裏側の勇者達

エピソード:4


神威の拳


D−part



 「ひょえ〜っ、おっきー」
 木之本さくらがここを見た第一声がこれであった。
 ここはコニーパレス・有明店。今はオープン前の最終調整の真っ最中である。
 ゴールデンウィーク真っ盛りの中、さくらと、親友の大道寺知世、そして恋人の李小狼の3人は、それぞれの事情が重なったため、仲良くここお台場、有明地区にやってきていた。さくらは単なるおまけだが、知世は母親の会社も関係しているここコニーパレスの視察、小狼は香港からやってくる親戚の出迎えである。
 「でもすっごい……」
 さくらは広い店内の中央にそびえ立つ6本の柱を感心しながら見上げていた。
 「これが『デンジャー・プラネット』のコックピットをシミュレートする『TOWER』ですの。ここ有明店は、このTOWERを6基も持つ、日本最大規模のお店ですわ。すでに先行プレイされている四国の方では、お店の数が十分じゃないせいもあって、連日満員だとか。元の世界ではご町内に一軒はあったので、混雑は感じなかったそうですけど」
 よどみなく知世が解説する。
 「開発元のイーディスさんでは、例の通信網を売ったお金で全国の主要拠点200カ所に第一次のお店を立ち上げるそうですね。5月末までにはその一次店舗が稼働、あとはフランチャイズで希望のあるところにどんどん増やしていくとか。すでに提携している企業では第二次出店計画が練られているそうですわ」
 「詳しいね〜、知世ちゃん」
 ますますさくらが尊敬の目つきで知世を見る。知世はちょっと赤くなりながら言った。
 「全部お母様の受け売りですわ。この先長いおつきあいをするそうだということなので、私も紹介されましたから」
 「ふ〜ん、さすが知世ちゃんちは凄いね」
 「それはともかく、なんで俺たちがこんなところに?」
 小狼が知世に聞く。知世は軽く首を傾げながら、
 「お母様の話ですと、モニターをして欲しいのと、紹介したい人がいるということでしたが……」
 そこまで言ったところで、知世は言葉を止めた。
 「あ、お母様」
 「みんな、いらっしゃい」
 お母様……大道寺園美は、さくらたちを見て軽く頭を下げた。さくらを見る目がちょっとだけ危なかったが。
 「こんにちは、おばさま」
 さくらもぺこりと頭を下げる。
 「お呼びだてしちゃってごめんなさいね」
 園美はさくらを見ながらそう言った。
 「さくらちゃん達には明日3日からオープンするここのメインアトラクション、デンジャープラネットのモニターをして欲しいの。よろしいかしら」
 「いいですけど……あたし、こういうのあまり興味ないんですけど」
 そう言ったさくらに、園美は切り返すようにいった。
 「だからお願いしたいの」
 「???」
 困惑するさくらに、園美は言葉を続けた。
 「このゲームは今年の頭に四国で始まって以来凄い人気になっているんだけど、お客さんのほとんどが若い男の子なの。男なら誰でもこういうのにはあこがれるものね。女の子もいない訳じゃないけど、元々こういうのが大好きな、うーん、ちょっと言い方が悪いけど、オタクっぽい娘ばっかりなのよ。そうじゃなければ恋人がやってる娘ばっかりだし。こういうのに興味のない、普通の女の子は最初っから近づかないわ。でね、そういう子がこのゲームに対してどういう感想を持つか、それを聞きたいの。そもそも面白くないのか、それとも単なる食わず嫌いなのかが分かるだけでも大きいわ。だから、ね、お願いできるかしら」
 さくらもそれを聞いて納得がいった。
 「はい、私なんかでよければ」
 「いつもさくらちゃんは元気ね」
 園美は優しく微笑むと、鞄の中から3枚のディスクを取りだした。
 「これがモニター用のVP。知世のとさくらちゃんのと小狼君の。操作は簡単だから、よけいなこと考えないで自由に遊んでみてね」
 「ぶいぴー?」
 ほえっとなっているさくらに、知世がささやいた。
 「ゲームで乗るロボットのことですわ。ヴァーチャル・パペットを略してそう言いますの」
 「あ、なんだ」
 軽くうなずきながら、さくらはディスクを受け取った。
 「もうすぐ前のテストが終わるから、そうしたらあのおっきい建物のところに行ってね」
 そう言って園美が指さした方向には、オーロラビジョンもかくやというような大きなフラットパネルに、どこかの荒野で何体かのメカが戦っている様子が映し出されていた。



