構の変わり時という事だな」
 これまで上座にいて一言も話さなかった男のもう一人のアルコールを全く感じさせない声に全員がある者は敬意、ある者は緊張で身を硬くした。
 モラン大佐がこれまでとは打って変わった声で質問した。

「教授、それは残留に賛成するという事ですか?」
 モラン大佐の言う事はもっともで、もし移送案に賛成ならば今のような交渉や調停に長けた貴族達は今後もトップに置かれるべきだろう。
 教授と呼ばれた男は大佐の疑問には答えずにバットに視線を向けた。

「バット」
「何でしょう、教授」
「君は確かマリネラ国王とは知り合いだったな。君から見た彼はどういった人物かね?」
「かなりひねくれた性格でおまけにこれ以上は無いというぐらいのけちな小銭好きです。しかし同時に天才的な頭脳とゴキブリ並みの生命力を持っています」
その言葉を聞き教授はその怜悧な目を光らせた。

「教授」
 焦れたのかモラン大佐が再度聞いた。

「今、決定する事もあるまい」
 教授は目の前に天秤があるような態度で言った。

「それでは虻蜂取らずにならんかね?」
 マフィアの男がもっともな懸念を示した。

「無論そのようなそぶりは見せぬようにする。君はトーブ家の要請を聞くようなそぶりを見せろ、我々はそれを抑えてるようなそぶりを見せる。私の命が出たら一致して行動に出てくれるかね?」
「了解した、モリアーティ教授」
 用件が済んだとばかりに彼は立ち上がり去って行った。

「よろしいのですか、教授?」
 彼が去った後、モラン教授はモリアーティ教授に問い掛けた。

「あいつらが裏切る事か?確かにその心配はあるが大した事はしまい、やるとしてもトーブ家への繋ぎを維持するための形ばかりのものだろう。このマリネラが出した案はあいつらにも旨味があるからな」
「確かにそうですが…」
 まだなにか言いたそうなモラン大佐を脇に置き、モリアーティ教授は唇を歪ませ

「マリネラか…研究する価値は大いにあるな」
 とつぶやくと、後はただ口元だけを笑わせ続けていた。
 その様子を横目で見ながらバットは話が終わった事を察すると、静かに立ち上がりその場を去って行った。
 待たしていた馬車に乗ると、御者に急ぎ店に戻るよう様命じた。
 それはお店に戻り、まだいるであろうお客にこの耳よりの情報を知らせるためにであリ、また彼のそうした行動は上と下を結ぶ線として両者の黙認を受けているものであった。
 無論そうした事が許されるのは、バットの能力と人格が評価されての事である。
 この手の事に関して義理堅いオカ…ニューハーフほど信頼できるものは他にいない。
 そういう理由でこのロンドンをもっともよく知ってるのは彼であり、後にメンズ・マタ・ハリの異名を持つ事になるのであった(最もマタ・ハリの実情を知る彼はあまり良い顔をしなかったが)。



 翌日。
 日が開け切らぬ内にセント・パンクラス駅に再び赴いてたバンコランがマンションに戻ってみると、パタリロは既に起き朝食を食い散らかしながらテレビを見ていた。
 テレビでは丁度、はるばる太平洋、北米大陸、大西洋を電送で送られた日本での人形兵器の暴走事件が放送されており、それをパタリロは興味深く見ていた。

「また非常識なものが写っているな…」
 しかめっ面でそういうバンコランにパタリロはテレビに目を向けたまま返した。

「今の日本にはああいうのがダース単位でいるそうだ…あれはその中でもかなりの変り種みたいだがな。…それより首尾はどうだったんだ?」
「カナダとアメリカはどうにかするとの事だ、市民は今の所、様子見といったとこだ。エマーンはそっちの仕事だぞ」
「解ってる。まあ、任せろ」
「お前に頼るなんてな。できるなら悪魔にでも頼りたかったぞ」
「そいつは残念だったな」
「なにっ」
 バンコランの皮肉にまともな返しをしたパタリロに、彼は思わず聞き返してしまった。

「今彼らを頼ろうとも、呼びようがないからな」
「そいつはありがたい。これ以上の非常識はもうたくさんだ。神話の世界くらい神話として受け取りたいもんだ」
「まあな」
 パタリロはそう言うと楊枝を口にくわえたまま立ち上がった。

「行くのか」
「ああ、と言っても二時間後には大使館に戻るが、連絡はするなよ。うちの大使館はほぼ百パーセント盗聴されてるからな」
「解ってる」
「じゃあな」
 パタリロはそう言うと玄関に向かって歩いていったが、ふと立ち止まると振り向いて言った。

