スーパーSF大戦 第16話



エピローグ・理津子




 1ヶ月後の8月中旬。
 中学校は夏休みに突入していたため、中学校教師である理津子と美里も意外と暇を囲んでいた。
 だが、理津子はそうそう暇にもしていられなかったようだ。
 新しく増えた彼女の家族との対話に熱中しているようで、毎日が実に楽しそうであった。
 そして例によって好奇心旺盛な彼女の同僚にして悪友たる葛城美里女史もわざわざ毎日彼女の部屋に足を運んでは理津子に煙たがられていた。

「でも意外ねぇ〜」

 そして今日も顔を出していた美里がその家族が出掛けている隙を狙って部屋に上がり込んでいた。

「何が? 言っとくけど余計なこと言ったらタダじゃ済まさないわよ」
「ハハ・・・、マタマタ。ただねぇ、あの理津子がここまで変わるかなってサ、思ったのよ」
「何を言うのよ。全く。大体アナタの方こそどうなのよ。加持君帰って来たんでしょう?」
「な、あ、ば、アイツのことは関係ないでしょう。大体なんであいつなのよ」
「アナタみたいにガサツな女、正体知ってて付き合ってくれるの加持君位じゃないの」
「ふふ〜ん、アタシにだって言い寄ってくる男のひとりやふたり」
「あら、いたの?」
「モチのロンよ、摩耶ちゃんの同僚の日向くんとか」
「ああ、あの騎士道かぶれの・・・。可哀想に、外観に騙されたのね。見た目はグラマーな女だものね美里は」
「アラ、ありがとう! 理津子が誉めてくれるなんて」
「中身はただのオヤジなのにね〜」
「クッアタシの何処が」
「朝っぱらからビール呑んでる飲兵衛がこの近所にいるのよね。まったく、教育に悪いったらないわ。そう思うでしょ」
「あに言ってんのよ、日本人の朝食はまず一杯の酒からでしょ」
「そうね、ある特定の地域を除けば、完全にオヤジの行動パターンと一致するけどね」
「・・・・・・まぁいいわ。で、彼女はどうしたの? 」
「元気に出歩いてるわよ。もう少ししたらお腹減ったって帰って来るんじゃないかしら」
「あの、大丈夫なの? あの子色素が弱そうだけど」
「日焼け? 大丈夫よ。私が特別に調合した日焼け止めクリーム塗ってるし」

 それを聞いた美里はゲッと呻き声を漏らした。
 理津子の半ば以上趣味に走った数々の発明品の脅威を肌で感じてきた親友、美里は本気で心配した。

「ゲェ、その日焼け止めって本当に大丈夫なんでしょうね。ちゃんと人体実験したの?」
「ええ、勿論よ。去年海に行ったときアナタ使ったでしょ」
「ええーっ! アレってソレだったの!? 」

 去年の臨海学校で起こった数々の騒ぎの中でも飛び切りの嫌な思い出が美里の脳裏を駆けめぐった。
 理津子の作った特製日焼け止めクリームを塗った皮膚が葉緑素の緑色と毛細血管のピンク色のストライプに彩られて、・・・・・・凄い恥ぃかったんだったわ!(怒)
 しかしあれは失敗作だった筈。

「酷い目に合った事、未だに忘れられないわよ。ってよりもそんな物を使ったの?!」
「ええ、アナタから得た貴重な臨床データーを使って改良は完成したわ。今年の頭に布哇に泳ぎに行ったとき使ったじゃないの」
「・・・・・・・・・いい加減、無断で人を実験台にするのは止して頂戴・・・」
「アナタの体質のデーターは揃ってるから実験に最適なのよね。あ、大丈夫よ私はあの時、市販の既製品を使ってたから」

 美里は今年の正月にハワイに旅行に行ったときの事を思い出していた。
 ・・・確か、そう。何故か私が買っていった日焼け止めが無くなってて、仕方なく理津子のを借りようとしたら丁度理津子のも空になっちゃったって事で、新しい日焼け止めクリームの缶を取り出して封を解いていたのよね。
 そうかそうか、こいつはそこまでしてこのアタシを・・・・・・ふふふふふ