 『おい面堂! なんじゃそりゃあっ!』
 『フフフ、これかね。これは我が面堂家の総力を挙げて開発された面堂家フラッグVP、『ウルトラ8』だっ!!』
 『スー○ー8のパクリじゃねえかっ!』
 『デザインがすばらしかったのでね、参考にさせていただいた。だいたいそちらこそ、なんでラムさんそっくりのVPなのだ? しかも複座とは』
 『これは四国で先行販売された実機シリーズ・エリアルをベースにうちがカスタマイズしたっちゃ』
 『なんと、ラムさんの作品でしたか。いや、お美しい』
 『おい、ずいぶんと態度が違うじゃねぇか』
 『女性は讃えるものだ』
 『お兄さま、そろそろ行きますわ。申し訳ございませんが、あのメカは破壊させていただきます』
 『そうだな、これも戦国の定め。行くぞ了子、諸星よ、おとなしく滅せられるがよい』
 『なめるなよ、食らええっ!』
 『むっ、そのポーズ、ラムさんを思わせる電撃、さてはエリアルだけではありませんね! 同じく実機シリーズ、グレートマジンガーと見た! それでちゃんと角が』
 『正解だっちゃ。サンダーブレークの発振ユニットを組み込んであるっちゃ。空を飛べるように出来なかったのが残念だったけど』
 『それはエマーンから慣性制御ユニットを入手しなければ無理でしょう。ではお返しに』
 『うわっ、足の先が斧にっ! なんじゃそりゃ! 本家並みだぞ!』
 『フフフ、足先のユニットはゲッター合金を使用することにより様々な武器に変形可能だ。そりゃそりゃそりゃっ』
 『うわわっ、ラム、大丈夫かっ!』
 『まだ大丈夫だけど、このままじゃじり貧だっちゃ!』
 『仕方ない、面堂、覚悟っ!』
 『むっ……』
 『ブラインドグレネード……? !!、しまった、お兄さま!』
 『わーーーーーーん、くらいよ、せまいよ、こわいよーーーーーーっ!』
 『待って、おに……』
 『……消えたっちゃ。リセットしたみたいだっちゃね』
 『ふはははは、正義は勝つ!!!』



