作者:独逸人じゃーまんさん
融合して初めての日没。
それは血のような真紅の夕焼けを伴っていた。
高町家の縁側で美紗斗はお茶を飲みながら、その夕焼けを眺めていた。
「てめーっ、俺の煎餅とりやがったなあっ!」
「これはうちのや。ほい」
「ああああああっ、口にいれやがったなあっ!」
ドダダダダダダダ。
「…ふむ」
美紗斗はお茶請けに和菓子を載せたお盆を手にとると縁側から離れ、高町家の離れにある道場の入り口に腰を落す。
腰を落すと同時に晶とレンの2人が縁側の廊下を疾走。晶の拳がレンを幾度も襲うが一発もあたらない。
「めんどーやなあ。ほれ」
晶の拳に合わせるようにレンが一突き。何気ない一撃に見えるが、晶がいっきに縁側から庭まで飛んでいく。
「いったああっ…てめえ、よくもやりやがったな。表に出ろ!」
美紗斗はお盆を片手に再び移動する。こんどは縁側…レンと入れ替わりになる。美紗斗は縁側に腰を落すと靴下のまま、庭に追い出された晶のために下履きを放りあげて渡す。
「あ、どうもすみません」
「晶くん…家にあがるときは靴下を脱いだほうがいいよ」
「はい。…レン、じゃあ、いくぜ!」
美紗斗は縁側で腰を落としながら、庭先で行なわれているリアルバウトを眺める。
「…晶くん。踏み込むときの右足はわずかに右にしたほうがいいよ」
「え、は、はい」
「それからレンちゃん。ほんの僅かでいいから腰の捻りをゆるくしたほうがいい。いつか晶くんが大怪我をする」
「はいー。ほりゃ」
「いてーっ…というか、美紗斗さん、レンにはもう少し手加減しろってことですか…」
「…ふむ。なら晶、合図したら一歩後に下がってごらん」
「へ?」
美紗斗はそのまま眺めつづける。そして。
「今」
美紗斗の言葉に反応して晶はバックステップ。するとレンがカウンターで出した掌底がすれすれで届かない。
「…あ」
「…おりゃ」
体勢を崩したレンに正拳突きを浴びせる。レンは体勢をくずしたそのままに晶に倒れこむ形で間合いをはずし、正拳突きを紙一重のところで外し晶の背後へと回る。
「…あぶなー。美紗斗さん、的確すぎますー」
「晶。いまのタイミングを覚えておくといい。レンちゃんの掌底にはちょっと癖があって、体勢を崩しやすい」
「ほえ。ふむ…」
美紗斗の言葉にレンはしばし、黙考。そして。
「てやああっ!」
「いっくでー。ほりゃ」
晶はさっきと同じタイミングで左へステップ。軸をずらしにくる。しかし。
「甘いわー」
そのまま回し蹴りが晶に入り、晶は吹っ飛ぶ。その攻防で美紗斗が驚く。
「レンちゃん…もう癖を直してしまったのか」
「んー、踏み込みが足りへんのやろなー、とは思いましたけど…あってました?」
美紗斗は頷く。しかし、癖があるとは指摘したが僅かな時間でその癖がなんなのかに気付いた上に即座に修正してきたことに美紗斗は驚きを隠せない。
「すごいね、レンちゃん。あんな僅かな時間に」
「まあ、うちもちょっと違うかなー、と思うとりましたから」
朗らかに答える晶。
その脇で。
「そんなの…ありかよ…」
壁に叩きつけられた晶が地面に倒れたのだった。
恭也が高町家に帰り、居間にゆくと相変わらず傷だらけの晶と機嫌のいいレンがいる。2人はお茶を飲んでいる。
「ただいま」
「師匠、お帰りー。…おろ。師匠…なにかありました?」
「ん?」
恭也は自分の姿を見る。特に妙なところはないような気はするが…」
「歩き方がちょっとぎこちないよーな気がするんですけど」
レンの言葉に「ああ…」と思い当たることを告げる。
「ちょっと、高校の道場を借りて試合をしたからな」
「お師匠が?」
晶が顔を上げる。
「誰とです?」
「鷹城先生と、その鷹城先生の知り合いの千堂さん」
ぶーっ。
