東京都練馬区。
 その一角に、古い洋館が建っている。
 そこの門扉にはこう書かれている。
 小石川研究所、と。

「…さて、本来ならGW…のはずなんだがな」

 雑誌片手に精悍な顔つきの男が洋館のリビングでくつろいでいる。その眼差しはテレビに向けられている。
 東京という場所柄なのか、テレビはどのチャンネルも映る。内容は時空融合のことについての特番が大半を占める。
 だが、今、男の前でやっている番組は融合の結果、手に入った異世界の――まあ、元の世界の人間から見ればそうではないが――録画を流している。以外にこれが興味深いものだったりする。
 更に面白いのはCMがきちんと流れている事である。

「…やれやれ、経済ってのはこういう大混乱の中でも動くところはしっかり動いているってことか」
「そうでしょうね」

 男の声にいつのまにかリビングに入ってきた白衣の男性が答える。

「僕達が生きていく以上、最低限の経済活動が行なわれるのは当然です。ましてや、企業と言うものは経済活動を行なわないと潰れるものですからなおさらです」
「わかっちゃいるが、な…。で、のぼる。美帆のやつはどうした?」

 男は白衣姿の男――小石川のぼるに尋ねる。

「美帆さんなら今日は高校のほうに出ていますよ。友人がいるかどうか調べてみたい、ということでしたから」
「そうか。…まあ、嬢ちゃんには辛い現実だわな…家がないってのは」
「そうですね。まあ、幸いこの小石川研究所では空き部屋はまだまだありますから、生活には問題はないといえるでしょう。食事他は僕が費用を出しても構いませんし。京志郎君は大人ですから費用は出してくださいね」
「ま、銀行しだいだーな、そこは。で、お前…美帆をここに正式に住人にするのか?」

 精悍な顔の男――今和野京志郎――は白衣の男――小石川のぼる――のほうに目をやる、

「そうですね…彼女は僕のパワードスーツを上手く扱える稀有な人材ですから」
「…稀有って…まあ、物事の確信をズバリと見抜き、すぐに身体で難しいことも会得できる身体能力の高さは認めるがな」

 京志郎はそこまで言って、さらりと流してしまったある事に気づく。

「…高校はここに存在してるのか?」
「建物は高校っぽいんですが、多分、美帆さんの通っていた高校ではないと思いますよ?」
「…さよか」

 可哀相に、と京志郎は誰にも聴こえない小さな声で呟く。
 と、外に自動車が止まる音がする。

「おや、麗香さんでしょうか」

 のぼるの言葉に京志郎は首を横に振る。

「こいつの音はいつもあいつが乗ってくるゴーストカーのエンジンの音じゃないな」
「くわしいですね」
「いったい、あれから何回やってきてるとおもうよ、お前」

 京志郎が突っ込んだ後にチャイムが鳴る。

「やれやれ…どんな物好きがこんなところにやってきたのかねえ」
「区役所を始めとする官公庁関係やインフラ系かもしれませんよ」
「まあ、そっちのほうが普通だわな」

 京志郎はそういうと、玄関に向かい扉を開ける。

「はいはい、何の用かっと…おい」

 京志郎は玄関の前に立っていた小柄な姿を見て唖然とする。

「…なんで、お前がここにいる?」



SSFW OutsideStory
融合とらいあんぐる


2nd Campaign : 救いを拒みし君に捧げる誓い


2nd Chapter : 足音


 5月。
 春もたけなわ、暖かい日差しが優しく大地を照らし出す季節。
 しかし、日本はいまだ混乱の中。
 平和なはずの日本だったのに、今ではそこかしこで破壊活動の恐怖が見られるようになった。
 そう、ここ海鳴でも。
 …もっとも、破壊活動、というものではないのだが。

「♪〜」

 森の中に響く鼻歌。その歌の発生源を追いかけると、一際高い樹木の枝にポンチョを羽織った少女がちょこんと座り込んでいる。
 少女の眼差しが見つめるのは森の中にある1つの池。そして、遠く眼下に広がる市街地。