 「ひょええええ〜〜〜っ」
 「なんだったのでしょう?」
 あまりにも妙ちきりんな対戦に、さくらと知世はすっかり引いてしまっていた。
 園美さんはモニタのステータスを確認すると、小さく舌打ちした。
 「友引メルヘンランド……面堂さんのところね」
 そしてさくらたちの方を振り向いたときには、すでにいつものエンゼルスマイルに戻っていた。
 「まあ、案ずるより産むが安しという言葉もあるわ。どーんとやってきなさいな」
 押し切られるように3人は、TOWERの根本にやってきた。
 そこにちょっと妙な人達がいた。仲の良さそうな男女。これはいい。その隣にいるのは、熊とも犬ともつかないファンシーなぬいぐるみであった。
 「おや、いらっしゃい。君たちがモニターの子だね」
 そのぬいぐるみは、実にクリアーな声でしゃべった。それどころか、目が自在に変形して、豊かな表情を生み出している。よく見ると目の部分は液晶パネルであった。
 その上傍らのコップを取り上げると、ストローでジュースをすすっている。
 さくらも小狼も目を丸くしていた。
 「さくら……詳しいことはよく分かんないけど、あのぬいぐるみ、物凄く高度な技術が使われてるぞ」
 「……うん、凄いってことは分かる」
 うなずき合う二人に、ぬいぐるみはさらに声をかけた。
 「当然、デンジャープラネットは初めてだよね。ええと、木之本さくらさんと大道寺知世さん、李小狼君であってるかな?」
 そろって首を縦に振る3人。
 「うん、間違いなし。桐生君、彩理さん、よろしく」
 「はい、会長。私は高原彩理。よろしくね」
 「ボクは仁村桐生。同じくよろしく」
 挨拶をしてきた二人に、さくらたちもあわてて挨拶を返した。
 「き、木之本さくらです」
 「大道寺知世です。よろしくお願いします」
 「李小狼といいます」
 そのあと三人は彩理や桐生達に教えてもらいながら、どうにかTOWERのコクピットに収まった。
 「操縦は一番簡単なモードだと、前のレバーで行きたい方向に移動、足下のペダルで方向転換。向きたい方を踏んでね。右手のスロットルレバーでスピードのコントロール。ボタンを押すとジャンプする。で、レバーのトリガーを引けば攻撃。このモードの時はセミロックオンしないと弾が出ないから、前の丸が赤くなったときにトリガーを引いてね。後は慣れることよ。そうそう、ここのボタンを押すと無線が通じるわ。左が青く光っているときは外部マイク……外にいる全員に聞こえて、赤くなっているときは秘話通信……仲間同士だけに聞こえるわ。消えているときは受信オンリー。中の声は外に漏れません」
 「ふえ〜っ、ややこしそう」
 頭を抱えつつも、コックピットの扉が閉まり、オープニングメッセージが流れる。
 そのとき、さくらの服のポケットから小さい声がした。
 「そんなややこしいこともあらへんやんか。ま、わいがばっちりおぼえとるさかい、分かんなくなったら何でもききや」
 「……そうする」
 ケルベロスことケロちゃんは、心配そうなさくらの目の前をぱたぱたと飛び回った。
 と、目の前が明るくなり、体がぐん、とシートに押しつけられる。
 「わあ……っ」
 目の前に広がった光景に、さくらは思わず息を呑んだ。
 一面の草原、遠くに見える山……。
 スイスかどっかの高原を思い出させる光景であった。
 そして自分の隣にいる、翼の生えた、槍を持つ女戦士。
 「今度うちから発売予定の、『ブリュンヒルト』と『フレイヤ』ですわ。ワルキューレをイメージしているんですの」
 知世の声がコックピットに響いた。
 「えと、どれだっけ」
 「右下の赤いボタンや」
 さくらの耳元でそっとケロちゃんが囁く。
 「あ、これか。えーと、知世ちゃん、聞こえてますか?」
 「はい、とってもよく聞こえてますわ。とりあえず、動かしてみませんか?」
 そう言うと戦女神は華麗に動き出した。
 思わず見とれるさくら。「はよしいな」とケロちゃんに突っ込まれるまで、さくらはそれを見つめていた。



 30分後。
 「どうだった?」
 「うー、目が回るー」
 さくらはへろへろになってコックピットからはいずり出てきた。
 知世と小狼は平気な顔である。
 「おまえ……運動神経は抜群なのに、なんでああ鈍いんだ?」
 小狼がややバカにしたような目でさくらを見る。さくらはしばしば動きを止めてしまい、そのたびに他プレイヤーにボコボコにされていた。
 「だって、すっごいきれいだったんだもん、知世ちゃんも、小狼君も」
 ちなみに小狼のVPは、虎をイメージした、『ファング』という機体であった。デザイナーはなんと知世である。
 知世曰く、
 『大きなケロちゃんがモデルですの』
 というだけあって、これまたしなやかな躍動美にあふれるVPであった。
 「確かに大道寺さんのところのVPは、どれもとびっきり綺麗だな」
 「これは大きいわねー。それでいて性能も悪くないし。手強いライバルになりそう」
 桐生と彩理も、そんな感想を述べていた。
 「で、どう思った、みんな」
 ぬいぐるみが改めて聞いてくる。
 「とってもすばらしかったですわ」
 「みんながハマるわけが分かるよ」
 知世と小狼はそう言った。そしてさくらは。
 「きれいだったけど、ちょっと残念かな?」
 「「「残念?」」」
 桐生と彩理とぬいぐるみの三人の声がきれいにそろった。
 「何が残念なの?」
 意外そうに彩理が聞く。
 「うん、とってもきれいなのに、乗ってると自分じゃ見えないんだよね」
 さくらはリプレイのモニターを見ながらそう言った。二体のワルキューレと一頭の虎は、見事に一枚の絵になっていた。直後、一体のワルキューレが撃たれてこけたが。
 「さくらちゃんらしいですわ〜」
 「俺にはなんか勘違いしてるとしか思えないが」
 至極もっともな意見であった。
 「あ、申し訳ありません。そろそろ時間ですので、ここは失礼いたします」
 と、壁の時計を見た知世がそう言った。彼らはこの後羽田空港に行かなければならないのだ。
 ドタバタと去っていく三人を、彩理達はじっと見つめていた。