湯飲みを手にしていた晶はお茶を吹く。
「こら、晶!きたないなあ! …ああ、もう濡れてもうたやんか…」
晶が吹いたお茶がレンの身体にかかった。本来ならすぐに喧嘩になるようなことだが、レンは動かず、
「でも、今回は晶の驚きもわかるさかいにな…師匠、千堂さんと勝負したんですか?」
「ん? …レンに晶…千堂さんを知ってるのか?」
2人の反応からそう推論する恭也。
「鷹城先生、うちらの担任をしてましたでしょう。それで鷹城先生からその人のことは聞いた事があるんですよ。鷹城先生が一度も勝てなかった常勝無敗の帝王ですよ」
「うんうん…鷹城先生の目標だった人だよな。鷹城先生、ああ見えてもかなり強いらしいですから…相当な人だと思ってるんですけど…お師匠、戦ったんでしょう?どうでした?」
晶の問いに恭也はソファーに座り込んでから答える。
「強かった。というか…負けた」
「「えええっ!?」」
驚く二人。と、その恭也の後でもっと驚く人物がいた。
「ええええっ!?、恭ちゃんを破る人が母さん以外に居たの…?」
「美由希。驚くのはいいが、俺はまだまだなレベルだ。当然、俺よりも強い人物はまだまだいる」
「そりゃそうだけど…この近くにそんな人がいたってことのほうが驚きだよ」
「…言われてみれば、そうだな」
恭也は美由希の言葉に頷く。
「しかし…お師匠に勝つとは…って、どんなルールで戦ったんです?」
「ん…剣道+柔道っていう感じのルールだな。飛び道具はなし。得物として使えるのは護身道用の棍だけ。俺は二刀小太刀の感じで扱ったが…」
「そのルールだと、脚技とかつかえないよね…ちょっと不利なんじゃない?」
「美由希。それは相手も同じだということを忘れるな」
なお、御神流は剣術の流派ではあるが、基本的にはどのような状況でも戦えるようになることに主眼を置いている。小太刀二刀はあくまで「一番得意な武器」であって、小太刀がなければ戦えないようなことは無い。実際、恭也にしろ美由希にしろ、小太刀なしでもかなり強い。
まあ、その道の本当の達人に試合で勝てるというほどうぬぼれてはいないが、実戦となれば、国際試合にでるような選手であっても3本に1本は取れるだろう。
「母さんは、素手のほうは?」
「素手?…母さんもあまり得意ではないな…」
「美紗斗さんもそうなんですか?」
「うむ…というより、素手で向かってくる相手を敵にした場合は小太刀やそのへんにある物を用いた明らかに広い間合いを使って先手必勝が常だ。私にとって無手の修練はもしものためのものでしかない。それに、暗殺者としての技だからな…試合には全く向いてないよ」
「えーと…美紗斗さん…それって…」
晶の問い掛けに美紗斗は一つ頷いた後、
「そうだ。つまり…技を極める=相手の骨を折るか命を取るかだ」
「…になりますよね…」
実際恭也のしっている幾つかの組み手の技は大体は一撃必殺、とまではいかないまでも骨の一本を即座に、というような物ばかりである。正直、試合には使えない。
「じゃあ、恭ちゃんが負けるのは仕方ない…?」
美由希が美紗斗に問う。その問い掛けに美紗斗は首を横に振る。
「しかし、剣道の要素もあるのだろう。それで負けたという事は…その千堂さん、というのはかなりの実力者ではないかな?」
「です」
美紗斗の言葉に恭也は頷く。
「…正直なところ…本気の美紗斗さんと互角に戦えるかもしれません」
「私の…本気と?」
美紗斗は少し考える。
「それは…奥の手をつかったとしても、ということか?」
美紗斗の言う、奥の手とは「神速」のことである。
「…というより、向こうもその奥の手を扱えるんですが…」
美由希と美紗斗はその言葉になにか聞き間違えたのではなかろうかという顔つきになる。
