作者:独逸人じゃーまんさん
否。マンションに戻る前に、俺は変わった体験をひとつすることになる。
自分の部屋のあるマンションの側。
あえていうなら入り口の側に、人が1人いた。
いや、人がいた、ということだけなら目にとまるはずも無い。
俺の目がその人を捕らえたのは、その人の服装にある。
編み笠を被り、巫女服を着た銀のような白い髪の少女。手には錫杖、腰には一振りの刀を下げている。
一見すれば奇異な格好。もっとも、巫女服や式服といったのを平気に着こなす人物を幾人か知ってる俺にしてみれば奇異とはいわないが…。
ともかく目立つ事には変わりない。
それに加え、その少女はあまりに儚げに見えてしまった。
どこがどう…と言われれば。
薄く、透けて見えるところ…が特にそうだろう。
「…あの…どうしました?」
声をかけてみる。
少女は俺のほうに向き直る。可愛らしい、という言葉がよく似合う、お人形のような顔立ち。微笑んで会釈してくる。
「…すみません。別に用、というわけではありません。ただ…」
自分の手をすっと上げて街灯の灯りに照らす。
「もう、時間なんだな、と」
…時間。背景が透けて見えてしまう体。そして、俺は七瀬という人物を含め…幽霊というものを見ている。
「…成仏…ですか?」
「んー、ちょっと違うかな」
少女は苦笑する。
「ただ、一つになるの。もう1人の私と。私が願ってやまなかったものを手にする事ができた自分と」
「…?」
俺は首をかしげる。どういうことなのか?
「…戒めの鎖を断ち切ることが出来たわけじゃないけど…ずっと、側に…あのこがいる風景…。それを手にした自分と一緒になるだけ。だから、悲しいことじゃないんだ」
少女は微笑みながら、それでいて悲しそうな顔をする。
「…ここで出会ったのもなにかの縁かも知れないし…受け取ってほしいんです。この刀を。私はもうじき消えてしまいますから…」
そういって少女は俺に刀をついと、突き出す。
「いや、ごめん…いきなりそういわれても…」
と、俺がそう拒否しようとしたとき。
いままでうっすらとしか透けていなかったその身体が明滅するかのように瞬く。ふたたび、うっすらと透けている状況に戻ったが…。
本当に長くないらしい。
「私、こうみえても人を見る目は確かなんです。親友にどこか似てるような気がするから…声なんか特に…。だから、この刀を預けたいんです。もう1人の自分には必要の無い…ううん、あってはいけないものだから。そして…なんとなくだけど…貴方には直に必要になるような気がするから…」
真摯にそして熱意を持って差し出してくる少女。
刀と…そして少女の身体を見て。
俺はその刀を受け取る。
「そこまで…いうのなら受け取るよ」
「ありがとうございます」
「うん。…そうだ。もしよければお礼になにか…」
懐や鞄の中を捜してみる。
うーん…あ、これでいこう。
「ストラップだけど…これを」
戦前の女学生風のキャラクターを元に作られたものだ。それを少女の手に渡す。
「え、これ…ありがとう」
そのストラップをぎゅっと抱きしめるようにする少女。
「ありがとう…」
と、姿がまた明滅していき…だんだんと身体の透きが強くなっていく。
「あ…」
「お別れ…みたいだね…ありがとう。無茶な願いと…贈り物を」
「俺…相川真一郎、君は!」
「…柚鈴、有馬…柚鈴」
その声を最後に。
少女の姿は消えてしまった。
そこにいたのが幻だったように。
夢をみていたかのように…。
でも、現実だと思うのは…手にしている刀の重み。
「…」
すこし、考えてしまう。
さっきの少女は…たぶん、直に迎えたはずの七瀬の最後かもしれない。
あいつはなにも言わないけど。
あいつはなにも見せないけど。
でも、どこかで思ってる。
「私は救われたい…なんておもっていないんだから」
…あの言葉。
…。
首を振る。考えないで置こう。
少なくとも当面は七瀬は居るんだ。その日がきたときに、考えよう。
とりあえず…。
「明日は鑑定かなあ?」
手にある刀を手にぼやく。しかし、本当に、これをどうしたものだろうか…。
翌朝。刀の鑑定ができそうな人物といえば…ということで神咲さんに見てもらいに行く。ちなみになぜか、高町さん達もさざなみ寮にいたけれど…。 リビングにはさざなみ寮の人間がほとんど(美緒ちゃんの姿だけがない)いた。
