作者:独逸人じゃーまんさん
私はこの高校で29年目を向かえる。幽霊になって実に28年目。
心残りがあって、ずっと…この場所にとどまっていたけど。
真一郎くんに会えて…そして、心を通じ合わせて。
さくらには迷惑をかけてしまったけど…多くの友人を得ることができて。
…そして、私は決めていた。
直に消えてしまう道を選んだことに後悔はない。私は本来ならこんな幸せな時間を手にする事などできなかったのだから。
だから真一郎くんが将来を決めたら…すなわち高校を卒業したら、私も卒業するつもりだった。
そう。
本来ならそうだったというのに…。
時空融合の結果がそれを遮断してしまった。
地脈の変化の結果…私は自分の霊格に対し、枯渇気味だった霊力状況であったがために、大量の霊気を吸い込んでしまった。
これはもう、自分の意志では押しとどめる事ができなかった。
その結果…身体――まあ霊体だから本当の意味ではちがうんだけど――がその急激な変化に適応できずに最初の三日間はかなり危険な状況にあった。
幸い、4日目にはとりあえず身体を保つことができたんだけど…もし、あそこで流されてたら真一郎くんにおおきな迷惑をかけてしまうことは確実だった。
それでも。
私への霊力の過剰な流入はとどまらず、結局漏れ出してしまう霊力を納めるがために私は常に実体化する道を選ばざるをえなくなった。
それでも流入超過だから…どこかにひずみがでる。
薫のいうとおりだ。
でも…消えることは出来ない。
この過剰に流入する霊力が原因で。
悪いモノを自ら生み出してしまう状態になっていることでも。
けれど…変化した地脈によるものである以上、私ではどうしようもない。止める事なんてできない。
しかも私がここを離れるわけには行かない理由があるのに加え、この地に縛り付ける呪縛さえ強くなってしまい、ごく一定の場所を除き――というより、さざなみ寮周辺だけ――移ることが出来なくなってしまっている。
なぜ、さざなみ寮周辺にだけ移ることが出来るのかはわからないけれど…。
すくなくともこの変化については深く考えないことにしよう。
…。
…いや、考えなくはない。
地脈が変化したからといって、ここまで霊力が流入してしまうものなの?
…と。
日にちはしばし過ぎて5月3日。
外の様子がテレビを始めとした報道でわかるにつれて大変な事態になっていることが解り始める。
とくにおおきな事件といえば川崎にあるGGG周辺の戦闘。
青い正8面体の謎の物体が破壊活動をおこなったということ。
そして、それと戦う巨大ロボットの数々。
アニメの世界が現実になってるという事実はある人は狂喜乱舞し、ある人は夢でもみてるのかと疑心暗鬼になる。
変わったことといえばそれだけではない。
東京の帝都区では降魔と呼ばれる悪魔や蒸気で動くという二脚歩行ロボットが暴れ、それに対抗する帝国華撃団という団体の活躍。鎧甲冑を纏った騎士がそういった異形のものを倒す…そういう映像が報道された。
海鳴市においても、ちょっとした騒動が起きる。
それは風芽丘高校であった。
「はあ…真一郎ー」
ここは翠屋。そして俺はそこで働いている。
「ゆっこー、俺はバイト中なの。絡まないでくれ」
「あはははー。…でもねー。頭の痛いことが起きたんだよー。真一郎にも関係あることなんだ」
「…俺に?」
俺はゆっこの言葉に興味を持つ。
「…聞きたいけど、バイト中なので付き合えない」
「でも、お客…今、私だけだよ?」
まあ、もうじき8時…ラストオーダーの時間になる。
「だけどなあ…」
俺が渋ってると、店長…高町桃子さん…がゆっこの注文した品を自ら持ってくる。
「相川くん。鷹城先生と話をしてもいいわよ」
「でも…」
「いいの。店長がいってるんだから気にしない。それに、今日は客はもう終わりだしね」
そういって、もう一品俺の前に差し出す。
