作者:独逸人じゃーまんさん
時空融合というおおきな激変。
その結果はとてつもない混乱、戸惑い、そして…生活基盤そのものへのダメージ。
海鳴市内についてだけいえば、生活基盤へのダメージは意外と少なかった。
これは海鳴市とその近隣一体が、時間軸のずれはあったものの、空間軸においてはほとんどそのまま出現したため、外との接続に問題があるだけで海鳴市のライフラインの回復は他の地域に比べると極めて早かった。
水道・ガス・電気は融合当日に回復。
まあ、電話回線の復旧は市内に限り4月20日で全面復旧。つづき、市内に限り、郵便配達についても21日に再開することになった。
なお、郵便配達についてはアルバイトを雇う形での見切り発車…であったが。
ただし、市外については各地の事情によりまだまだ繋がらないままである。
このあたりは一地域でどうにかなるようなものではないのでいたし方のないところであろう…。
融合してから一週間がたった。
全国での食料に関する問題は財閥の尽力により回避できたものの、個人レベルにおいてはそれどころではない人物がでてきたのである。
後に世に言う融合孤児である。
「…仕送り…が…無い…」
相川真一郎は預金口座の残高を確認して唖然とするのであった。
残り残高、3584円。
「あと1週間分…どうしよう…」
頭を抱える真一郎。電話連絡もつかず、郵便事情も不明(住所が不明だったり、道が切断されてたりがあり)の現在、彼に家族に連絡をつける手段は無い。
「真くん、どうしたの…?」
一緒にいた小鳥が訊ねる。
「仕送りが無い…」
「え!?」
悪いと思いつつATMの表記を見る。
「…入ってないね…」
「どうしよう…」
「うーん…それなら私と一緒に食べる?」
「御馳走になるにしても…小鳥、まだ帰ってきてないんだろう…?」
「え、あ…うん…」
小鳥は俯く。彼女の唯一の肉親である父親は予定ならもう帰ってきてるはずなのに戻ってきていない。
この事実はこの最近の小鳥から明るさを奪っている。
実際今の小鳥の顔を良く見れば目が赤いだの、クマが出来ているなどの泣き腫らした跡が見えている。
「そうなると…小鳥の生活費も苦しいだろ?」
「そうだけど…」
「…でも、今日はご馳走に成ろうかな」
「…うん!」
俺…相川真一郎はたぶん、孤児になったのではないだろうか。
そう思う。
でも、俺の周りの人たちはいつもと変わらず、暖かに付き合ってくれている。
でも、その変わらないということが嬉しい。
…まあ、まさかそんな思いを抱く羽目になろうとは正直夢にも思わなかったのだが。
この日の夕食は小鳥の家でゆっこと一緒に食べることにした。ゆっこも一緒だ。
聞けば、未来の俺や小鳥に毎日ねだっていたという。そして、毎回御馳走する自分達。まあ、変わらないといえば変わらないが…
「変化があったとすればー、きちんと精算するってことかな。食費はきちんと出してたしー…洗い物なんかはゆっこがやってたのだ」
ということだそうだ。その代わり毎日ねだっていたという。
…本当に雛鳥になったんだな…唯子…。というか、そういう生活だと浮ついたことなんて全くなかっただろうなあ…。
「ん…待てよ?」
俺はここであることに気付く。
「唯子を餌付けすれば俺はどうにか生きられる、ということなのかな?」
「え?」
唯子がほにゃんと首をかしげる。
「あ、唯子…真くんね…仕送りが来てないの。残金約3500円」
「はにゃ」
ここで唯子が餌付けの意味を考えて…
「つまりー…真一郎とゆっこが同棲ってこと?」
「…いや、そこまでしてくれなくても、食費さえ提供してくれれば三食を提供いたしましょう、ということで」
「うーん、なんだー。…でも仕方ないか。ゆっこはもう20台もど真ん中。真一郎は小鳥にゆずらないとだめかにゃー」
さらっと、そんなことを言う唯子。
そして、咳き込む俺と小鳥。
「ゆ、譲るって…」
「…わかんない?」
「…いや、わかるといえば、わかるけど…」