 「……どう思う、桐生」
 「視点が違うね」
 彩理の問いに、桐生はそう答えた。
 「僕たちはVPに乗るのに、あくまでもVPと一体化した視点を持つけど、彼女は違う。自分の乗っているVPを外から見ている」
 「なまじきれいなだけに、お人形さんみたいに思ったんだろうね、彼女」
 「あ、何となく分かる、それ」
 ぬいぐるみ……会長こと長船悠紀の言葉に、彩理も頷く。
 「やっぱり、そこが問題かな。基本的に女の子には、『乗り込む』って視点がない。そうじゃない子もいっぱいいるけど、大半は『応援』なんだよね。自分が操縦するっていう意識が希薄なんだ」
 「女の子は意外なほど目に見えないものに価値をおかないものね。現実世界では」
 彩理の言葉が重く響く。
 「桐生君はどう思う? 女の子向けのDPって」
 会長はそう桐生に問いかけた。
 しばし遠くを見つめていた桐生は、やがてぼそりと呟いた。
 「仮想じゃ、だめですね。自分の目で見られ、手でふれるものでないと。自在に動く、自分の分身のような人形……とか」
 「プラレスみたいな?」
 「あ、それならいいかも」
 会長の言葉に彩理も反応した。
 プラレスとは一部の世界で行われていた、センチメーター級のロボットを戦わせる遊びである。見た目のかわいらしさに反してとてつもなく高度な工学知識を要求されるため、ついにメジャーになることが出来なかった遊びである。ちなみに会長は雑誌の記事で存在を知り、思いっきりハマったが、身近に対戦相手がいなかったため泣いていた。
 「じゃいっそのこと桐生君、あれを大幅に簡略化して、女の子でも扱えるようにしてみない? この世界じゃ人型ロボットはもう実用化しちゃってるから、目的がなかったんでしょ」
 会長の言葉に、桐生ははっと息を呑んだ。目の底に、何か燃えるような光が走る。
 「そうですね……面白いかも。でも、そうなると基本となる素体を、ミニ四駆やベイブレードみたいに、無限に近い自由さでカスタマイズできないといけませんよ。しかも簡単に。対象が女の子となると、工具を使うことすら省かないといけないですね。成長もしないといけないだろうから、学習機能を持たせるとなると……とんでもなく大変じゃありませんか?」
 「それにどうやってコントロールするの? 大がかりな装置はもちろん使えないわ。それこそ思った通りに動いてくれないと、女の子じゃついてこれないわよ」
 「いっそのこと脳波コントロールとか」
 「ははは、それができたら夢ですね。VPの操縦も一変しますよ」
 「ガンダムからGガンダムへのパラダイムシフトか。TOWERも改良する? ジャンボーグエース式に」
 「何それ、会長」
 訳の分からないマニアックな会話は続いていた。
 だが彼らはまだ知らなかった。密かに研究の始まった霊力工学においてドクター鷲羽に次ぐ天才といわれる男、三原一郎を。彼とのあまりにも濃い出会いを。そして機械工学の桐生、材料工学の長船、そして霊力工学の三原、この三人の濃いマニア達の出会いがあの奇跡へと繋がることを。
 裏に連合政府の思惑すら絡めた霊電場制御システム構築プロジェクト、その名も『プロジェクトAL』が動き出すのは、もう少し先のこととなる。



