スーパーSF大戦  第16話 I−PART






 突然目を塞がれた。
 私の原型(アーキテクチュアー)である碇ユイの異世界での同一人物である碇唯博士の号令に従い、何故か上位であるはずのGGG長官と参謀が私とアスカの自由を拘束した上で視界を手の平で覆ったのだ。
 その為、現在私の視界は皆無となっている。
 今私に入ってくる情報はごく僅か。
 幸い耳まで覆われた訳ではなかったため、聴覚による判断が可能である。
 隣りに私と同様に座っていたアスカが大音量にて口上を捲し立てているのが聞こえた。
 それと同時に四肢を大きく振るい拘束から逃れようとするノイズも耳朶に飛び込んでいる。
 相変わらず自らの意志を貫き通そうとする彼女の行動力には感服する。
 残念ながら私の肉体の持つ筋肉による筋力では通称「モヒカンマッチョ」と形容されているGGG参謀の拘束を逃れられる可能性は皆無であるため、私は彼女のように無駄に足掻こうとは考えられない。
 何故ならば、私がNERVの軍事教練で受けた「誘拐など特定条件下に於ける行動指針」によれば現状のような状況下に於いては無駄に体力を消耗することを避け、来るべきタイミングに於いて満全の状態で行動すべしと教育されたためだ。
 以前の私だったら、アスカの行動に対しては「無駄」の2文字を以て評価したであろうが、最近の私はシンジくんとアスカの影響により感情に対し以前と異なる反応を見せる様になったと感じている事からも分かる通り現在のアスカの行動に対しても好意的な評価を下していた。
 実を言えば私も先程から、胸の奥底から突き上げるような衝動を抑えるのに必死であったから。
 こう云うことを共感とかシンパシーとでも呼ぶのであろう。
 しかし、気持ちは揺れ動いていたが長年の慣習と後天的な教育の賜物か、恐らく顔面の表情筋は僅かたりとも歪んではいないはずである。
 おそらく以前のアスカが私に対して下した評価のひとつである「人形」というのはここから来た物ではあるまいか。
 それはともかく、情報収集に努めていた私の耳朶に聞き逃せない情報が飛び込んできた。
 それは極小音量の言葉であったが、私の耳にはハッキリ届いていた。


「・・・・・・シンジが死ぬところを、ふたりには見せられないわ」


 碇博士も他人に聞かせる気は無かったのであろうが、私の耳にはハッキリと聞こえていた。
 自分でも分かるほどの焦燥感が沸き起こってくる事が感じられる。
 どう云うことなのだろうか、伊吹博士はサルベージが開始されたと報告していたのに。


「被験者の肉体構成が始まりました。観測によると、構成分子が以前の状態へと復元して行っているようです。凄い! 極微観測器によるとDNAが螺旋状に組み上がって行ってます、どう云う原理で分子を選択構成しているんだろう?」


 ? 伊吹博士の報告では順調に再構成が進んでいる様に思えるけど、何が悪いのだろうか。


「既に体細胞の80パーセントが再構成されました。が、神経系や腺、循環器系の細胞はまだ検出されていません。現在はそれぞれの細胞レベルでの生命活動が確認されています、・・・あ、テロメアーゼが初期値に戻ってる」


 思えばこれが異常事態の端であった、この時には気付くはずもなかったのだけれど。


「カルシウム層の発生を確認。プラグスーツの体勢に合わせて人体を構成する骨格が復元されていっています、同時に神経系、及び循環器系の発生を確認しました。プログラム通り順調にいっています。これなら大丈夫そうですね碇博士」


 伊吹博士は安心感からか溌剌とした感じでそう言った、しかし碇博士はそれに答えなかった。


「?・・・腹膜の形成が始まりました、同時に内臓系も発生しています。それに伴い筋細胞が骨格に付着を開始、予定通り随意筋は弛緩状態で完成するようです。あ、小脳、大脳の再構成が始まりました。ここが一番手が掛かったんですよね」


 伊吹博士の声の調子は完全に上調子になっていた。確かに今までの経過からすると安心するのも無理はないと思うけど、まだオペレーションは終了していない。油断すると何が起こるか分からないわ。碇博士の様子も気になるし。


「既にプログラム全体の80パーセントが終了しています。現在までの所全て予定通り順調にいっています、サルベージ終了予定まであと60秒少々です」


 あと少し、上手く行けばシンジくんが元に戻る。
 油断は出来ないけど、精神の高揚を感じる。
 シンジくんとの絆が元に戻るから?


「身体の再構成98パーセント終了しました。あと10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0! 外観検査、その他異常なし! 続けて心臓マッサージに入ります。ファーストショック、反応無し! 続いてセカンドショック・・・成功です。心拍、呼吸、脳波異常有りません。成功です!」


 伊吹博士の報告が成されると管制室に歓声が沸き上がった。
 皆、如何にシンジくんのことを心配していたかが分かる。
 シンジくんは助かったのだ。
 そう思うと何か堪らなく、・・・眼窩より何かが滴り落ちるのが感じられた。
 わたしの薄い人生経験では正体が分からない。
 これは一体。
 だが確認したくても出来なかった。この期に及んでもGGG参謀は私の両目を分厚い手で包み隠していたからだ。


「お、レイ・・・。泣いているのか?」


 手の平に水分を感じたらしいGGG参謀は私に声を掛けてきた。
 彼がそう言うならまず間違いはないだろう。こう云うときに鼻汁が流れ出すなんて事が・・・あったら幻滅。
 そう、これが涙。嬉しい時も涙が出るんだったわね。