「…その人は…その、あくまで…表の試合にしか出ていない、スポーツ選手の域の人物なのだろう?」
「そのはずですけど…しかし、実際自分の目で見た以上は」
「…驚き、としか言いようがないな…」
美紗斗の言葉はその場にいる全員の言葉であり、感想であった。
「みんなー、美紗斗さん、夕飯できたわよー。…って、あら?」
少々重苦しい空気に食事の準備の終えた桃子が首をかしげる。
「あ、あの…なにかあったの?」
「まあ、たいしたことではないけど」
恭也は桃子にことの次第を話す。
「…ふうん。恭也にねえ…。でも、恭也。ちょっと嬉しいんじゃない?本気で戦える人物に出会えて」
桃子の言葉に恭也は頷いた。それは事実には間違いないからだ。
融合初日の夜。
それでも恭也と美由希は夜の鍛錬は欠かさない。
「でも、神速を使える人が他にもいたなんて…ちょっと驚きだな」
「別に神速は御神流の専売特許じゃない。理論から考えれば他にいても全くおかしくは無い。ただ、そこまでの極みに達することができるかだけだ」
遠い昔の記憶を恭也は思い出す。
父や、美由希の父親は凄い神速の使い手であったが、御神本家であってもその神速を扱える域にまで達していた人物はそれほど多くなかったと記憶している。
つまり、それだけ神速を扱えるようになるのは難しい、ということでもある。逆をいえば、まだ20前後というところで神速を扱えるようになっていることのほうが凄いのだ。
もう少し付け加えれば、御神流は神速を会得する事も視野に入れているので、それなりに鍛錬法も確立されているところがある。しかし、他の流派ではそこまで追及していることは少ない。というか無いのが普通。
そういう点では自力で開眼した瞳の実力は折り紙つき、といっていいだろう。
とはいえ、融合後のこの世界では神速などまだまだ本当の意味での神速には程遠いのではある。
なにせ、ごく一部の人物とはいえ、光速の域に達している格闘家が居るのだから(誰かわかりますね?)。
「…ん?」
話しながら夜の道をあるく2人。
「…そういえば美由希…」
「なに?」
「高校はなんかややこしいことになったことは聞いたが、学校の日程などはどうなった?」
「さあ、わかんない。…多分先生たちもどうすればいいのか困ってるんだよ」
「そうか…」
「でも、忍さんも那美さんもとりあえず無事でよかったよ」
「…そうだな」
確かにそうだと思う恭也。少なくとも知り合いはみんなここに居る…いや。
「そういえば赤星と会ってないな…」
「…あ」
美由希がすっかり忘れてた、という感じで声を上げる。
「…うう、勇吾さんごめんなさい…今まで忘れてました…」
「俺もだな…」
ここには居ない赤星に謝る美由希と恭也だった。
山の麓。本来なら神社へ通じる階段があったところで立ち止まる。
「しかし、神社への道が森になってるのは厳しいね」
「たしかにそうだな…美由希、気配を探ることを忘れるな。少なくとも虎が一匹残ってる」
「うん、そうだった――あ。虎のことも結局忘れてた…ほら、神社に一匹」
「いわれてみれば…でも、那美さんも知ってるからきっと何か手を講じてると思う…というか思いたい」
「でも、周囲の状況が激変したから…」
しばし、考えた後。
「とりあえず、埋めておこう」
という結論に達しとりあえず神社に向かう事にした。
神社への道は険しいものであったが、虎の襲撃も無く神社へたどり着いた。そこには薫、那美、久遠、リスティの4名が居る。
「…こんばんわ」
「こんばんわです」
「あ、恭也さんに美由希さん」
那美がととと、と2人の元にやってくる。
「…夜の鍛錬に加えて虎をせめて埋葬しようかとおもってきたんですが…」
神社の境内に虎の遺体は無い。
「既にそちらで執り行いましたか?」
