作者:独逸人じゃーまんさん
「…かあさん。そろそろ、大学に行く時間になるんだけど…」
恭也は外売り場の様子をうかがう。かなりの人数が並んでいる。
「忙しい、忙しい」
それを裁いているのは桃子である。恭也の言葉に対してはただ「忙しい」とだけ答える。
今日は融合の影響もあり食材不足のためにすでに調理は終了、残ったものを売るだけになっている。
幸い、電気とガスが通じてから昼時になるまでは客が来なかった為に残った食材を調理することはできた。よって、あとは販売するだけなのだが、レジを打つ、包むといった行為を1人で捌くにはちょっと数が多い。
「…つまり、自主休校して、ということですか」
「話が早くて助かるわ〜。バイトが誰一人としてこない事もあって、忙しいのよ〜、はい、740円になります」
「と、言われても…」
と、ここで見知った顔が現れた。
「…美由希、レン、晶…」
「恭ちゃん…忙しそうだねえ」
「すまない、美由希。バトンタッチ。一度大学に行ってみるつもりだ」
「うん、わかったよ。着替えてくるからちょっとまってね」
美由希は着替えてくると恭也に高校の様子を話す。
「…昔?」
「うん、そうなんだ。綺堂さんも小さくなってて驚いたよ」
その後、恭也と美由希が交代して、1時を迎える頃には販売分は終わったのであった。
ちなみにレンと晶は家に帰ることになった。美紗斗さんのご好意で留守番してもらっているのだから、という桃子の言葉によって。
「…小鳥〜…お腹すいたね〜…」
「そうだねー…」
商店街で食事の出来そうなところを捜す。
頼みのコンビニやパン屋の商品は早々に売り切れ。仕方無しに食堂やレストランに足を運んでみるが全て閉まっている。
「あとは翠屋だな」
「そうだねー…」
真一郎は力ない小鳥の言葉を聞いて…
「今日は暖かいな」
「そうだねー…」
「…翠屋開いてるかな?」
「そうだねー…」
「小鳥、倒れかけ?」
「そうだねー…」
真一郎は立ち止まり声をかけるが、小鳥はゆらゆらと揺れていかにも力ない足取りという感じですすんでいく。
「小鳥ー?」
「…あ、真くん・・・あれ?」
真一郎はしばし考え、
「小鳥、朝食とった?」
「…ううん」
「それでか…」
納得する真一郎。
商店街を歩いていくがどこもかしこも飲食店関係は閉店しているところが多い。電気・ガスや水道が一時的であれとまっていたのが大きいようだ。
「…翠屋はどうかな?」
商店街でも有名な店である。安いかどうかは別としてとにかく味が美味い。
「準備中の札は…ないね」
「うん…でも、この店外販売用の什器はなんだろうなあ…?」
小鳥は扉の前を調べ、札がないことを確認した上で扉を開ける。
カランコロン。
「…おや」
店内には従業員らしい女性が1人だけ。
「…えーと、やってますか?」
真一郎はその女性に声をかける。
「すみません、今日はもう閉店…あれ?」
「あ」
「あれ?」
女性が振り向き、真一郎達と向き合う。そこにあったのはついさっき別れた顔。
「確か…美由希さん、でしたね」
「あ、うん…えーと…」
美由希は名前を思い出そうとして…聞いていなかったのを思い出した。
「名前、そういえば聞いてなかったな…」
「いわれてみれば…」
美由希の言葉に頷く小鳥。
「では、相川真一郎です」
「野々村小鳥です」
2人が自己紹介したときに厨房から、店に出す調理とは違う、まかない料理を手をにした桃子がでてきた。
「あら?」
客がいることに驚く。
「ごめんなさーい、今日はもう終わりなの」
カウンターにまかない料理を置いた桃子は既に閉店したことを告げる。
「…うーん、仕方ない、小鳥」
「そうだね…」
と、小鳥の名前で「ん?」と桃子は真一郎と小鳥の顔をよく見つめる。
「あらあらあら…もしかして、相川くんと野々村さん?」
2人は「へ?」桃子に顔を向ける。
「あー、でも違うか。それ、古い…ん、古い風芽丘の制服…よね…」
「えーと…」
なんと説明するべきか、答えるべきかと悩む二人。
と。
ぐーーー。
「…」
「…」
沈黙の場に大きく響く腹の虫。
音源はだれあろう、小鳥。
「…あははは、お腹すいてるのね」
桃子は真っ赤になった小鳥に微笑んだ後、
「ちょっとまっててね」