「フッフッフッフッフ、アナタのこのアタシに対する暴虐の数々、最早腹に据えかねたわ。そこへなおれぇい! 刀のにしてくれる」
「させるかぁ!」
「ちぃいい!!」

 等と彼女たちがじゃれていると、件の人物が玄関の戸を開いた。
 では、そもそもの事の始めから説明しよう。




 赤木理津子がGアイランドより第3新東京市の自宅に帰ってきたのは、決戦から3日後のことであった。
 昼過ぎにGアイランドを出て、自室に戻ってきたのは午後の4時過ぎ。
 彼女は郵便受けに溜まっていたDMや何かをまとめて机の上に放って置くと、取り敢えず久しぶりにコーヒーメーカーのSWを入れた。
 彼女の几帳面な性格通り普段から片付けられている室内は慌てて出かけたにもかかわらず綺麗なままに保たれていた。
 それでも少し残っていた片づけを終えると30分ばかり過ぎていた。
 その頃にはコーヒーもすっかり出来ていたので、愛用のカップに注ぐとようやくホッと息を吐いてここ数日の狂乱の日々を思い出していた。

「ま、流石にあんなに忙しい事はもうないでしょうけどね。あ〜、疲れたわ」

 既に三十路に突入していた理津子は、どことなく疲れた様子でコーヒーを口に運びながら最近では珍しい紙のメールのチェックを始めた。
 e−mailの方はGアイランドでもチェックできたのだが、森林資源税と言う名目で再生紙以外の紙の値段がつり上がったためわざわざ紙の通知を出すことは少なかった。彼女のいた世界では。
 勿論新紙が少なくなれば再生紙の値段もつり上がるわけで。
 この頃富に増えていた独身女性向けの高級ブランドを気取っている企業のDMはわざわざ高級感を出すため紙のメールを出していた。
 そんなこんなが数十通(お得意さま)もあったのだが、その中に一通の通知が紛れ込んでいた。
 彼女がそれに気付いたのは既に2杯のコーヒーを空けた後であった。

「あら、珍しいわね。裁判所? アタシ何もしてないわよ・・・」

 第3新東京市の家庭裁判所から届いた召喚状の表書きを見た理津子は首を傾げて封を切った。
 彼女は中に入っていたワープロ打ちされた書状を目で追い始めた。

「えーっと、日本連合政府社会福祉省時空融合孤児援護局発令第110556号により、類縁を亡くした氏名渚麗9才の引き取りの有無を確認したく連絡を・・・・・・」

 突然の話に理津子は呆然としてその文章を眺めていたが、次第に何事が起きたか理解すると目を見開いて興奮気味に先を読み始めた。
 あの時空統合の際、保護者とはぐれた未成年の数は莫大な物になっており施設に収容しようにも収容人数を遙かに超えていた、これに対し政府としてもなりふり構って居られない状況になってしまっていたのだ。
 日本連合に加盟した一般的な社会で採用されていた大多数の法律によると、孤児を引き取り養子に出来る資格を持つ者は子供を育てた経験を持つ健全な夫婦に限られていたのだが、その様な家庭を持つ成人夫婦がわざわざ孤児を養子に迎える例は少なく、一般家庭への孤児の養子の例は少なかった。
(子供が出来ないからと言って養子にと言う人も多かったが、子供を育てた経験を持たないそれら夫婦にはなかなか許可が下りることはなかったのだ)
 それに対して、今回の事態に対して社会福祉省外局に臨時に特命福祉政策局として組織された時空融合孤児援護局が出した結論は、少なくとも子供を育てる意志を持つ社会人であれば例え独身であっても保護者と成り得る事が出来る、そして閣議に提出されたその法案は全議席の賛成3/4を以て可決され、その法案に基づき法律が改正されていたのだ。
 今回の場合、類縁を一切失っていた麗であったが、血筋は繋がっていないものの代理母という関係を持っていた理津子が唯一の類縁に当たると認定されたのである。

「尚、特例として対象人物との意見を交わすために、現在課せられている免罪条項は無効とされる。」

 それまでは半径500メートルに近付くことすら禁止されていたのだが、理津子は今回ばかりはその処置に感謝していた。
 常に付随するその監視条項がなければ、消失した役所と残された断片的で膨大な情報の海に埋もれてしまい、とてもじゃないが理津子が孤児となった「麗」の関係者として挙げられることはなかったのだから。
 理津子はウキウキとして早速明日にでも会いに行かなくちゃ、なんて考えていたのだが最後の数行を読んだ瞬間、血の気が引いて顔が真っ青になったことを感じていた。

「尚、引き取りの有無の最終確認日は新世紀元年・・・7月14日・・・・・・午後5時ぃ!!!!! それって今日じゃないのぉおお」

 だが、その書状が届けられてから既に2週間も経っていたのだ。
 彼女がGアイランドへ行っていた期間が約1週間、そしてその1週間前は中間テストの準備や何かで非常に忙しく郵便受けのチェックを怠っていたのだが、そのツケがここになって訪れた、と言う訳だ。
 理津子は反射的に壁掛けの時計を見た! 現在時刻・・・午後4時50分。

 ギャアアアアアア!!!