 一方さくらたちは、電車とモノレールを乗り継ぎ、羽田空港に到着していた。
 「今ではこちらに到着するんですね」
 到着ロビーの前で、知世が言う。
 そう、現在の日本連合には成田の新東京国際空港が存在していなかった。鷲羽ちゃんあたりに言わせると、『反対派の怨念が空港の存在力を上回ったってところかしら』ということらしい。その代わり、というわけではないが、どこの世界のものかは不明だが、羽田空港はやたらに立派で雄大なものになっていた。海上に滑走路がG滑走路まで拡張され、駐機スポットも三倍増していた。管制施設も、どうやら2050年前後のものと思われる高度なシステムが採用されていた。もっともそれを運用するのは2000年代の管制官だったため、システムに習熟するのに物凄い手間が掛かったが、一旦のみこめば後は早かった。今ではその気になれば全盛期の羽田と成田を合わせた量の航空機でも捌ききることが可能である。もっとも国際便は減少しており、国内便もTSLの発展もあってジェット機需要はそれほどではないため、システムにも空港にも十分余裕がある。むしろ貨物需要が増えそうな勢いである。
 ちなみに航空機の運営で一番大変だったのは、各地の航空灯台の再設定だっただろう。路線のとぎれなかった鉄道・道路やとりあえず自力で運用できる船舶と違い、旅客航空機は空港のほかに各種の管制施設及びそのデータを必要とするが、これがものの見事にずれまくってしまっていた。港と違い空港の位置そのものが動いている例が多かっただけに、初期の頃はこちらはなぜか全然変動しなかった自衛隊の管制を借りて運用することになる始末だったほどである。融合後一年経った今ではデータの更新は完了しており、ごく当たり前に運行されている。融合前との違いは離島などの小規模コミューターに民生用MATジャイロが飛んでいたりする位である。
 それはさておき、香港よりの旅客機は定刻に到着した。しばらくすると、やたらに目立つ一団がこちらに向かってきた。遠目にも抜群のスタイルを持つ女性が、何人かの黒服の男を従えているのである。周りの人もすわ有名女優でも来日したかと注目している。アメリカが急速に軍国化していく中、ハリウッドからの映画は今ひとつ滞りがちになっており、その隙間を埋めるかのように中華共同体発の面白い映画が入ってきていたため、アジア圏の女優は今ブームを呼びかけているのである。
 そしてその女性は女優といっても十分通用する美貌の持ち主であった。
 「飛鈴!」
 小狼はその女性に対して、そう呼びかけた。



 『荷物はホテルへ運んでおいて。私はみんなと一緒に後から行くから』
 そう広東語でお着きの人に言うと、飛鈴はタクシー乗り場からさくらたちのところへ戻ってきた。
 『小狼、久しぶりね。で、こっちかな? あなたの運命の恋人、っていうのは』
 そう言ってさくらをじっと見つめる飛鈴。言葉が広東語なのでさくらは何を言われているかちっとも分からない。
 『そうだよ……あんまりじろじろ見るな。さくらが驚いてるだろ?』
 やはり広東語で返すと、小狼はそっとさくらをかばう位置に立った。そんな二人をなぜかうれしげに知世が見つめている。
 少しの間そのままの状態が続き、そしてアハハハハと飛鈴が明るい笑い声をあげた。
 「びっくりさせてごめんなさいね。あなたがさくらちゃん? 香港で小狼から聞いたわ」
 口から出たのはうってかわってきれいな日本語だ。発音も抑揚もネイティブとしか思えない完璧さだった。言葉が日本語になったとたん、神秘的な異国の美女のイメージが隣の美人なお姉さんに変わってしまう。
 さくらは思わず目をぱちくりした。
 「は、はい、木之本さくらです。初めまして」
 頭を下げる動作もどこかぎくしゃくしているが、そこがまたかわいらしい。
 「初めまして。二人のお友達の大道寺知世と申します。どうぞよろしく」
 その隣で知世も優雅に礼をした。
 「礼儀正しい子ね。私は烈飛鈴(りーふぇいりん)。一応南雲鈴那(れいな)って言う日本名もあるけど、飛鈴って呼んでくれていいわ」
 礼を返す仕草も完璧だった。さくらも知世も、あこがれるような目で飛鈴を見ている。
 「とりあえず、その辺で座らない?」
 そう飛鈴に言われるまで、二人とも硬直したままだった。