「うーん、いい感じな世界になったわね」

 ご機嫌に顎に指をあてて微笑む。その微笑みは少女に相応しい可愛らしいものであるが…どこか危険なモノが潜んでいる。

「さて、と…仕掛けるのならこの街が良さそうね。ちょっと手を加えたらできそうだしね」

 誰が聞いているとはなしに言葉を紡ぐ。無論、この場にいるのは少女だけ。
 しかし、少女は近くにいる誰かに話すかのようにこれからのことを話しつづけるのであった。




 場面は変わり、さざなみ寮。

 薫と那美、そして久遠に美緒という顔ぶれでさざなみ寮から山の奥へ入っていったところで少し話している。。
 この山の中への進入は猛獣に対する備えを考えねばならないという愛の言葉により周囲の状況確認を進めている。

「と、いうわけなのだ」

 もっとも確認といっても只、山の中を歩くだけ、それも少しづつ確認範囲を広げていく形で行なっている為、ある意味、暇な作業でもある。
 そういうこともあり、美緒が一方的に2人+一匹に話し掛けている構図になっている。もっとも、その内容を最初は2人共に聞き流していたのだが、今日の朝の話になったら脚を止めてその話を聞くにいたる。
 なにせ、縄張りの確認にいったら虎に出会ったというのだ。

「正直、驚いたのだ。あんなちかくに虎を見たのは初めてなのだ」
「美緒、そういう時はすぐに逃げる」
「む、薫。それは違うのだ。あちきはこのあたりの猫たちのトップなのだ。そして虎といっても同じ猫なのだ」
「それ、絶対に違うとおもうんだけど…」

 美緒の話をまとめれば、虎にであったあと、数分にわたるにらみ合いの末、虎のほうがすごすごと去って行ったということである。
 正直、美緒のほうが強かったのか、虎のほうが腹が膨れていたので興味を失ったのか。そこはわからないのだが、美緒は自分が勝ったと言ってやまない。

「美緒、今日はたまたま相手が興味を失ってくれたからよかったものの、本当に襲い掛かられたら只ではすまない。これからは山の中に1人で入るのは禁止」
「ええー。薫の横暴!」
「他の皆も同様に止める。別にうちが横暴なわけじゃない」
「うー」
「くうん…美緒…1人で…いくの…危ない」
「く、久遠まで…」

 美緒は薫の言葉は余り耳を貸さなかったが、久遠まで止めの言葉がでてきたので流石に考えを変える。

「うう、わかったのだ。じゃあ、そとにいくときは久遠と一緒にいくのだ」
「くうん」

 美緒の言葉に喜びの顔をみせる久遠。
 と、ここで薫は腰を上げる。

「さて、そろそろ探索を再開しよう」
「うん、薫ちゃん」

 那美も頷いて立ち上がる。それにつづいて美緒も立ち上がり、一行は再び歩き始めた。
 一行は山の奥へと進んでいく。と、

「?」

 美緒は何かに気づいたらしく立ち止まる。

「どうしたんね、美緒」
「…なんでもない。誰かに見られてたような気がしただけ」
「誰かに?」

 美緒の言葉に薫が立ち止まり、周囲の気配を探る。
 いろいろと叱る事の多い薫だが、美緒の感知能力と運動能力に関しては一目置いている。その美緒が何かを感じたというのであれば、馬鹿にはできない。

「薫、もういないのだ。もう誰かに見られてる感じはしないのだ」
「…そうか…」

 しばし、気配を探っていた薫だが、美緒がそういうと気配を探るのを止める。実際、探ってみたが相手が周到に気配を殺しているのでもない限りこの周囲には誰もいないということだけがわかった。
 再び歩き始め…今度は薫・那美・久遠が立ち止まる。
 急激な空気の変化を肌で感じたからである。美緒も三人がいきなり立ち止まった事に驚きつつ、すこし歩を進めるが…美緒もその原因を感じる。

「…空気が違うのだ」
「空気や無い…これは、霊力が無かと…」

 美緒の言葉に薫は本当の違いを指摘する。
 那美は手近な草や木々に手をあてる。

「…植物が弱ってる」

 悲しげな声で薫のほうに振り返る。

「薫ちゃん、一体これはどういうことなのかな…」
「今はまだ何もわからん」

 薫は那美の問いに首を横に振る。そのあと、美緒のほうに目を向ける。

「陣内、うちらはこの先を調べに行くつもりだけど何がおるかわからん。陣内はさざなみ寮に戻って耕介さんに寮の方を気をつけるように言っておいて」
「そうだね。あと、美緒ちゃんが寮にいると向こうの危険が少なくなるからお願いね」