 理津子の上げた断末魔のような叫び声は近隣近所中に響き渡った。


 その少し前、彼女の同僚にして昔からの悪友で史上最強の呑兵衛である女酒天童子・葛城美里は両手一杯の缶ビールを抱えながら、棲息している穴蔵・・・アパートの階段を昇っていた。
 ちなみに、ご都合主義的だが美里のアパートは理津子のアパートの正面に位置している。
 もっとも、理津子の方がグレードは上だが、仕方あるまい。
 コンピューター関係に金が掛かってはいるが、毎日の酒量にかかる飲み代や道楽である自動車のローンに追われる美里とは資金力が異なるのだ。
 美里が最近男を作って休んでいるという噂の理津子の部屋を見てみると、最近締め切られていた窓が開いていることに気付いた。

「あら!? 理津子帰って来たんだ。ようし、今から乱入しに行っかぁ?!」

 等とお気楽な事を言って、元来た道を戻ろうと踵を返した瞬間、「ギャアアアアアア!!」と言う理津子が上げた悲鳴に魂消て大事な大事なビールを取り落としてしまった。
 一体何事か! あの理津子の悲鳴が聞こえるなんて。
 彼女が理津子の部屋へ走り出そうとした瞬間、勢い良くその当人の部屋の扉が叩き開けられる音に続けてドタドタと云う足音が響き渡ってきた。
 暫しの間固まっていると建物の影になり小さくなっていた足音が次第に近くなってきた。
 何か嫌な予感を抱きながらそれを待っていると、鬼の形相をした彼女の親友が廊下の角を曲がって姿を現したのだ。

「ひぃっ!!」

 一瞬生命の危機さえ感じてしまった美里であったが、辛うじて悲鳴を上げるのは止められた。

「み、み、みさとぉぉおおおお!!!」
「ハ、ハイィ!! 何でしょぉかぁ」

 理津子の叫び声に美里は直立不動の姿勢で返事を返した。

「お願い! 直ぐにクルマを、超特急で合同庁舎の所までお願い! 早く!」
「え、ええ! あ、超特急で」
「そうよ何も言わないで良いから急いで早く! 間に合わないじゃないのよぉ!!」
「わ、分かったわ! だからそんなに慌てないで」
「落ち着いて居る暇なんて無いのよ! あと5分でお願い!」
「ご、5分でぇ!?」

 通常このアパートから市役所近くの合同庁舎迄美里の運転で15分掛かる距離である。フルスタンピードの走り屋モードに突入しても最高9分は掛かるだろう。
 それは無理だ、と経験から分かっていたが・・・この血走った目をした理津子に逆らってはいけないと美里の本能が強く訴えてきていた。
 理津子の迫力に気圧された美里はひとつ深呼吸をした。
 そして、抱えていたビールの束を玄関のノブにぶら下げ、右手の親指を突き出しながらこう云った。

「よっっしゃああああ!! イッチョやったろうじゃないの!!」 
「頼むわ!!」

 既にスイッチの入っていたふたりはダッとばかりに裏手の駐車場へ走った。
 美里は愛車であるダットサン−フェアレディーZ/Z432のレース仕様チューンUP車に飛び乗るとエンジンを回した。
 何やら様々な不法改造が施されているらしい車体はさっきほどまでエンジンを回していたため暖気はバッチリだった。
 理津子がナビゲーターシートに体を固定したのを確認した美里は一気に自分の愛車のアクセルを踏み込んだ。
 彼女は開け放たれた窓から聞こえる音響までも五感の全てを駆使し歩道、車道に障害物がないことをほとんど超能力のようなセンスで感じつつ一気に飛び出した。
 ほとんどウィリーしかねないような加速度で走り出した車中では、理津子が悲鳴も上げる暇もなく意識を失っていた。




















「理津子! 理津子ったら!! 着いたわよ早く起きなさいってば!!!」

 理津子は頬を鋭い痛みを感じ目を覚ました。

「はっ!! ここは何処!?」

 一般的に(かどうか知らないが)気絶した場合、意識を失っていたという感覚はなくその直前までの意識が連続して甦るという。
 と言う訳で、理津子の主観では車が発進した途端に目的地に着いたという夢のような展開が待っていた。
 だが実際は、現在時刻一六時五八分、ギリギリですね。

「ありがとう美里、恩に着るわ! 」

 そう言い放つと理津子はシートから飛び出していった。
 美里はそれを笑って見送った。
 だが、どことなく苦笑いだったのは仕方ないだろう。
 なにしろ、後ろから先ほど引き離したばかりのパトカー6台のサイレンの音が急速に近付いてきていたのだから。