「ああ、そちらさんの上層部にはちゃんと礼を考えとくように言っとけよ」
 そのセリフにバンコランは口元だけを笑わせながら言った。

「大丈夫だ。お前の関心を持つようなものを準備させとく」
「その言葉、忘れるなよ」
 パタリロはそう捨て台詞を言うと去って行った。

「バンコラン。あんなこと言って大丈夫なの……」
 先程までパタリロの食事の後始末をしていたマライヒが心配そうに尋ねた。

「無論、あいつの言う事を聞くつもりはない。マリネラはあくまで自分達のためにこの案を考えたんだ、我々が恩に着ることはない」
「でも反故にしたら……」
「安心しろ、ちゃんとお礼はするさ。そこでだ…お前の友人の力を借りるぞ」
「ああ…」
 その一言でバンコランの考えているお礼の内容を知ったマライヒは(滅多にない事だが)パタリロの冥福を祈った。



 二時間後。
 バンコランのマンションの近くにあるマリネラ大使館。
 パタリロは流星号に乗ったまま大西洋上でマリネラの軍用輸送機(国王専用機が使用できるほどロンドン空港は整備されてない)に乗り移りロンドン空港に降りて歓迎を受けた後、大使館に入った。

「それで、バンコランが言った内容は正しいのか?」
 パタリロは大使館に入るとすぐ、ロンドン担当の黒タマ(情報部諜報いわゆる二重スパイ。但し新米、融合時にいた者はマリネラで教官を勤めている)と影タマ(一般諜報、但し右に同じ)を呼ぶと、バンコランから彼が聞いた情報の真偽を問うた。

「事実です。既に来ているカナダの交渉団を評議会が訪れています。カナダへの通信もそれ以後急増してますので期待してもよろしいかと思います」
 影タマがそう言うと、黒タマが報告を続けた。

「アメリカも動きが抑えられています。CIAに要員が未だに送り込めてないので今までわかりませんでしたが、どうやら軍の権力増大に危惧を抱いた国務省とCIAが独自に行なっていた模様です。経路は不明ですがロンドンがアメリカ軍に情報を流したらしく国防総省が噛み付いてます。今、大西洋の向こう側に置く戦力などないと言っているのでしょう」
「たいしたもんだ。さすがはイギリス人、言った事は守る」
 パタリロの感心したような声に交渉団の一人としてきたタマネギが釘をさした。

「殿下、感心してばかりはいられません。ここで我々がしくじったらロンドンはおろか世界中が我々を信用しなくなります」
 タマネギの発言にパタリロは苦虫を噛んだような顔をすると厳しい声で聞いた。

「間者猫からの連絡は?」
「定時連絡は依然入り続けてるので拘束されてる可能性は有りませんが、交渉は難航してます。とりあえず一次決定事項だけを重点的に行なってるようですが微妙だとの事です」
「うーん、これがなくても存続案の可決は可能だが、できるならエマーンも含んだ満場一致が望ましい。間者猫には会議までに何とかするように伝えろ、エマーンとの会議は何時だ?」
「明日、午後4時」
 パタリロはそれを聞くとタマネギに何事か耳打ちしエマーンの代表団に主題を移した。

「エマーンの代表団の構成はつかめたか?」
 黒タマが答えた。

「大体ですが…。最初はトーブ家のみが来る予定でしたが、ラース家が噛み付きまして結局この二家を中心として合同で代表団を送り込んできました」
「ラース家はアジア方面の貿易を担当してるからな、存続案に興味を持ったんだろう」
「ええ。情報のリークは有効でした」
 実の所、この案を考えついた時からマリネラはこの存続案の賛成勢力を増やすため、様々な形で情報を流し続けてきたのである。
 無論、流す内容と場所は良く考えられ存続案の可能性を補強することを重点に置き、実際行動を匂わせるものは一切出さなかった。
 この行動は上述したように反対一色になっていたエマーン上層部にヒビを入れる事ができたが、同時にアメリカの介入を招く結果ともなってしまった。
 本来これはプラマイゼロというべき所であったが、腹を固めたロンドンの行動によりアメリカの計画は潰され、結果としてマリネラの行動は大成功となったのである。
 そのような多分に結果論的成功にも助けられていたパタリロ達であったが、だからといって手を抜くような事は全くなかった。

「やはり問題はトーブ家か…」
 パタリロの声に影タマが答える。

「はい。対アメリカ貿易を仕切っているトーブ家にとって中継基地が他の手に渡る事はやはり承服できないのでしょう。移送させた後、必要な要員をスカウトして自分達の手で運営するつもりのようです」
「何とかならんのか?」
「色々考えてますが、代表団が到着しないとどうにもなりません。これまでロンドンに来たのは比較的弱小の氏族でしたし、エマーン国内の工作は異種族間と言う理由から目立ってしまうので殆ど不可能です」
「で、エマーンは何時来るんだ?一番近いくせに最後とは余裕のつもりか、それとも我々の行動に気がついてその対応に追われてるのか…どちらにしろ」
 パタリロがそう言った時、出し抜けにサウスエンドの方から遠雷のような音が響いた。