 薫と那美の2人に頼まれた美緒はすぐには答えず、2人の眼差しを見つめ、最後に久遠を見る。

「美緒…お願い…」

 子供バージョンの久遠がぺこっと頭を下げる。美緒は1つ頷く。

「わかったのだ。耕介とリスティ、知佳に声を掛けておくのだ」
「頼む」
「ごめんね、美緒ちゃん」

 美緒はぴっと、敬礼するとだっと駆け出していった。
 その脚は薫や那美と一緒に歩いている時以上に早い。無論走っているというのもあるが、けっして足元がいいとはお世辞にも言えない山の中でダッシュできるのは流石は猫又というところである。

「あの脚ならすぐにたどりつくと。那美、久遠。美緒にも言ったけどこの先に何があるかはうちにもわからん。でもこれほどまでに劇的な霊力場の変化を生じさせる以上はかなりの危険を伴う可能性は高い。決して、気を抜かないように」
「うん」
「くぅん」

 薫の言葉に頷く2人(?)。それを見た薫は用心しつつ歩を進める。









 で、薫・那美・久遠の3人は尾根を抜けてさざなみ寮の反対側にでたわけだが。
 結論からすると何も無かったのである。

「薫ちゃん、これはいったいどうなってるの?」
「霊力は徐々に戻ってる感じだし…これはうちらは原因の側を通り過ぎたか?」

 ちょっと情けない顔になる2人。原因に気づかず通り過ぎたのであれば、退魔師としては情けない話であるから当然なのだが。
 2人は腕時計と空を見上げる。

「時間的に見て、道を変えてさざなみ寮にもどるのが一番かな?」

 那美の言葉に薫は頷く。
 霊によるものなら夜のほうがよりはっきりするのだが、如何せん夜は夜行性の猛獣も歩き回る。2人とも夜の山道を歩くことにはさほど危険視はしていないが、流石に勝手の違う猛獣相手の戦闘は避けたい。
 まあ、薫や久遠なら例え剣歯虎相手でも負けることはそう無いだろうが、猛獣の本当の危険は奇襲にあるので一概には言えない。
 かくして2人と一匹はさざなみ寮への帰路へとつく。

「…薫ちゃん、この山の中になにか原因があるのは確か…だよね?」
「…うちの知る限りこんな出来事は無かと。それを行なうのに遠隔地というのはちょっと考えられない」
「そうだよね」

 帰路では言葉少なく戻っていく。
 それでもどのあたりから霊力状態の変化があるのかを見極めつつ、原因と思わしきものは何かを見落とさぬように注意を払って行く。
 そして原因を見つけられぬままにさざなみ寮についたのであった。

「ただいま」
「ただいま戻りました」
「くぅん」

 一行が帰ってくると愛が顔を出す。

「お帰りなさい。疲れたでしょう、お風呂が沸いていますから汗を流していってくださいね」
「あ、ありがとうございます」

 愛の言葉に薫と那美は頭を下げる。
 2人は着替えを取りに行った後、お風呂に向って汗を流すと居間に向う。
 居間には美緒から異常を聞かされていたさざなみの面々が揃っていた。