「ほ〜んと、どうしようっかなぁ。できればバック・・・出来るわけないかぁトホホ・・・」





 理津子は走った、高校卒業からこっち12年間は無かったほど一所懸命であったが、残念ながら膝が完全に笑っていた。
 気絶していながらでも恐怖の体験はシッカリと肉体に刻みつけられていたようだ。
 それでも必死に足を動かし続けた理津子は家庭裁判所の扉をくぐり抜けた。
 既に終業準備に入っていた所員がギョッとした目で理津子を見たのだが、構わず走り寄った。
 しかし、カウンター間近で口を開こうとした理津子の耳に終業のチャイムが聞こえてきた。

「あ、あの済みません!」
「あ、大変申し訳ありませんが本日の業務は終了しました。また明日お越し下さい」

 理津子が僅かの希望を込めて声を掛けた相手は、サッサと帰ろうと彼女の目の前でこれ見よがしに仕事道具の片づけを始めた。
 それでも理津子は諦める気はなかった。

「召喚状が届いたんで来たんですが、取り次いで貰えませんか」
「あ〜? なんだ? 変なオンナがきたなぁ。もう終わったって言ってんだろうが、さっさと帰れって」
「・・・・・・!!? 何ですって」
「おいおいお前耳悪いのかよ。もうこっちの仕事は終わったんだからお客様面してんじゃねぇよ」
「この・・・・・・ぉ。(ギリギリ)」

 どこにでもいるイヤな奴に当たってしまった理津子は、目の前がクラクラする位ハラワタが煮えくり返った、が、今はこんな大した男じゃない奴に関わっていてもしょうがない。

「お? なんだ? へ、ほらほらこっちはもう仕事片して帰るところなんだぜ、早く行った行った」

 この時理津子は喉の奥に熱くて冷たく硬い物をつっかえさせている気分になったが、無理にそれを落ち着けた。
 ちなみにまだ周りに別の所員達もいるのだが、誰も彼に関わるのがイヤなようで理津子のことを気の毒そうに見ているだけで何にも手助けはなかった。

「お・・・、お願いします。今日が締めきりなんです、どうにかなりません事」
「はっ! おいおい、ここはな? 法律を守らせるためにあるんだぜ。その裁判所の人間が決まりを破るわけには行かねえんだよ。そんな事もわかんねーのかなぁ」

 得てして、この手の人達はなまじ正論を振りかざすからやりづらい。

「第一あんたなんでこんな所に用事があるんだよ。何か変な事でもやったんじゃないの? イイ歳してヤンキーのレディースみたいに金髪に染めてよぉ、アンタ恥ずかしくないわけ? オレ達は法律を守る正義の味方なんだから、チンケなバカ相手にダラダラやってるヒマなんか無いんだからサッサと行ってくんな」

 ヘラヘラと、何か勘違いしている職員を前に理津子はMK5(化石化した死語)だったが、虚ろに闇く燃える視線をその男に向けてフラフラと扉の外へ出ていった。

「ハハ まったく困ったオンナだぜ。そう思うだろ?」

 と彼は同僚達に同意を求めるが、『困った奴はアンタだアンタ』的な視線が返ってきた。
 しかし、だが彼の瞳にはそれすらも同意の印と受け取れたらしく「そうだよなぁやっぱり、うんうん」と肯いていた。





 フラフラと建物を出た理津子は、力尽きたようにベンチに座り込んだ。
 あの職員の物言いにもハラワタが煮えくり返ったが、それ以上に目的を果たせなかったことに落胆していた。
 確かに郵便物をチェックしなかった自分が悪いのだが・・・はあぁあぁあぁあぁあ〜。
 理津子はガックリと肩を落とししばらくそうしてサメザメと泣いていた。
 ふと気付くと辺りはすっかりと薄暗くなっていた。
 午後7時頃
 はぁ、と理津子は溜め息をついた。
 ふぅ、と美里は溜め息をついた。
 そこで初めて理津子は隣りに美里が座っていることに気付いた。

「あら、美里じゃない。どうしたの? こんな所で」
「どうしたもこうしたも・・・・・・で、どうだったの? 用事は・・・って上手く行かなかったのね。・・・・・・何があったのよ」
「別に・・・って言いたいところだけど・・・そうはいかないか」
「当たり前でしょ。結構手酷い打撃を被ったんだからさぁ。で、何がどうしたわけ」