「はい。きちんと供養もしておきました」
那美はそういって神社の一角を指す。そこには卒塔婆が一本立てられている。
「女性ばかりで苦労したでしょう?」
恭也の言葉に苦笑する那美と薫。
「ええと…私たちはあんまり…」
「さすがにあのまま埋葬はちょっと無理なので久遠とリスティに焼いてもらいました…」
薫が頬を軽く掻いて真相を答えた。
ちなみに焼く、といっているが実際は焦がす、のほうがあっている。リスティにしろ久遠にしろ、基本的に熱量を伴う攻撃は電撃だからだ。
「薫、那美。それじゃあ、そろそろ僕は帰ろうと思うけど…二人はどうする?」
眠そうにしているリスティが声をかけてくる。
「高町さん達は?」
那美がこのあとどうするのか訊ねる。
「ん、このあとはいつものとおり夜間戦闘訓練を行なうつもりだが…」
恭也の言葉に薫が止めに入る。
「やめたほうがいい。…さっき埋葬した虎だけど…サーベルタイガーだった。他にも危険な猛獣が居る可能性があることを考えると…」
「…そうですか…しかし、そうなると困ったな…」
「うーん…あてがないわけじゃないけど…」
薫の言葉に高町兄妹はどこなのか訪ねる。
「さざなみ寮の近く。もっとも愛さんに許可をもらってからになるけど…」
「…お願いできるでしょうか?」
「うん、明日にでも一声かけておくよ」
「では、お願いします。俺たちも明日にでも訪問します」
「うん。じゃあ、今日は帰ったほうがいい」
薫はそういうとリスティに向き直り、
「うちらも帰るから、リスティ」
「OK。那美は久遠に乗ってね」
「え゛」
那美がリスティの言葉に固まる。
「…那美…のって…」
大人バージョンの久遠が手招きする。
…那美は観念して久遠に抱き上げられる。
「えっと…那美さん?」
「あ、このまま久遠に飛んでいってもらうんです。…ジェットコースターなんか目じゃないほどに怖いんですけど…」
「そ、そうですか…」
このやり取りの間に薫もリスティに抱きついている。
「じゃあ、久遠」
「うん」
リスティはリアーフィンを解放する。そして、ゆっくりと空に舞う。
「うわああ…」
「…始めてみるな。空を飛ぶところなんて…」
「あれ…?、もしかして君たち初めてだった?」
リスティが首をかしげる。
「那美と親密だったから問題ないはずだと思ったんだけど…」
「あ、大丈夫です。フィリス先生やフィアッセがHGSだってことは知ってますし…翼を見たこともありますから」
恭也はそう答える。
「そっか。じゃあ問題無しだね。…まあ、久遠に比べれば僕のコレなんか序の口だと思うしね」
「まあ…そうですね」
久遠は狐、子供、大人バージョンに姿を変えることができる。こっちのほうが「外見的変化」は大きい。そのうえ妖狐としてはランクが極めて高く、強力な雷撃を使うことができるのだ。それにくらべれば、たいしたことは無いかもしれない。
「じゃあ、僕はこれで。おやすみ」
「高町くん達、おやすみ」
リスティは薫と共に空へ舞い上がって行った。
「じゃあ、恭也さん、美由希さん、おやすみなさい」
「おやすみ」
那美と久遠が別れの挨拶を行なった後…久遠は那美を抱いて大きくジャンプ。物凄い勢いで空へ舞い上がって行った。
すぐに夜の闇に隠れてしまうが…
「…確かに…あれは下手なジェットコースターなんて目じゃないよね…」
美由希はその勢いを見て、那美の言った言葉にうなずいたのだった。
「…さて、今日は俺たちも帰るか。剣の練習にはならないが、気配を絶ち、相手の気配を捜す訓練にはなる」
「…うう。私、なんかこういうのは苦手だよ…」
2人はそのまま下山していった。
帰りは野犬を見かけたが向こうから去っていったため特に問題なく、人里へとたどり着いたのだった。