「おかえり、薫。で、どうだった?」

 耕介が薫に尋ねる。

「はい、結局は原因はわからなかったんですが…愛さん。この周辺の地図ってありますか?」
「はいはい…たしかここに…はい、どうぞ」

 愛は電話の下の台に入っている地図帳を取り出す。

「それ…今だと旧いものだけど大丈夫なのかな?」

 リスティの突っ込みに皆が苦笑する。

「ま、この周辺には建物ないし、道路の有無ぐらいしか変わりないからいいんじゃない?」

 真雪がそう言う横で薫はさざなみ寮周辺の地図を開く。

「うちらが歩いたのはだいたいこのあたりになりますね」

 薫はそういうと指で歩いた道程をなぞっていく。地図でみるとさざなみのある山をぐるりと一周した感じである。

「うわ…これ、凄い距離だねえ…」

 知佳が単純に歩いた距離に感心する。距離にすると6〜7kmか。足場の悪い山道ということを考えれば相当なものである。

「で、きちんと測ったわけでもないので大体なんですが…このあたりから霊力の状態が変化していました」

 薫はそのまま、説明を続けていく。歩いたルートに応じた変化状況、そして森の様子などを話して行く。

「ふうん…これはこれは…」
「真雪さん?」

 説明に耳を傾けながらもじっと地図を見ていた真雪は何かに気づいたかのように立ち上がると自室から定規とシャーペンを持ってくる。

「ま、素人考えだけど」

 真雪はそういうと薫と那美に霊力が変化したというポイントを確認した後、愛に地図に線を引いて良いかの了承をとりつけ、線を一本引く。

「単純に考えてこの二点を結ぶ直線が境界線になるわけだ。まあ、実際は円状で曲線を描いてるかもしれないけど、な。そして徐々に薄まる…まあ、今回、神咲姉妹が一番遠くまでいったというこの地点を向い側としたこの三角形。
 さあて…この中にあるのは…」

 地図上に描かれた三角形。その中には二つの池、桜並木、そして…

「…氷那社」

 二つある池の片一方の側にある小さな社。

「ま、霊的な話でなにかしらの原因を考えるならここになるんじゃない?」

 真雪の指摘に考え込む神咲姉妹。
 しかし、耕介がここで口を開く。

「たとえ、そうだとしても…どうして今、そんなことになったんだろう。この社は昔からあるわけ――だよね?」

 目線だけでこのあたりの地主でもある愛に目を向ける。向けられた愛は僅かに間を置いて、頷く。

「昔からあったわけだから、社そのものに原因があるとすればもとからそうなってるはずなのに…」
「いえ、逆ですね。うちらはここの池に融合後は近づいていません。陣内も行った事は?」
「あちきもない」
「ということは…この氷那社が消えている、ということもある。その結果、社で押さえていた何かが原因になってるかもしれない」

 薫の言葉に納得する一同だったが…

「薫。悪いけどそれはない」

 リスティが否定する。

「リスティ、どうして?」

 愛が尋ねる。

「この社って池の側にある小さな置物に近い社だよね?」
「ああ、そうだけど」
「それなら空を飛んだときに見た。社はあったよ」

 リスティの答に再び考え込む一同。
 そしてしばらくの後に、

「答を焦る必要もないだろう。今日は薫も那美さんも疲れただろうから明日、この周辺を探索して原因の追求にあたればいいし」

と、いう耕介の言葉で原因についての話はそこまで、となった。
 そして、皆が思い思いにくつろぎ始める。
 そこで那美は薫に声をかける。

「あ、そうだ…薫ちゃん。月村さんや綺堂さんにも声を掛けておいたほうがいいかな?」
「…さくらに…月村さん?」

 薫は少し首を傾げる。それは何故、ではなく、誰、という意味。

「あれ、薫ちゃん、月村さんにあってなかった?」
「合ってたかもしれないけど…覚えてなか」

 那美は薫に月村が誰なのかを伝える。

「ああ、さくらの…しかし、これはうちらの問題――」
「だけですむと思う…?」
「…」

 これは自分たち退魔師としての領分であり、あまり迷惑を掛けるべきではないと思う薫に対し、言葉を返す那美。その言葉に薫はしばし考え込み、

「そうだな…もう、うちらだけの問題ではなかとか…じゃあ、那美はその月村さんに。うちはさくらに声を掛けておくから」
「うん」

 薫の言葉に頷く那美であった。





 えー、諸般の事情により、約一年間実家を離れ、パソコン自体に触れない日々がつづいていましたが、こうして久々に投稿することになりました。

 …実は今回のこの話から、投稿の段階でhtmlファイルにして投稿しています。これで投稿後、早めに掲載されるか。
 もっとも、書く速度が大きく落ちるので実際問題どっちがいいか悩みどころだが、他人に迷惑を掛けないというのがやはり大きいかな。


 まあ、慣れないことをやっているのでMissが増えることはほぼ確定かのぅ…。その辺は掲載後もちまちまと修正していくかと…。