 美里は普段学校の生徒達の前では見せないしんみりした態度で理津子に訊いた。

「アナタなら知ってるでしょ、アタシが大学時代に代理母になった事件・・・」

 それを聞いた美里は思わず口が重くなるのを感じた。
 あの当時はどんどんお腹が大きくなる理津子を見て何やらからかっていた美里だったが、あの時まで理性と倫理の塊と思いこんでいた親友が子供を産んだ時から人が変わった様になったかと思えばその直後に何とその子供を連れ去って逃げ出してしまったのだ。
 その事は美里に対して大きな衝撃を与えていた。
 それ以来、子供を産むという行為に対して得体の知れない恐怖感を持ってしまい、その所為かどうか現在未だに独身。
 だがそんな事はおくびにも出さず極めて軽い口調で聞き返した。

「ああ、そう言えばそんな事もあったわね。うん、で、それからそれから?」
「・・・でね、結局あの子は両親の元に連れて行かれちゃったわけなんだけど」
(あっちゃ〜、理津子のヤツ未だあの子に対して未練タラタラって奴? 連れてかれちゃったなんて)
「今回の騒ぎで、あの子だけがこっちに来ちゃったから私が引き取らないかって事になったのよ」
「え・・・・・・? ホント!? 良かったじゃないの理津子」
「・・・・・・・・・だから! それがついさっき潰えてしまったんじゃないの!! 何のためにアナタにさっき車を飛ばして貰ったか分かってるの?!」
「そんな・・・だって、間に合わなかったの? 申請すれば延期して貰ったりとか、出来ないの?」
「・・・・・・聞いてこなかったわ」
「理津子にしては珍しいポカミスね」
「だって、滅茶苦茶腹立つバカヤロウが受付してたのよ!! 1秒遅れたからって何だってのよあの態度は! 人が金髪に染めようが30才で独身だろうが人の勝手でしょう!? あ〜まったくぅぅぅう」

 突然髪の毛を掻きむしって吼えだした親友に新たな一面を見た美里は一歩引いた。

「あ〜、理津子さん?」
「なによ美里・・・その目は何?」

 及び腰で話し掛ける美里に胡乱な物を感じたのか理津子はジト目で彼女を見つめた。

「え、あはは、いえ何でもありません・・・・・・(逆らっちゃダメ、実験台にされちゃう)」
「とにかく、間に合わなかったのよ。チクショウ、こんな事だったら例え母さんに頼まれたからってGGGの手伝いになんて行かなきゃ良かったわ」

 が、その場合首都圏は壊滅していたかも知れない。

「GGGって、時空統合直後に事態の説明を行ったあのGGG? 」
「ええ、ちょっとね。詳しくは聞かない方が身の為よ」
「あははは、そう・・・。・・・・・・こんな所で油売っていても話は始まらないわね。帰りましょ」

 確かに、すっかり日の沈んだ広場に疲れ果てたふたりの女性が意気消沈していたら妙な軟派野郎がしゃしゃり出てきたりして鬱陶しいことこの上ないし、何よりも後ろ向きだ。
 ふたりはトボトボと車道に近寄った。

「へ〜イ! タクシー!!」

 美里は走ってきたタクシーに手を振り、それを停めさせた。

「あら美里、自慢のクルマはどうしたの?」
「・・・・・・・・・・・あのねえ、私は理津子に言われて頑張ったのよ?! それこそ普通だったらどんなに急いでも9分は掛かるところを何と4分間で! 一発免停よぉ〜トホホホホホ・・・」

 美里は泣きながら罰金が記された紙片をヒラヒラと理津子の目の前で振った。
 それを見た理津子はそこに記された金額にギョッとして目を見張る。
 へー、罰金て意外に高いのねぇ。
 とは言え、一般道での時速200キロオーバーでは釈明の余地もなかった。
 その場で逮捕されなかっただけでマシである。少なくとも教員という職業に少しばかりの信頼感がこの世界には残っていたようだ。



 ともあれ、ふたりはタクシーに乗って理津子のアパートに向かった。
 罰金とタクシー代を理津子持ちにする事を美里は忘れていなかったが。

 で、ふたりはやけ酒をするため美里のアパートに置いてきた缶ビールを取りに行き、理津子の部屋に向かった。
 少なくとも理津子の部屋の方がかなり「絶対に、比べる方が失礼なほど」綺麗だからだ。
 何しろ、台所の流しの中に何年前から浸かっているか分からない食器が、茶色とも水色ともつかないどろりとした、新しい謎の生き物でも発生するんじゃないかと思われる謎の液体に浸されているのだ。
 だけど不思議と蛆が湧いたりはしていないようだ。流石に汚すぎて蝿も近寄らないらしい。
 そんな様な状況だったから、潔癖性の人間なら半径50メートルは近寄れないはず。
 さて、ふたりが理津子の部屋の前にたどり着き、鍵を開けようとした所。鍵は開いていた。
 さては慌てていたから閉め忘れたか、と思いついた瞬間、中から人の声が聞こえてきた。
 ふたりは緊張して中の様子に耳をそばだてた。
 すると、・・・・・・・・・。