「はい、夕食の差し入れよ」
「て、店長…」
「気にしない気にしない。両親と連絡全く取れてないんでしょ」
「え、ええ…まあ」
「桃子さんにもこういう親切させて頂戴ね」
「…では、ありがたくいただきます」
「はい」
俺は店長から差し入れになるパスタとサラダを受け取るとゆっこと相席する。
「で、ゆっこ…なにがあった?」
「高校で…凍傷者がでたの」
「…凍傷?」
「そ」
「誰が…?」
「いま、高校に住んでいる人たちに。話を聞いたらちょっと困った事になりそうなんだよ」
「話って、どういうのだったの?」
「あのね…その子がいうには…」
4月27日の明け方ごろ。
その小学生は…
「まて、小学生?」
「うん、そう。両親どころか家も無くなった子なんだ」
「なんでそんな事態に?」
「なんでも夏休みに知り合いのところでお泊りしたら…って、いうんだって」
「なるほど…」
その小学生は目がさめてトイレに向かったっていうんだ。
だけど、1階のトイレには紙がなかったということで二階に登ったんだ。
で、トイレから出て…ふと廊下――図書室に通じる廊下の方なんだけど――に黒い靄みたいなのがあったから触れてみたら…すごく熱く感じて手を引いたらしくて…。
手が痛んで泣いてたところをその泣き声にきづいた人たちがすぐに保健室につれていって手当てしたから大事はなかったんでよかったんだけど…
「だけど?」
「そのあと、その黒い靄に触れる人続出。結局6人が軽度の凍傷で治療。一人がその黒い靄に全身ふれるなんていうこと行なって病院行き。結局、薫さんが呼ばれてお払いをしてもらったんだ」
「薫さんが…」
「うん」
それでも昨日、同じ黒い靄が出現。しかも夜だったことから気づかずに触れた人が今度は火傷を負ったような感じになって、再び、薫さんが呼ばれ、詳しいことを聞くことになったの。
「…詳しい話…」
「私はそのときその場に居なかったから詳細は聞いていないんだけど…。根治は難しいって答えたんだって」
「ふうん…」
「で、そこで終わればゆっこも悩まなかったんだけど…」
「ん?」
教師の1人…海鳴の外から雇用されて来た人なんだけど…が、ゴーストスイーパーと呼ばれる業界が存在するってこと言って…一回頼んでみようってことになったんだ。
「…その、ゴーストスイーパーってどういうレベル?」
「ゆっこがその席で聞いた限りにおいては…きちんと国家が認定して、免許――いや、資格だったかなあ?――それを発行してきちんとしたプロとして退魔を行なうってことなんだ」
「それって…つまり…」
「薫さんと同じってことじゃない?」
…ということは…
「七瀬が…危ない…?」
「うん。薫さんに話してみるべきなんだろうなあ…」
…七瀬に危険が迫っている…。
「…真一郎、焦ってる」
「当然だ。そんなこと聞いて黙ってられるとおもうか?」
「ううん。真一郎がそういうのだってことは知ってるから」
にこっと微笑む唯子。だが、すぐに真剣な表情に戻る。
「でもね…ゆっこは先生でもあるんだ。生徒に被害がでるようになったら…ゆっこは春原先輩とは反目せざるを得なくなっちゃうんだよ…だから今回の件についてはすごーく頭の痛い問題になってるの」
唯子はそこでしばらく黙り俺のことを見つめる。
「真一郎、先輩を助ける手立てってないかなあ…?」
「それは俺が知りたい。…やはり、薫さんかな?」
「…だけど、その薫さんも…」
多分、手立てが無いんだろう。あれば、高校に依頼された段階でその手を打つだろうから。
沈黙。
「ごちそうさまでした」
2人とも食べ終わったので俺は皿をとって厨房の洗い場に戻す。
「あら、食べ終わったの?」
「はい。どうもありがとうございます」
「いいえー」
店長はラストオーダーの時間が過ぎたのをみて、閉店作業に移行する。
「鷹城先生は?」
と、店長が聞くと美由希ちゃんが、