そういうと厨房に入っていく。僅かな時間のあと、焼き飯を手にしてもどってきた。
「桃子さん特製の賄い料理! まあ、そっちのスパゲティもそうなんだけどね」
桃子はそういうと食べていきなさい、と誘う。
まあ、作られた品を持ってこられてはということで小鳥と真一郎は食事を始める。
「…美味い」
「美味しいね」
賄い料理と桃子は言ったが、その味は素晴らしく2人は舌鼓をうつ。
「ところで…相川くんと、野々村さんであってる?」
「あ、はい」
桃子の問いに頷く真一郎。小鳥もそれに続く。
「えっと…どうして私たちの名前を?」
「そりゃ、常連さんだからに決まってるじゃない」
桃子は微笑んで答えた。
「とくに、大きい女の子の鷹城さんはうちの娘の担任ですから」
担任、その言葉で2人は目の前の人が未来の人間であることに気付く。つまり自分たちとの付き合い…常連としての時間も非常に長い、ということになる。
その後はしばし、食事に没頭し…
「御馳走様」
「御馳走様です」
「おそまつさまです」
2人の礼のあとで桃子も一礼する。
「ところでかーさん。…バイトの人は?」
「ああ、まだ誰も来ていないのよ。本来のシフトならまっちゃんもくるはずなんだけど…」
時計を見上げる。
「まあ、状況が状況だから今日は仕方ないかもしれないわね」
「そうだよ、きっと」
桃子の言葉に美由希が頷く。
「だって、未来の人と過去の人が一緒に居るんだもん。松尾さん達も周囲の変化にとまどってるんだよ」」
「そうね…。相川くんと野々村さんはどうだった?、家族の方たちは…」」
桃子に問われた2人は少し影を落す。
いまのところまだ家族に出会っていない。
「え…そうだったの?…ごめんなさい、傷つけるようなことを言ってしまって」
「あ、いえ。まだ連絡がつかないだけです。両親ともに居なくなったと決まったわけではありませんから」
真一郎はそう答える。
「そう…でも、もし路頭に迷うことがあったら一声かけて頂戴。なにか考えてあげるから」
「あ、そこまでしてもらうわけには…」
「いいの、桃子さんがしたいと思っただけだから」
そのとなりで美由希がぼそっと…
「かーさん…まだ、家族ほしいの…?」
と、呟いた事は誰も気付かなかった。
「そういえば、風芽丘高校なのよね?」
「え、はい」
「何年生?」
「3年になります」
「あら。美由希より1年上なのね」
「はい。えーと…知り合いだとさくらになるのかな?」
「さくら…?」
桃子は首をかしげる。
「綺堂さくら…時々翠屋に来てたと思うんですけど」
「…え…綺堂さん…。美由希、忍さんの…」
「うん、そうなるね。風芽丘であったけど…高校生だったよ」
「そっかあ…であったときにはどういう風に接すればいいかしらね…。私たちは知ってるのに相手は知らないでしょう」
「うーん、普通でいいんじゃないでしょうか?」
「普通ねえ。その普通が出来るかどうかが問題なのよ」
真一郎の返答にそう答える桃子。
「まあ…気負うことなく付き合えばいいんだけどね。さて、そろそろ閉店作業の続きをしましょうか」
桃子はそういって食器を片付け始める。美由希はその手伝いを行なう。
「あ、僕らがやりますよ」
真一郎も立ち上がるが…
「あ、いいわよ。それに皿の置き場とかわからないでしょ?」
と、いう桃子の言葉によって止められる。洗い物は美由希がしているのか、桃子はすぐに2人の元に戻ってきた。
「今日はこの後、どうするの?」
「えーと…一度帰ろうかと思います。小鳥は?」
「同じ」
「そう、じゃあ、気をつけてね。いろいろと変わってるみたいだから、帰り道に変なものがあったりするかもよ」
桃子は微笑みながら2人の答えに返しの言葉をいれる。
「では…お昼、どうもすみませんでした」
「はい。今後とも翠屋をご贔屓に」
くすくす、という笑いが今にも聴こえそうな桃子の微笑みを後に2人は翠屋から立ち去った。
「ふー、洗い物終わったよー。…あ、2人帰ったんだ」
美由希が厨房から出てくる。
「ありがと、美由希。じゃあ、私は仕入先まで行ってみるつもりだけど…美由希はどうする?」
「んー、交通手段が無いから遠慮しとくよ。私はもう、家にかえっておくね」
「わかったわ」
そうして、2人は戸締りを行なった後、商店街から離れていった。