<では特集です>
『ハイ、イヌさんは坂本さんチの太郎君ですか〜。コンニチワー』
『キャンキャン』
『アナタの特技はナンですかー?』
『キャンキャン』
『あ、それではこのビスケット上げましょう。今日バスの中で席を替わったお婆さんに貰った物なんですよー』
『わんわん』
『美味しいですかー、よかったですねー』

 なでなで

『うー、ワンっ!』
『あうー、取りませんから噛み付かないで下さいー。しくしく・・・・・・おいしいですかぁ?!』
『わんわん』
『そうですか、私は美味しいと言うことが良く分からないのです。良かったですねイヌさん』

<と言う訳で、今日は来栖川重工製の最新式テストモデルのHM(ホームメイド)を取材してきました>
<へー、凄いですねぇ。まるで意識というか、自分の心があるように見えますけど>
<はい、実はこのモデルは市販のHM−12と違いまして、特殊な人工知能プログラムを搭載しているようです。実はスクープに近いのですが、このモデルは市販される予定はなかったらしいのですが、たまたま今回の時空融合現象の混乱による危機感から公開の運びとなったようです>
<ハァ成る程。確かに色々な世界で人工知能の開発は進んでいるようですから、来栖川首脳陣としても技術力の誇示という点からも他世界の技術に負けるわけには行かない、と言うことでしょうか。そう言えば、ムーの人型アンドロイドなどは見た目じゃ人間と区別付きませんものね>
<ええ、一週間前にも春風高校に入学したロボットを取材しましたが、あのロボットのR田中一郎君など市井の発明家が作り上げた物ですしね>
<はい。でもR田中一郎君にはモデルとなったロボットがあったそうですけど。成原博士は確か・・・確かアル・・・アーカソイドとか言う種類のロボットで名前がオンディーヌとか、何でもドブ川に捨ててあった物を成原博士が拾ってきて修理して上げたお礼に、とのことでしたが。まあ、モデルがあったにしろ一般で人工知能を作り上げたというのは凄い快挙な事ですけど>
<なるほど。しかし、こんなに温かい心を持った良い子が町中にいると言う事は、この世知辛い世の中への一服の清涼剤となるようなそんな気がします>
<では続いて明日の天気予報です>


「ニュースね」
「ええ、正確に言えばNipponHousouKyoukaiの7時半からのニュース特集ね」
「理津子、テレビ消し忘れた?」
「いいえ、第一ここ半年TVなんてつけたこと無いわ。ニュースならネットで分かるし」
「理津子ならそうよね。って事は・・・空き巣?」
「まさか、人のウチに勝手に上がり込んでぬくぬくとニュースを見てる空き巣がいるもんですか」
「分からないわよー。世の中どんな馬鹿者がいるか分からないし。第一空き巣をするようなバカが一般常識持っているなんて変な話じゃない?」
「・・・確かに、一理あるわね」
「じゃあ、声を潜めて、まず私が入るから。異常事態が起こったら直ぐに警察に知らせてね」
「ひとりで大丈夫?」
「任っかせなさ〜い。こう見えても軍隊式護身術を身につけてるんだからね」
「そう言えば加持君と一緒に一時期そんな事やってたわね」
「・・・・・・また、そういう事を言うし。じゃあ、行くわ」

 そう言うと美里は音を立てないように慎重に扉を開くと、その中へ身を潜らせていった。
 理津子は心配そうにそれを見ていたが・・・・・・・・・・・・・・・「あっ!」  ドタドタ! シーン。
 美里の驚きの声の後、少し騒がしくなったかと思うとまたも聞こえてくるのはテレビの音だけになった。
 理津子は直ぐに携帯電話で警察に連絡を取ろうとしたが、突然3本も立っていたアンテナが全部消えてしまった。
 いきなり使用台数が増えたとは考えづらい、まぁ集団下校中の女子高生の集団とか、第3新東京見学に来た修学旅行の団体が来たとでも言うのなら話は別だけど(正解です)、こう云う場合は妨害電波というのが正解ね(外れです)。
 手強い、と考えた理津子は何も考えずに自室に踏み込んだ。
 案外、こう云う場合相手を圧倒するほど毅然とした態度を取ればコソ泥など気にすることはない、と理津子は踏んでいた。(実際はそんな事はなくて、逆襲に会います。そうしたらコロされるか犯されるか。どのみちタダでは済みません)

「美里! 大丈夫!?」
「リっちゃん!? なんですかリっちゃん! 土足で家にはいるなんて。お母さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「えっ!?」