「あ、会計は終わりました。なんか、相川くん待ちするみたいだよ」
「そう…じゃあ、はやく閉店作業終わらせましょうか」
「おつかれー、しんいちろー」
「みなさん、お疲れ様です。お先に失礼しまーす」
「はい、相川くん、また明日ね」
閉店作業も終わり、午後9時に翠屋をでる。
その場で店長とその家族と別れ、俺はゆっこと帰路につく。
「今日はこのあとどうするの?」
「…七瀬に会いにいこうかとおもってるけど…」
「そっか。じゃあ、そこでお別れだね」
「…ごめんなー、ゆっこ。力になれない上にすぐ別れで」
「ううん、いいよ。気にしなくても」
商店街をでたところでゆっことも別れ、一人風芽丘へと向かう。
ちなみにセキュリティだが…家屋を失った人たちへ一部の施設を解放していることから今現在は稼動していないそうである。
図書室への道のりではペンライトで黒い靄の有無をよく調べてから進む。ゆっこの言葉を信じれば、あまりいい体験とはいえないのがわかりきってるからだ。
「よっと…ほいっと…さて、と…」
図書室の前にまでたどり着く。
「なーなーせー」
「はーあーいー」
かちゃり、鍵が開く音。
「真一郎ー」
内側から扉がひらかれ、七瀬が抱きついてくる。
「久しぶりだねー」
「…明るいなー」
「まあね」
「ところで…この最近の騒ぎ知ってる?」
「知ってるわ。どーせ、そろそろ真一郎のことだから来るだろうなーとは思ってたけどね」
七瀬は立ち話もあれだし、と言って俺を図書室の中に向かいいれて椅子に座らせる。
「で、原因は?」
「…私、なんだよね…今は。でも、私が居なくなっても同じような事になると思うけど」
「なんで?」
「いま、この高校は地脈から霊力が吹き出てる状況にあるの。今もこの高校は凄い霊力の溜まり場になってるんだけど…どうもその霊力が私という存在の影響を受けて微妙に変化したのが黒い靄、というわけ」
「微妙に変化って、どういうこと?」
「ま、それをいわれるとねー。私もただいるだけで悪い影響が出ますといわれてもっていうところだから」
「まあ、確かに。そこにいるだけで周囲に不幸って言われるのはあまりいい気分にはならないな」
だいたい自分が原因にはなっているけど、自分だけが原因じゃないといってもいいしな…。
「で、続きになるんだけど…今、私がいなくなれば、黒い靄は収まると思うんだ。あれは幽霊という私を通してしまったからああいう形に…悪霊のなりそこないみたいな感じになってるだけ、ということみたいだから」
「おいおい…それ、大事じゃあ…」
「んー、太陽の光で消えちゃうし…熱量が単純に周囲より低いだけだし」
「計ったの…?」
「さくらんところにそういう記録があったみたい。ただ、今のようなケースはそうそうないことみたいなんだけど…問題はここからなの」
「ん?」
「私がいなくなれば、ここは単純に霊力が濃いだけの場所になって、さして問題はなくなるんだけど…そういう場所って結構、他の浮遊霊とかを引き寄せちゃうんだ。もし…あんまり良くない幽霊がこの場所を押えちゃうと…」
「大惨事になると?」
「うん。実際、今の私でも結構使える力が強くなったみたいだし…」
ちょっと待て。
「強くなった…って、誰かと戦った、ということだよな?」
「…この場所を奪い取ろうとした変な幽霊とね。どうも、GSっていう職業についている誰かさんに復讐したくて、力を蓄える場所としてここを狙ったみたいだけど…」
「それを七瀬が撃退した…?」
「うん。それもあっという間に。相手がひたすらに弱くなければ…」
「七瀬がそれだけ強くなった…ということか。って、GSってなに?」
「薫と同じ職業の人」
「…なるほど…略称か」
「生前なのか死後なのかはわからないけどね…でも誰かに危害が加わる事が解っていて譲るわけにはいかないからね…」
七瀬はそこまでいうと俺を抱きしめる。