「何だ?」
 片眉を上げてパタリロは黒タマと影タマに視線を向けた。

「サウスエンドにエマーンの代表団が着いたのでしょう。あれは残ったイギリス艦隊の祝砲かと思います」
「それにしては大きな音だったぞ」
 目を細めながら問い掛けるパタリロにそれが何を意味するか知らなかった黒タマは得意そうに答えた。

「戦艦の艦砲ですから、ネルソン級のネルソンとロドネー。イギリス本国艦隊が持つ最後の戦艦です」
 影タマはそう言ったが実際には70隻近くにもなる前ド級戦艦がサウスエンドに存在していたのだが、このときは誰も彼女たちには関心を払う必要を認めていなかった。
「砲艦外交か…。果たして彼らに効果があるのか?」
「ある程度はあるかと。特にラース家は日本と接触した時に日本海軍と海洋生命体と交戦を目撃しています」
「なら問題はそれを彼らがどう捕らえるかだな……」
 タマネギが時計を見ながら言った。

「それもこれも会議のとき明らかになるでしょう。そろそろ時間です、支度をした方がよろしいかと……」
「ああ、解った…。それはともかく、お前ら」
 と黒タマと影タマの方に向くパタリロ、その手には何時の間にか精神注入棒(又の名を棍棒)が握られている。

「自分が格好つけるためだけに砲撃の事を隠すなぁ!!」
 二人分の絶叫がロンドン大使館から響き渡った。



 一方、同時刻のテムズ川河口(の上空)。

「今のはなんだ!?至急、各ハウスの被害状況を調べろ!!」
「どこの船がやった!!ロンドンか、カナダか、それともマリネラか!?」
「わかりません!大型の火薬砲を多数つんだ船だとはわかるのですが…」
「貴様それでも見張員か!そんな様では来期の給料査定を考え直さねばならんぞ!!」
「無茶言わないでください!!洋上船の識別なんてこれまで一度もやったことないんです!!」
 エマーン代表団の船団はいきなりの砲撃に大パニックになっていた。
 それは船団指揮船(トーブ家所有船)も同じ…いや交渉団の人員が泡を食って船橋に雪崩れ込んできたため混乱に拍車をかけてしまっていた。
 示威の目的もかねて多数のハウスで緊密な隊形を組んで来たのだが、先程の大音響と閃光による衝撃で緊密な隊形が災いし(一部を除き)衝突しかねないほどまで混乱してしまったのである。
 どこの国の船がやったかを調べようとし船はすぐに判明した(もうもうと煙を吐いてるのだ、わからないほうがおかしい)のだが、今度はその煙のおかげで国籍が全くわからなかったのである。
 何せそのときサウスエンドにはエマーンと同じことを考えたカナダやマリネラがこっそりと(表向きは援助物資を積んできたとの理由で。エマーンも同じ理由で船団を組んだ)軍艦を集めていたので、洋上船しかも軍艦の類別などした事もない彼らがパニックになるのも無理はなかった。
 その混乱の中、一人の若い女性だけが冷静にオペラグラス(の様に見えるが実は高倍率とマルチセンサーを備えた一品)でその船をじっと見ながら言った。

「ロンドン…いやイギリスですね、間違いないでしょう」
 全員の目がいっせいに集まった。その視線の中には余り好意的といえるものでないものもあった。
 団長とおもしき男が問い掛ける。かなり興奮してるらしくエマーン人の特徴である触角はピンと立っていた。

「何故わかる?」
 女性は周りの空気を無視するように、オペラグラスを見たまま説明した。

「あれは戦艦という種別の船です。文字どうり戦うための船ですが、あれはかなりの国力を持った国しか持てなかったとの事です。そして今、ここにいる船の中でその様な国力を持っていた国はロンドンを首都としたイギリスだけと聞いてます」
 ほうっと言う声がおもにハウスの乗組員の間からあがった。

「よく知ってるな、マニーシャ」
 代表団の一員とおもしき彼女と同年代の男性がマニーシャに尋ねた、どうやら彼女の夫らしい。
 このときはマニーシャも視線を彼に向け答えた。