「ずっとさ、幼馴染というだけでそれだけ一緒にはなかなか居られないよ。ご近所付き合いをずっと続けて…仕事で忙しくても会い続けることが出来る人ってのは少ないよ」
この時のゆっこは大人の顔をしていた。いつもの、ほにゃんとした、子供みたいな雰囲気はどこにもない。
「いい年の男と女の三角関係。それが全く壊れる事もなくずっと続いてた…ゆっこは、ううん、ゆっこだけじゃない、小鳥も真一郎も他の人たちを見てきて…自分達がどんな偶然と奇跡の上で子供のころからの距離を保ちつづけてきたのか…知っちゃったんだよね」
いきなりのことでちょっとあせる。小鳥も唯子の思い出のように語る話に赤くなっている。
「…でーもー、それはもうあの日でおしまい。今は、また新しい、でも変わらない絆でつづけていこ!」
…唯子に養ってもらう、という道は諦めよう。
未来の俺達がどんな決断をしたのかはわからないけれど…誰かが――この場合は唯子か小鳥かが――傷ついたんだ。聞いていいものではないし…もし、傷ついたのが唯子であったのなら…。
…かける声が見つからない。
「真一郎は優しいね」
「…顔になんかでてた?」
「だって、真剣な顔で考え込んで。ありがと。小鳥とゆっこのことを考えてくれてたんだよね」
「…まあ、な。でも、さっきので決めた」
「ん?」
「なんとか自力で金を稼ぐことを考えてみるよ」
「…うん」
ゆっこは微笑んで、俺の側にやってくると背中を叩き励ましてくれた。
「頑張れ、真一郎」
一応、男女が同じ屋根の下で泊まるというのは(ゆっこの話のこともあったので)避けて自分の部屋へ戻ることにする。
…と、その前に。
夜の風芽丘高校にたどりつく。あれから一週間。そろそろ会えるのではなかろうか。
門扉に手をかけてみる。…鍵がかかってる。
仕方ない、よじのぼろうか…
「ん…いったい何をしている?」
背後から声。ふりかえれば…手に…小太刀をもった一組の男女がいた。
「…あれ。たしか…相川先輩?」
うち、1人は見知ったことのある美由希ちゃんだ。翠屋や高校であのあとなんどかみかけたことがあるし、話をしたこともある。何時の間にかちゃんづけになってしまったが。
「美由希知ってるのか?」
「うん。相川真一郎先輩…になるのかな?」
「まあ、高校3年生だからね」
「ふむ。美由希の知り合いなら…俺は高町恭也。美由希の兄になる。不肖の妹だがよろしく頼む」
「あ、いえ」
「で、もう一度質問だが…何をしようとしている?」
「いえ…ちょっと知り合いに会いに来たんですけど…」
「夜の高校に?」
「はい…ところでそっちこそ、小太刀を持ってどこへ?
「俺たちはこれからさざなみ寮の近くを借りて鍛錬にいくところだが…」
…そういえば…
「もしかして瞳ちゃんのいってた恭也くんって…もしかして」
「…その、もしかして、だ」
「そうですか…じゃあ、七瀬のことは聞いてます?」
「七瀬…?いや、初耳だが」
恭也さんは美由希ちゃんのほうに目をやる。
「私も知らない」
「そうですか…今は図書室にいるみたいなんですけど」
「…すまないが…その七瀬という子はいったい?」
どう答えるべきだろうか…。って、那美さんと知り合いなんだっけ。美由希ちゃんは。
「恭也さんは神咲先輩の事は知ってますか?」
「ん、まあ…」
「あの2人の職業というか…も」
「…知ってる」
なら、教えてもかまわないか。
「なら、七瀬はそっちの関係になるんですけど…」
「退魔師?」
「いえ、幽霊なんです。七瀬は」
俺がそう答えた時。
「えええええええっ!?」
美由希ちゃんが悲鳴をあげる。
「ゆ、幽霊…?本物の…?」
「うん、本物の。…もしかして、こういう話だめですか?」
「う、うううう…」
美由希ちゃんは恭也さんの背後に隠れるようにして高校を見る。
「…美由希。お前の通ってる高校じゃないか。それに…いつか通う事になるんだぞ…」
「そ、そうはそうだけど…」
「それに図書室によらなければいいだけの…というわけにもいかないか」
ん、何故に?