「コレ、どげんした…?」
「えーと…幽霊からもらいました」
「…ゆ、幽霊…?」
薫さんは流石にすぐには手にとらず、霊気のほうから鑑定していく。
「わずかに霊気のようなものを感じるけど…なにか影響のあるようなほどではない…ね」
そう、答えた後、鞘を取り上げ。細心の注意を払いゆっくりと引き抜いていく。
「ほう…これはこれは…」
刀と聞いて部屋から出てきていた真雪さんが刀身を見て感嘆の声を上げる。
「波が綺麗だね…」
「これはいい刀だな…」
高町兄妹も賛美する。
「これだけいいのはそうそうないよ。銘は…」
少なくとも見える位置にはない。そのため、
「ちょっと分解してもいいかな?」
「あ、はい」
と、訊ねてきたので了承した。
「…銘は…ないね。無銘だけど…これはかなり名のある刀工の作だと思うよ」
「それだけじゃあないね。この長さは古刀になるよ」
mを超える長さの刀身。そこから真雪さんが答える。
無銘ではあるが非常に良い刀だと見ていた全員が評価した。
その後、登録の方法などについて話し合う。
「幸いというか…今、世間は融合のことの混乱でこういった登録書や、その記録が曖昧になっているところがあるから…入手経緯はどうにでもなるとです」
と、いうことで登録書が紛失もしくはこっちに来ていなかったことにすればどうにでもなるということであった。
この時の俺たちには知る由もなかったが「登録の必要の無い」世界からの出現が多数あったため、この登録制(この当時、ではあるが)は有名無実になっていたのだである。まあ、どの道、登録制度は存続していくのでこの段階での登録届は後の審査が厳しくなることを踏まえると正解だったのであるが…。
なんやかんやと説明を受けていたら昼になっていた。
「お、相川くん。それに高町さんたち、今日は一緒に食べていくかい?」
「え、いいんですか?」
俺はさざなみ寮での昼食をありがたく御馳走になることにした。
ちなみに高町兄妹はお弁当持参だった。
そのあと、アルバイト先がないかどうか訊ねてみた。
「アルバイトか…俺はちょっとなあ」
耕介さんは首をよこに振る。仁村さんたちも今のところはアシスタント募集はしていないということだし、他の寮生も知らない、という。
「…あとは…」
全員の目が高町兄妹にそそがれる。
「…ないわけではない。翠屋でバイト募集中。アシスタントシェフも含めて」
「…ほう?」
「ちなみに時給は?」
「基本は800円。アシスタントシェフの場合はかーさんに聞いてみないと解らないけど…」
腕前や資格などによって左右されるということである。
「…そのバイトは高校生でも可ですか?」
「ん?まあ、可ではあるが…。相川くん…したいのか?」
恭也さんがそう尋ねてくるのでうなずく。
「そうか…じゃあ、母の…翠屋のほうに言ってくれれば多分いいと思う。君なら信用されると思うし問題なく雇ってくれると思う」
すると恭也さんの言葉に真雪さんが訊ねてくる。
「翠屋って、もう正式営業してるの?」
「いや…アシスタントシェフがいないから今は臨時営業時間として12時からラストオーダーが20時までになってる」
「ふうん。ま、美味しい料理の店だからな。開いてくれてると嬉しいね」
真雪さんは時計を見たあと「そろそろ持ち込みようの原稿かかんとな」と呟いて二階へと引き上げて行った。それが引き金になったようにさざなみ寮のリビングに集まっていた面々も自分のすべきことへと戻っていったので俺はお礼を述べた後にさざなみ寮を後にしたのだった。
そのあと、高町さん達につれられて翠屋に行き、簡単な面談のあとで採用となった。
なお、手持ち・預金含め現在5000円ちょっとしかないことを話すと、契約金、ということで3万円をもらうことになった。…ごめんなさい。高町さん…。
まあ、これで俺は生活の糧をなんとか手に入れられるようになったのであった。
もっとも。
すぐに大事件に巻き込まれることになったのだけれど。
それは次の話、ということで。
<アイングラッドの感想>
独逸人じゃーまんさん、一挙に9編もの大量投稿お疲れ様でした。
こんなに気合いの入った事をされると私の方も頑張らねばなりません。さて、では発奮して本編の続きに手を出さなければ。
ではでは。