 ダンッ! とばかりに踏み込んだ理津子を見て、第3新東京大学の十傑集、赤木奈緒子教授は声を荒げた。
 意外な人物が意外なところにいた事で理津子は仰天した。
 まぁ仕方あるまい。彼女ら親子は同じ第3新東京市に住んでいながら滅多に顔を合わせず暮らしていたのだ。
 偶に会うとしたら、理津子がお祖母ちゃんと猫ちゃん達 ♪ に会いに奈緒子の家へ行った時、偶然会う事があるくらいだ。
 その人物が何故、ここに?
 その時、理津子は先に入った美里が荒縄でグルグル巻きにされて床に転がっているのに気付いた。

「美里、何してるの?」
「うーっうーっう〜〜〜」

 唖然とする理津子に美里は必死で訴えかけていた。
 そう言えば、こう見えても赤木奈緒子教授は女子薙刀部の顧問を務めるほどの女傑としても有名であった。
 厳格な母親に育てられた奈緒子は文武両道に秀でていることが当然として育てられたため、その腕前は師範級であり、第3新東京大学では形而上生物学部の教授にして今日の午前までGGGで一緒にいた碇流槍術の碇唯と並び称されていた。
 第3新東京大学では他にも那須与一の流れを汲むとされる聖美流弓術の伊吹摩耶博士とかフェンシングの使い手の日向誠や天然理心流の青葉樹や六分儀流十手術の碇源道等々、頭だけ肉体だけの両端に分かれることなく両方に優れた人間を育てるべく欧米型の大学を目指し作られた。
 そうでなければ神学科の流れを汲む形而上生物学等と言う学科が存在することはなかったはずだ。ヨーロッパでは神学のない大学は工科大学と呼ばれ区別されていた。
 所で話は戻る。
 床に転がる美里を見て、「相手が悪かったわね美里」と呟いた理津子は慌てて靴を脱いでいた。
 流石にあの母親には敵わない。だから普段は避けているのだが。

「今晩わ母さん。どうしたの急に」
「どうしたもこうしたも、私の代わりに色々手を掛けて貰ったからお礼しようと思って手料理を作ってきたのにぃ」

 既に初老に手が届き掛けている年齢の割にはお茶目な仕草が目立つ奈緒子の言葉に、理津子は少しばかり腹が立った。
 そもそも奈緒子が理津子に用事を押しつけなければ、あの子は私の手元にいたはずなのだ。

「そう、用はそれだけ?」
「あ〜ん、もう。リッちゃんたら何を拗ねてるのよ」
「拗ねてなんかいないわ!」
「お〜怖。それから、できればもう少し声を小さくしてくれない? 葛城さんもいきなり大声出したから少し静かにして貰ったんだけど」
「うーうーうー」 (泣)
「「無様ね」」
「むぅううう〜ん」
「それはさておき」

 奈緒子はサッサと美里を放って置くことに決めると話を進めた。

「リッちゃんに色々と面倒掛けちゃったから。色々手を回しといたのよ。それからねリッちゃん」
「何よ」
「役所から何か来たら直ぐに対処し解かないと、後々五月蝿いからね、税金とかなんて特に。だから何時でも気を付けときなさいな」
「母さんには関係ないでしょ」
「アリアリよ。まったくもう、一昨日に調べたら2週間前に発行された召喚状の期限が今日だったじゃない。もう、昨日の仕事はキャンセルして慌てて代理で手続きしといたんだけど、良かったわよね」
「手続き・・・手続きって、まさか!」
「あ、そうそう言うの忘れてたっけ。ゴメンゴメン。むかしリッちゃんが代理母になって産んだ麗ちゃん引き取ってきといたから」

 それを聞いた瞬間、理津子は目を剥いて奈緒子に縋り付いた。

「麗、麗はどうしたの! 」
「ちょちょちょちょっと落ち着いて、冷静になって」
「落ち着いてなんかいられる物ですか!」

 理津子は奈緒子の首に手を掛けて前後に揺さぶりだしたが、その時寝室のフスマが開いて中からブカブカのパジャマを着た蒼髪の女の子が寝ぼけ眼で姿を出した。

「ダレ?」

 その姿を見た瞬間、理津子は奈緒子の首を掴んでいた手を離した。

「あ、あ、あ・・・」

 そのまま跪くと理津子は麗の体をギュゥウウウっと抱きしめた。
 暫しそのまま、














「おばあちゃん、この人ダレ」

 麗は昨日久しぶりに暖かい環境で安心して眠れた事から祖母になる奈緒子と曾祖母の亜希子にすっかり懐いていた。
 ただただ嬉しくて抱きしめるので精一杯の理津子に代わって、奈緒子が麗に紹介することになった。