「うう、読書家につらいことを…」
なるほど。
「でも、七瀬はそんなに怖いものじゃないですよ。どちらかといえばフランクに付き合えますし」
「だいたい、美由希。今更久遠を可愛がっていて幽霊を怖がるというのはどうかとおもうぞ…」
「そ、それはそうなんだけど…」
久遠…たしか那美さんの飼ってる狐だったな。
で、幽霊の話で引き合いに出されて、その上、神咲さんの関係ということは。
「久遠って…ただの狐じゃない、ということですか?」
「…あ」
恭也さんはしまった、という顔になる。
「久遠がなにかは…」
「知りません」
恭也さんはへたりこむ。
「…てっきり、知っているものだと思っていた…。神咲さんと親しいと美由希から聞いていたから…」
「あ、でも幽霊とか妖怪とかの知り合いは多いですし、神咲さん…薫さんとも友人関係にありますので…そう気にする事はないですよ」
「…そうかもしれないが…」
恭也さんはしばらく落ち込んだ後、立ち直って。
「ところで、高校に入るのか?」
「はい…そうですけど?」
「なら、やめたほうがいい。風芽丘はセキュリティの厳しい高校だからな」
ん、初耳だ。
「俺のいたころはそうでもなかったですけど…」
「校舎が合併後だからな…。世間の事情に加えて、昔、あの校舎の中で何者かが暗躍した事があったらしい。死体が二つ、でてきたということだ。それ以降、セキュリティに力を入れ始め、合併を気に大幅に強化した…だったな」
…あははははは…
その事件に関わってますよ、俺…。いづみと弓華のことだな…。
「たしかあれは…」
恭也さんが言葉の先を続けようとした時。
恭也さんはいきなり手にしていた小太刀を一閃する。
「きょ、恭ちゃん!?」
「…石?」
小太刀の一閃で叩き落されたのは握りこぶし大の石である。
「…どこから飛んできたんですか…?速すぎて見えなかったんですけど」
「高校からだ。…なにか、起きてるのか?」
夜の校舎。夜間照明で照らされており、あまり暗い感じはしない。
「…とりあえず、人の姿は無いな。ただ…気配が、妙だ」
恭也さんの言葉に美由希ちゃんも気配をうかがい始める。
「…なにか、いるよね…もしかして幽霊…?」
「七瀬ならこんなことはしないですよ」
石をぶつけてくるなんてことはしないはずだ。相手によほどの敵意がない限り。
「…君の言葉を信じるのであれば…なにか、校舎にいる?」
「…うう、幽霊ではありませんように…」
俺は校舎からグラウンド、そして道場に目を動かしていく。誰も居ない。もう一度、校舎に目を戻す。
…ん?
今、なにか黒い靄のようなものがみえたような…?
「…なにか見つけたのか?」
「…靄みたいなのが…」
「…靄…か…」
恭也さんは厳しい顔つきになる。
「…まさかな。でも、神咲さんには一声かけておくべきだな。美由希。今日の鍛錬は中止してちょっと神咲さんに会いに行って来る。君はどうする?」
「…気になるので一緒に行きます」
恭也さんは一つ頷くと高校から離れ、さざなみ寮のある国守山のほうへと足を運ぶ。
さざなみ寮にたどり着くと、神咲さんを呼んでくれるように恭也さんが頼み込む。
玄関が開かれてパジャマに外套を羽織っただけの薫さんが出てきた。
「恭也くん…どないしたとですか?」
「ちょっと気になる事態があって…一応、お声をかけておこうかと」
「…うちらの領分…ということ?」
「はい。多分、ですが」
「…話を」
「はい」
恭也さんは薫さんに高校での靄のことを話す。
「…なるほど…」
「薫さん。これはあくまで俺の経験からなんですが…その靄は久遠に憑いていた『祟り』かもしれないと推測しているんですが…」
「…どうだろうね。久遠の『祟り』は久遠自体が産み出してしまったものだから…でも、一度見に行く必要はあるね。ちょっと仕度してくるか待ってくれないかな」
薫さんはそういうと一度、さざなみ寮へと姿を消し、数分後に式服を着て現れた。
「…まさか…七瀬を…?」
「いや、それはない。…と、思いたいけど…」
遅れて那美さんもやってくる。こちらは巫女服だ。
「薫ちゃん、私もいくよ。久遠もいるし」
「こころづよかね。じゃあ、いこうか」
再び、風芽丘へと脚を運ぶ。
「ところでセキュリティの問題はどうします?」
「問題はそことね…とりあえず、話をしてみてから考えよう」
そういうと、守衛室に向かう神咲姉妹。そこでなにかを話していたようだが…。
「中に入ってもいい許可が下りたよ」
那美さんが俺たちに声をかけてくれて中にはいることになる。
「…相川くん。春原先輩は図書室とね?」
「はい」
そのまま図書室前へ向かう。
「…なんか、薫ちゃん…すごい、霊圧みたいなのを感じない?」