 「ね、小狼。あたしのことはどのくらい話してあるの?」
 空港内の喫茶室に入った4人は、改めて自己紹介をした。
 そんな中でさくらが嫉妬と羨望が微妙に入り交じった声で小狼と飛鈴の関係を尋ねたのだった。飛鈴はすべて分かっているというように小さくうなずくと、小狼に聞いた。
 「なんにも。そもそも今の飛鈴のことはなんにも知らないし」
 「「いまの?」」
 小狼の答えに、さくらと知世の声がハモる。
 「ああ、実は俺の実家の李家と飛鈴の実家の烈家は、香港では深い関係があるんだ」
 「裏社会のさらに裏、だけどね」
 飛鈴が微笑みながら突っ込む。さくらは思わず一歩引いてしまった。
 「う、裏社会? それって、あの、その……」
 「あら、話してなかったの、小狼。李家の跡取り、あなたじゃなくって?」
 「うちは女子相続が基本だ。姉さんの誰かが本家は継ぐだろ」
 さくらはますます話についていけなくなっていた。
 「落ち着け、さくら」
 小狼がさくらをなだめる。
 「あらあら。ちゃんと順を追って説明しなけりゃだめよ、小狼」
 弟をたしなめる口調で飛鈴が言った。



 魔術の李家、武術の烈家。
 黒社会などの組織を超越する存在として、両家は香港の裏社会に君臨していた。『君臨すれども統治せず』ではないが、力ある中立者としての立場を保持し続けていた家だったのである。特に李家はそうであった。代々伝わる魔術の力を、それを必要とするものに分け隔てなくもたらしたのである。
 そして運命の日、両家はやはり香港に出現した。だがそれぞれが別の時空から来た李家であり、烈家であったのだ。