「ええ、姉の手紙に書いてあったの。最も彼女が見たのは日本連合の船だったようだけどね」
「そんな事はどうでもいい!!」
 団長は怒鳴った、既にかなりの余裕が失われている様であった。
 無理もなかった、彼は少しでもミスを犯した時点でその地位をマ二ーシャに譲らねばならなかったのだから。

「ではどうしてそのイギリスの戦艦が攻撃して来るんだ!?」
「あれは攻撃ではありません。歓迎の行動でしょう」
「なにっ!?」
「戦艦の武器は火薬爆発による実体弾の射出による打撃です。実体弾を装填していなければただの花火と見なされるのでしょう。それはともかく抗議するにしろ謝辞を述べるにしろ、どちらにしても返答は速いほうが良いと思いますが?船団がこのような有様をさらしてる現状においては、特に」
 その言葉に団長は苦労して落ち着くと、戦艦に回線を繋ぐ様指示をしようとしたが、それは遅きに逸した。
 なぜなら繋ぐ前に戦艦から電文が先に来てしまったからであった。
 それを聞いた団長はがっくりと肩を降ろすとマニーシャにこの場を任すと言って下に降りてしまった。
 そんな彼の様子を見たマニーシャは彼にある程度の憐憫を抱いたが、同情する気にはなれなかった。
 なぜならわずか一日とはいえ事態がここまでエマーン、いやトーブ家に不利になったのはろくな情報収集をしなかった彼に責任があるからだった。
 といっても彼を責めるのは酷かもしれない、なぜなら誰もがこのような事態になるとは想像すらしてなかったからである。
 とはいえ、そのおかげでマニーシャとその夫も新婚ほやほやだったところを梃入れとしてこの交渉団に加えられてしまったのである、彼女達の才能を買われた故とはいえ彼に悪感情を抱くのは無理もなかった。
 そうして渋々加わったマニーシャ達だったが、団長の懇願もあり結局最後のチャンスとして交渉団団長のまま出発したのだが……今の騒ぎで結局、事実上この交渉団のトップはマニーシャになってしまったのだった。

『こっちの身にもなってもらいたいものだわ……』
 マニーシャはそう思いつつもイギリス戦艦からの嫌味と諧謔と礼節に溢れた電文の返礼を指示しながら船団の状況について確認をした。

「マニーシャ代表」
 船長がこのような事態に限ってマニーシャに付けられていた役職名を付けて問い掛けた。平民出身の彼は同じく平民の出身でありながら、その才能(と美貌)でトーブ家の御曹司と結ばれた彼女にそれなりの敬意を持っている。

「やはりラース家の連中は隊列を維持したままですな」
 その声にマニーシャは再びオペラグラスをかまえた。確かに他のハウスが右往左往してるのに対してラース家のハウスだけが変わらず間隔を維持していた。
 マニーシャはある可能性に辿り着いていたがそれは言葉にせず、口からは別の考えを喋っていた。

「彼らも姉の報告書には目を通していた様ね」
「たしかマニーシャ代表の姉は……」
「ええ、今はエマーンの日本連合全権大使よ。向こうで結婚もした事だし、あの人はあの国と相性が良いみたいわね」
 世間話のような会話を交わしながらも、彼女はラース家のハウスを睨み付けていた。

『…たとえそうだとしてもあそこまでの落ち着きは取れない。となると事前に情報を得ていたと考えるのが妥当ね……となるとラース家も敵と考えたほうがよいわね。まっ、元々そんな関係だから今更気にする必要もないんだけど。むしろ気になるのは何が、そして誰がラース家を存続案に向かわせたか、何人かは考えられるけど…いいわ、向こうに着いたら何もかも暴き立ててあげるんだから』
 いつのまにかロンドンの方を眺めていたマニーシャの顔には好敵手を見つけ、それと戦いを挑めるという歓喜の笑みが浮かんでいた。
 彼女に負ける気はなかった、なぜならエマーン人にとっての戦いとはまさしく交渉と同意語であったからだった。
 後に、ロンドンで開かれることになる数多くの会議の最初に挙げられることとなるロンドン存続会議の幕はきって落とされるときを今かと待ちわびてた。


<アイングラッドの感想>
 どうもHIさん、続けての投稿ありがとうございました。
 英国の地で行われる様々な出来事とその裏で行われている虚々実々のはかりごと
 また、英国内のジェネレーションギャップだけでも大変なのに異人種・異文明との文化文明的摩擦までも取り扱っていて大変に興味深い展開です。
 彼らエマーンの描写も的確ですし、感心しきりです。特に、エマーンの設定は原作とちょっと違っているのに、よくぞここまで、と云った感じですし。凄い。
 これからの展開も目が離せません。
 ここはひとつ次の話を早く書かれる様に、この話を読まれた方は是非感想を御願いしますね。
 ではでは。




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