「感じる。抑制はされているみたいだけど…十六夜」
刀から金髪の神道系の式服姿の女性が現れる。
「たしかに…制御しようとしているようですが…薫!」
十六夜さんの言葉とほぼ同じようにして、廊下の先に黒い霧のようなものが噴出。それはそのままこっちに向かってくる。
「破!」
薫さんが霊剣「十六夜」で一閃。黒い霧は靄となり空気へと溶けて消える。
「…なんだったんですか?」
「純粋な霊力の塊…のようなもんです。ただ、直接、身に浴びるとあまり言い気分ではなかとですから…」
それで切り払って祓ったという。
「でも、これ…七瀬のせいなのか?」
「私はその七瀬さんに会った事はないのでよくわからないんですけど…」
いや、那美さん。あなたは一度だけあってるはずなんですが。
「これはちょっと危険な兆候かもしれませんよ」
真剣なその表情。
「那美さん。私たちにできることはありますか?」
「えっと…美由希さん、恭也さん、すみませんが…多分無いです」
那美さんの答えの後、高町兄妹は神咲姉妹の背後をうかがうように立つ。
「…もうじき図書室ですね」
図書室と書かれた標識が見えてきた。
図書室には鍵がかかっている。そこで那美さんが懐から図書室の鍵を取りだす。
「あれ、その鍵何時?」
「さっきの守衛さんから預かったものですよ」
美由希ちゃんの問いに那美さんはそう答える。
「久遠。悪いけど、那美や相川君達の守りに入ってくれないかな。開けた瞬間に洒落にならないことになるかもしれないから」
薫さんの言葉のあと。
那美さんの頭にくっついていた(そう、いままで頭にしがみついていたのだ)子狐がしゅたっと廊下におりて。
シュポン。
子供に代わった。
頭に狐の耳、後には狐の尻尾が生えていることからこれがさっきの子狐だということがわかる。
「久遠…守る…」
片言な感じで…だけど、決意のある声でその子供はしゃべる。
「えっと…久遠ちゃん…かな?」
「…くぅん」
「無理はしなくてもいいからね」
「くぅん」
優しく声をかけてあげる。
「(よかった…)」
「(まあ、相川くんだからね…)」
小声で囁きあう神咲姉妹。一応は心配していたらしい。
「じゃあ、あけるよ」
薫さんの言葉に全員頷く。
「それ!」
扉は殆ど音を立てずに開いた。
廊下からの灯りで図書室の中が照らされる。
「…恭ちゃん…。なんか冷えない…?」
「…冷えてるな」
那美さんが照明をつける。パッと明るくなる室内。
「いいんですか?」
無造作に照明をつけた那美さんに恭也さんが尋ねる。
「構いませんよ。暗くないと見えない…ということはないですから」
「見難くなることはあるけどね」
薫さんはそういうと図書室の中に入り…
「…んー。神咲か…」
奥から声。
俺はその声を聞いて部屋の中に入る。
「七瀬!」
「…真一郎くん」
図書室の一角から本を片手に持った七瀬が現れる。
「…あれが…幽霊…?」
「…見えないな…」
七瀬は俺の後に居る新顔の顔ぶれをみて首をかしげる。
「だれ?」
そして俺に尋ねてくる。
「えーと…神咲さんの妹さんの神咲那美さん」
「どうも。姉が長いことお世話になりました」
丁寧にお辞儀をする。
「で、翠屋の息子さんと娘さんになる高町恭也さんに美由希ちゃん」
「ふむふむ…ということは、そこの女の子は…薫の娘?」
「なんで、うちにいきなり娘がいることに!」
「冗談よ、冗談。そんなに反応しなくてもいいじゃない。…で、真一郎くんの子供…じゃ、ないよね?」
「なんで、俺の子供になるんだよ…」
「いやー、なんとなく」
「なんとなくって…」
「で、あの子供…何?」
「何って…」
「名前もそうだけど、もの凄い霊力を感じるんだけど…」
「…そうなの?」
こればっかりは俺にはわからない。那美さんにバトンタッチ。
「えーと、この子は久遠といいます。もともとは狐さんなんですけど…」
「ああ、美緒ちゃんみたいなもの?」
「そうなりますね」
七瀬の感想に薫さんが頷く。
「ふうん…」
「くぅん?」
値踏みするような目つきだ。
「七瀬…」
「…真一郎、言わなくてもいいよ。わかってる。でも…ね…今の状況で神咲がくるってことは…」
薫さんと那美さんと七瀬の間に俺は移る。
「ああ、そう警戒しらんね」
でも、さっきの霊力の塊…とか…。
俺の危惧を知っているのかして刀…十六夜を机の上に置いてから、薫さんは七瀬に話し掛けた。
「春原先輩。いつからずっと実体化しつづけていますか?」
「…え?」
その言葉に振り返る。
「…やっぱ、きづいてるか…約一週間前、ってところかな」
「七瀬…それ…」
たしか、七瀬にとって実体化は疲れる行為のはずだ。それを一週間も前から…?