「ハイ、火麻参謀。恐らくそうです。確認したいので手をどけて下さい」
「ああ、そうしたいのはやまやまなんだが・・・」


 参謀は口ごもったまま、手を放そうとはしなかった。
 やがて歓声が鳴り止むと、碇博士が伊吹博士に質問した。


「伊吹さん、サルベージプログラムは?」
「え? あ、はい。予定では蘇生完了後停止することに・・・あれ? なにこれループしてる」
「やっぱり・・・!」


 確認作業をしていた伊吹博士の声に何か焦りの様子が伺えた。
 ギリッと唯博士が爪を噛む音が聞こえて来た気がした。
 そこかしこのコンソールからキーボードを叩く音が聞こえて来る。
 いつの間にか皆、それぞれの役割を持っている人達は無言でキーボードを叩き始めたようで一言の言葉も発せられなくなった。
 さっきまであれほど騒いでいたアスカでさえも、今は沈黙を守っている。
 一度安心した後にこの緊張は精神に負担を強いる。
 胸の痛みが止まらない。


「何これ! 」


 伊吹博士がまた驚愕の声を上げた。
 何故そんなにさっきから驚いてばかりいるの? 非常事態で何が起こるか分からないんだから一々驚いていないで直ぐに報告した方が良いのに。


「サルベージシーケンスが3−5から繰り返されています! サルベージプログラム停止しません!」
「監視を続けて」
「しかし!」
「続けて! 今の私達に何が出来るというのよ! わた わたしたちにできることは みまもってあげることしか できない」


 碇博士の声は、後半から突如不明瞭になってしまった。
 人間は嬉しい時も泣けるが、悲しいときも泣ける。
 そう、悲しいことが起きているのね。
 常に前向きな行動をしてきた博士がそう云う行動を取ると言うのは、よっぽどの非常事態だと言うこと。  胸の痛みは激しくなるばかりだった。


「・・・了解・・・被験者、の観察を続けます」
「免疫系に異常な行動が見られます。自己細胞に攻撃をしています、DNAに異常が発生しているの?」
「! 体温の急激な上昇が発生! 37゜C 39゜C 41゜C!」
「心拍数毎分90、120、180!? 血圧上昇中 鼻腔内より出血を確認」
「血糖値の急激な低下が発生しています」
「非アドレナリン他、脳内麻薬の異常分泌発生、脳神経に変調が出ています」
「自我領域に異常発生。脳波が乱れています! 神経間電流値上限を振り切れています、このままでは脳神経が物理的に焼き切れてしまいます」
「あっ!? 各内臓器に新生物の発生を確認 急速に領域が広がっていきます。信じられないスピードです。腹膜内の主要臓器は完全に新生物化し、循環器系を伝わって急速に転移しています」


 シンジくんを監視している各員から慌ただしく報告が上げられだした。
 新生物・・・癌の事。細胞の新陳代謝が活発な個体ほど転移の速度は速くなる。
 でも、数分で全身に転移するなんて事は有り得ない。


「心拍数急激に低下、あ、停止しました。電気マッサージは!? ダメ、動作していない」
「体温の上昇により細胞を構成しているタンパク質が急激に崩壊しています」
「新生物の発生は停止しません! いえ、免疫機構の崩壊によりかえって増殖速度が増しています。高耐熱タンパク質?!」
「ダメです! 既に人の姿を保つことが出来なくなっています! 神経系は全滅しています」
「発泡性の栄養倉により体積の急激な増大が発生! プラグスーツの変形をモニターにて確認しました」


 くっ! 見えない。邪魔しないで!
 なんとかモニターを確認しようと藻掻いてみたが参謀の手はガッシリと私を捉えて放さなかった。


「放して・・・!」
「ダメだ。絶対にこの手を放すわけにはいかねぇ。すまねぇが別室へ行こう」
「イヤ・・・」


 圧倒的な力により、私の体は持ち上げられた。
 ダメ、この場にいなくてはシンジくんがどうなったのか分からなくなっちゃう。
 必死になって辺りの物に捕まり、手足を突っ張ったが元より絶対的な力の差によって私の体は運ばれてしまった。
 ・・・私は、何が起こっているのか必死で耳を澄ました。
 だけど、いつの間にか皆無言になっていた。
 モニターに注目しているの?
 報告が聞こえなければシンジくんの現状を把握する術が無くなってしまう。


「ウッ!」


 伊吹博士の物らしき呻き声と固体に液体を撒き散らしたような音が聞こえたが、それきりだった。
 恐らく、伊吹博士の吐瀉物が床に撒き散らされたのであろう。
 一瞬、酸の匂いを嗅いだような気がしたが室外へ連れ出されてしまった私達はそれすら確認することが出来なくなってしまった。












 一見すると簡易宿泊施設の様な一室に外から鍵を掛けられ、アスカ共々閉じこめられて1時間が経過したが、未だに何の連絡もない。
 この部屋には一切の端末もない為、地上でのロボット達の戦いもこの深度までは伝わってこない、今の私達には戦いの行方すら調べようがなかった。
 胸の痛みはますます酷くなるばかりだし、アスカもひとしきり暴れた後は糸が切れたように大人しくなって、今はソファーで横になっている。
 身動きひとつしていないが、一瞬も気を抜かずに思考している事が分かる。
 未だ何の連絡もない。


 わたしも、暴れたら気が抜けるのかしら。





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