 「つまりね。あたしの知っている李家にいた小狼には、あなたのような恋人はいなかったわ」
 飛鈴の言葉に、さくらは目を丸くした。
 「元々の予定では、あたしと小狼はどっちの世界でも許嫁だった。でも私は慶一郎に出会い、そして小狼はさくらちゃん、あなたに出会った。それでよかったと、あたしは思うわ」
 「はああ……」
 さくらはあっけにとられっぱなしであった。
 「要するに時空融合の前は、小狼さんの世界の飛鈴さんには恋人がいなくて、逆に飛鈴さんの世界の小狼さんも、さくらちゃんという恋人はいなかった、ということですのね」
 「そうよ」
 飛鈴はうなずいた。
 「でもよかったわよ。融合後初めてこの子にあったとき、あたしは自分の目を疑ったわ。あのクソ餓鬼がずいぶんいい男になったって」
 「くそがき?」
 さくらは目の前の小狼とその言葉がどうしても結びつかず、ますます頭をひねった。
 「そう? じゃ聞くけど」
 飛鈴はいたずらっぽい笑みを浮かべると、さくらに聞いた。
 「あなたが初めて出会った頃のこいつって、天上天下唯我独尊、魔力のない人間・弱い人間は虫けらのように見下し、自分の都合だけを押し通して相手の立場など微塵も考えない、そう言うわがまま坊やじゃなかった?」
 「あ……」
 元々そこまで悪い取り方はしていなかったが、指摘されてみると思い当たる節がありすぎた。
 小狼も真っ赤になって下を向いている。
 「……そう言うなよ」
 反論の声も弱々しい。
 「それがまあ、李家は李家なのになんか変だって言うんで会ってみたらまあ驚いたわ。あのハナタレクソ餓鬼が清々しいまでのいい男の子になっちゃってるじゃないの。あ、女ができたなってぴんと来たわ」
 はっきりした物言いにさくらも真っ赤になった。
 「それを言ったら飛鈴だってそうだろ」
 小狼も負けじと反撃を開始した。
 「俺の知ってる飛鈴は、気が弱くおとなしげで、かすみ草みたいにそのまんまどっかに消えちゃいそうな細っこい女の子だった。ホントに8つも年上かって思うくらい。それがなんでこんなさくらが一生たどり着けないようなスタイルと象をも蹴倒す豪快な性格になってるんだ? やっぱり最愛の恋人とかのせいか?」
 「こら」
 その反撃は飛鈴の拳固で止められた。
 「な……」
 「女の子のスタイルを悪く言うやつがあるか」
 そう言いつつ飛鈴の方を向いていた顔を強引にさくらの方にねじ曲げる。
 さくらは泣いてるとも怒ってるとも言い難い妙ちきりんな顔をしていた。
 「……やっぱり男の子って飛鈴さんみたいな方がいいの?」
 じっと上目遣いでそう聞かれ、小狼の心臓は思いっきり乱打を始めた。
 「いや、その、あの……そりゃ、そうといえばそうだけど……俺はさくらが一番だし……」
 李小狼、不器用で正直な男であった。
 さくらもそれを聞いて赤い顔がますます真っ赤になり、小狼も同様のモードに突入する。
 知世と飛鈴はそんな二人を見てくすくすと微笑んでいた。
 「そう言えば飛鈴さん、なんで来日したんですか?」
 二人の邪魔をしないように、そっと小声で飛鈴に聞いた。
 「表向きは事業計画よ。今では烈家も表では総合商社というか、ちょっとしたコンツェルンを形成していて、あたしはそこの代表だから。特に今狙ってるのが明日東京でもオープンするって言う、「デンジャープラネット」って言うゲーム。社員の一人が四国に出張したときに思いっきりハマったらしくてね。それなら香港でも展開できないかと思って」
 「それは好都合ですわ。私の母の会社が、今その関連事業に手を出していますの。後で紹介させていただきますわ」
 「あらあら。そりゃラッキー。でもいいの?」
 「はい。小狼さんが信頼している方なら、悪い方ではないと思います」
 飛鈴はそのまま知世の顔をじっと見た。視線と視線が交差する。
 「……恐ろしい目をしてるね。優しげな瞳のその裏で、すべてを冷徹に見透かすような、そんな目だ。もしあなたが母の跡を継いだのなら、絶対敵にはしたくない……味方には女神、敵には悪魔……お友達は、気づいてないんだろうけど」
 知世にだけ聞こえる声で、そっと飛鈴は呟く。
 「安心しな。なんにも言ったりしないよ。仕事の話は、後でちゃんと筋を通させてもらう。小狼も……いい子を友達に持ったよ。運命に守られてるね」
 「で、表がそれと言うことは……裏はなんですの?」
 今までの台詞をさらりと無視して質問をする知世。一瞬、飛鈴の視線にまがう事なき殺気が走った。だが次の瞬間にそれは溶けて崩れ、まるでさくらのようにはにゃ〜んとなった顔に取って代わられた。
 「実は……旦那探し。やっばり来てたみたいだって情報が入ったから」
 「再会できるといいですね」
 知世は天使のほほえみを浮かべていった。



 「ふぇっくしゅん!」
 鬼塚家の台所で夕食を作っていた慶一郎は、突然の悪寒と共に大きなくしゃみをした。
 「あら、先生、風邪?」
 そこに通りかかった御剣涼子が声をかけた。稽古の後、汗を流しに風呂へ行く途中らしい。
 「いや……なんかこう、蛇に睨まれたような気が」
 「ならいいけど。明日からみんなでお出かけでしょ?」
 「……まあね。美雪ちゃんが泊まりで外に出ようとするなんて、滅多にないし」
 明日は美雪共々お台場のフェスティバルに出かけることになっていた。といっても美雪はそう言うところを出歩くタイプではない。彼女の親友の姫川沙羅が出かけるのに美雪を誘い、それに美雪もうなずいたというのが真相だ。で、芋蔓式に慶一郎が保護者としてついていくことになった。
 「ま、レックスさんや静馬のバカも例の武闘大会に出るって言うし、チケットももらったからあたしも行く予定だけど、一緒に行く?」
 「まあ好きにしろ。俺はどっちでもかまわん」



 そして翌日より、運命の3日間が幕を開ける。
 舞台は整いつつあった。






日本連合 連合議会


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