いや、それ以前に高校はまだ再開していない。
家をなくしたという人10数名ほどが寝泊りはしているが、七瀬にとっては生気をもらうために必要なほどではない。
「それって…?」
「うーん、真一郎にとっては喜んでいいことだと思うよ。なんか…ここの真下にすごい霊力の道ができちゃったみたいなんだ。それで私に凄い力が流れこむようになっちゃって。今じゃあ、見てのとおりずーっと実体化したほうがいいぐらいなの」
七瀬は俺の肩に手を回し、
「ごめんね、心配かけて」
「あ、うん…」
「でも」
ここで薫さんが声を発する。
「でも、実体化程度では霊力を使い切れないでいる…そのため、自分の制御を超えた霊力をその身に秘めた…ということでもあるんやね?」
確認するかのように。
「…それは認めるわ。時々、自分の意志とは関係なく力を使っちゃうのよ。この最近、ラップ音とか普通になってるんじゃないかな…この高校」
え…。
耳を済ましてみる。…聴こえない。
「やだなー、真一郎。ずーっと鳴ってる訳ないし、今は神咲だけじゃなく、余剰霊力を食べちゃうのがそこにいるんだから」
「くぅん…ここ、疲れない」
久遠ちゃんがそう答える。
「で、神咲は私をどうするの? …強硬手段にでるなら、それなりの対応をさせてもらうけど」
「…うちはなにもしない。春原先輩が悪いということじゃ無い以上うちが介入する必然も無い」
「薫ちゃん…」
「そっちの巫女さんは?」
「え…節度ある幽霊さんみたいですから、私も当面は見守っていきたいと思います」
節度ある幽霊って…。まあ、七瀬は自分から危害を加えようとなんて絶対しないけどさ。
「でも、この状況はどげんかせんと…妙なものを呼んでしまいかねない」
「それは、私も同感。でも、どうすればいいのかわかんないのよね」
七瀬はちょっと逡巡したあと。
「神咲に頼むのは避けたいところなんだけど…なにか方法ないかな?」
「うちも今すぐに答える事は…。一度もどってしらべてみないと」
「そっか…」
薫さんはそういうと十六夜を再び手にする。
「うちは今日はこれで帰ることにする。…春原先輩、気をつけて」
「気をつける?」
「変なものが来た時に、その魂を奪われないように」
その言葉に「ああ」と納得する七瀬。
「気をつけるわ」
「じゃあ、うちはこれで…相川くん。今日はここまでにしておこう」
「そうだね。…真一郎、霊気の塊には気をつけて…会いに来てね」
薫さんの言葉に続いて笑顔で次回を誘う七瀬。もっとも、霊気の塊に襲われたらたまったものじゃないような。
「笑顔でいうことじゃないなあ」
苦笑しながらの俺のつっこみに七瀬はにっこりと微笑む。
「じゃあ、真一郎くん…おやすみ」
「うん、おやすみ」
俺は七瀬と手を振って別れる。
そのあと、校門で神咲さん達と、途中で高町さん達とわかれる。
「…ふう。七瀬もとりあえず元気でよかった」
そう、ひとりごちて苦笑する。
すでに幽霊になってるのに元気も何も無いな。
心の内でそう突っ込んだ後、今後のことを考えながら帰路につく。
心細すぎる手元。
アルバイトを捜さないといけないかなあ…。
と、風に乗って飛んできたチラシが腕に引っかかる。
「のわっ。…まったく…」
そこには栄養士や調理師を始めとした料理関係の学校の宣伝が乗っていた。
「…調理師…か」
周囲の感想から考えて自分の腕前を考えると…料理の腕については誇ってもいいものなのかもしれない。
正直いえば、きちんと免許を持っている槙原さんからも腕についてはお墨付きだ。
…取ってみてもいいかもしれないな。すくなくとも将来は役立ちそうだ。
俺はそのチラシを手にしながら、住んでいるマンションに戻ったのだった。