「ね、真一郎…今日はちょっといいかな?」
「お、おい…いきなり…」
「いいよね?」
ちょっと涙目の七瀬。
…そうか。幽霊同士の対決。
それで自分の力を知らずに激突して…相手を消してしまったんだろう。
「ははは…いいよ」
俺は微笑んで七瀬をこっちから抱きしめる。
その日の夜はずっと七瀬の側に居つづけた。いろんな話をしたり、遊んだり…。
まあ、その結果は…。
「ご、ごめん、真一郎…」
「謝る必要はないよ」
軽度の凍傷をふくらはぎに。まあ、ちと、じくじく痛むだけで生活には何の支障もないけどね。
「七瀬のせいじゃないんだから」
「…そういってくれるとかえって心苦しいんだけどなー」
「うーん、そうか。じゃあ、なじってほしい?」
「…遠慮しとくわ。そっちはそっちで真一郎にあわないし」
「つまり、そんなに怖くない?」
「うん」
あはは、と笑う七瀬。俺もそれにのって笑う。
「お前なー」
「でも、本当に怒ると怖いのはしってるんだけどね。時々すごい無茶するし」
「それは性分だからなあ。もう変えようがないな」
「変わって欲しいとも思わないけどね。ただ、死ぬような無茶だけは控えて欲しいな」
「鋭意努力いたします」
「じゃあ、夜も明けてきたし…ちょっと眠る?」
「ここで眠ったら…凍死してそうだなあ」
「あ、いったなあ。でもまあ、その可能性は否定できないのも事実なのよね。じゃあ…今夜はどうもありがとう。いや、昨夜かな」
「ははは…じゃあ、俺はこれで」
「うん。バイトのほうも頑張ってね」
「ああ。」
「あ、でも、もうじき高校再開するらしいんだよ」
「え、そうなの?」
「職員室で聞いた話だけどね」
その後の七瀬の話によると…。
数日前になるが、風芽丘のほうは5月中に再開しようかという話になった。
海鳴中央のほうはなんでも旧校舎(合併前の校舎のことだ)が存在しており、そっちとどうするかの議論の真っ最中ということである。
まあ、おおむねは風芽丘の新校舎で行なう方向らしいが、一時避難所になっている部分もあるため、海鳴中央は先送りになっているらしい。
「こんな状況で再開したら…被害者でそうなのにねえ」
「それを七瀬が言うなって」
「当事者だからこそ、心配するんじゃない。それに再開することになったら、私はずっとこの図書室に棲む変な女になっちゃうわよ」
「…そうだな。って、校内なら歩き回れるんだろう?」
「ま、そうなんだけど。正確にいうなら歩き回れるのはここの校舎とさざなみ寮周辺。薫もなんでさざなみ寮周辺にまでいけるのかはわからないでいるんだけど…」
「さざなみ寮って…ここから遠いよ?」
「ああ、向こうへはふわふわ漂っていくんじゃないの。なんか、瞬間転移ができるみたいんなんだ」
「おお、すごい…」
「あたしにしてみればねー、十六夜さんや御架月くんがいるからかなあ、とおもってたんだけど…」
「違った、と?」
「まあ、そうなんだ。薫が霊剣二振りとも持ってさざなみ寮を離れたんだけど…さざなみ寮には飛べて、薫のほうには飛べなかった」
「ふうん…じゃあ、さざなみ寮になにかあるってこと?」
「さざなみ寮とは限らないとは思うけど。まあ、あの周辺になんかあるんじゃないかっては思うわね。…って、真一郎、そろそろ帰ったほうがいいわよ。時間時間」
「え…」
うわ、寝る時間がなくなる。今日のシフトは午後二時からとはいえそろそろ一度寝ておかないと。
「じゃあ、七瀬、おやすみ」
「本当はおはようの時間なのにね。…おやすみ、真一郎」
すっと俺を抱きしめるとそのままほっぺにキスをして離れる。
「恥ずかしいなあ」
「えへへ」
七瀬は微笑んで手を振る。
「じゃ、おやすみー。今夜はどうしようかな」
「お任せするわよ」
「じゃあ、また今夜」
「はあい」
俺はこうして図書室から離れて家路を歩くことにした。
ああ、なんかだんだん夜型の生活になっていくなあ…。