「この人がアナタを産んだヒト、そして今日からアナタのお母さんの赤木理津子よ。仲良くしてね」
「おかあさん」

 その一言はそれまで何も言えず抱きしめるだけだった理津子のハートにズーンと来た。 おかあさん、そのフレーズが理津子の頭に木霊して離れなかった。
 さてその後は泣きじゃくる理津子とそれに釣られて一緒に泣き出してしまった麗、ふたりを落ち着かせようと慌てる奈緒子に、グルグル巻きのまま貰い泣きする美里と大混乱で時は過ぎていった。
 で、3時間後、ようやく落ち着かせた理津子と共に麗を寝かしつけて(当然だが、子育てについて理津子は余り詳しくなかったので、奈緒子の厳しい指導の元、子守歌を歌いながら添い寝を敢行した。非常に嬉しかったそうである)3人はキッチンで祝杯を挙げていた。
 ちなみに、先ほどようやく思い出して貰った美里はようやくグルグル巻きから解放して貰っていた。
 積もる話もたけなわになった頃、奈緒子はようやく切り出した。

「ねぇリッちゃん」
「なあに母さん」
「私の母さんも曾孫が出来たって言って喜んでるし、アナタも何かと多忙でしょ。家に来ない? 私も私の母さんも女親だけで子供を育ててきたから苦労が分かるのよ、だからアナタに苦労を掛けたくないの。分かるでしょ」
「・・・・・・ちょっと考えさせて」
「もちろん強要はしないわ。でもね、私も私の母さんもひとりで子供を育てられたわけじゃないの。私は私の母さんに、私の母さんは私のおばあちゃんに、話によると私のおばあちゃんは私の曾おばあちゃんに子育てを手伝って貰ったって事だから・・・なんかイヤな家系だわね。親子代々に渡って母子家庭だなんて。その点、葛城さんは良いわよね。お父さんはあの葛城先生だし、お母さんもご健在でしょ」

 それまでしんみりと赤木親子の話を受け身で聞いていた美里は突然話を振られて驚いた。

「は、ハイ。未だに新婚ラブラブ状態でして、当てつけられてイヤだったから家を飛び出して来ました。アレ? 赤木博士はウチの父を知ってるんですか?」
「ええ、直接の知り合いって訳じゃないのだけれど。酒の席でウチの教授のひとりでアナタの教え子のお父さん、碇源道教授の中学校時代の恩師がアナタのお父さんだって言ってたわ。良いわね、親子2代で中学の先生だなんて。羨ましいわ」
「あはは、なんか照れますね」
「照れて頂戴、存分に。私達親子、いえ、私達の家系の女達がずっと手に入れようとして得られなかった物をアナタの親は持ってるんだから。羨ましいってよりねー、恨めしいって方が適切かもねー」

 そう言って向けられたふたりの視線は美里の胸に突き刺さった。
 超怖かった、と後に加持となった美里は結婚式の披露宴で理津子に告白した。

「話は変わるけど、今回の法令で養子縁組が飛躍的に増えたって話、リッちゃんは聞いた?」
「ええ、ネットニュースで見たわ。その時はああそうかって感じだったけど。今から考えるとこれ程嬉しいことはないわ。あの政令がなければ、麗を引き取る事なんて考えられなかったわ。うん、革新的な政策を断行した城戸財閥令嬢にして時空融合孤児援護局局長城戸沙織さんにかんぱーい!」
 そうして宴の夜は過ぎていった。





 さて、結局理津子は麗との親睦を深めるため、7月一杯の仕事を休み夏休み迄の間、麗と家族として暮らすことが出来るように2人暮らしを始めた。
 そしてエピローグ冒頭のシーンへと繋がっている。
 1週間もしない内にふたりはすっかりうち解けていた。
 未だ、時折実の両親のことを思いだし涙に枕を濡らすことも多い麗だったが、優しく包み込む理津子によってここ数ヶ月の悲しさも消え去りすっかり元気で活発な女の子に戻っていた。
 母親としてまだ慣れてない理津子が怪我をするんじゃないかと心配になるくらいである。






「でもさぁ理津子・・・」
「なに? 美里」
「猫好きって所以外に可愛げのない理津子に麗ちゃん預けても良かったのかしら、ってねぇ〜」

 美里の皮肉の効いた言葉にも理津子は余裕を持って答えた。

「あら、だって生活破綻者のヤン・ウェンリーだってユリアンを養子に貰ったじゃないの」
「・・・・・・理津子、あんまりその例えは使わない方が良いわね児童福祉法に疑われるから」
「・・・・・・・・・そう言えばそうね・・・、気を付けるわ」





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