作者:独逸人じゃーまんさん
ある日の夜。
暗い山の中。
高くも無いし大きい山ではないが、中腹あたりに神社がある。そして、神社とそこから伸びる参拝道以外は森林になっている。
…そんな暗い山の中で金属音がする。
なにかがかち合う音。
…そんな暗い山の中で草が、木々が騒いでいる。
なにかが走る音、動く音。
もし、その音の発生源を見たならば、常人は驚きまずは逃げるか、腰を抜かすか、悲鳴をあげるであろう。
どうみても殺し合いをしているようにしか見えないのだから。
まだ若い男性と女性が小太刀二刀で戦っている。…が、殺気というものが2人ともに無い。
「右の守りが甘い。」
「く…」
男性が女性の守りを抜くように左の小太刀を突く。女性は間一髪で避けきるが、つづく男性の連撃を防げるほどの体勢を作れぬままに男性の攻撃を受ける。
「きゃっ」
一撃…峰打ちだが…が女性の身体にあたる。
「…終わりだ」
「はい」
男性はそう言うと女性は頷く。
男性は木の枝に掛けてあった上着を取りにあるく。…片足を引きずっている。脚をいためているのか。
「…恭ちゃん、膝…」
「いつものだ。気にするな」
男性は自分の分と女性の分なのであろう上着を取ると、女性の上着のほうを放り投げる。女性はそれをキャッチすると羽織りはじめた。
「美由希、この最近気付いたんだが、お前は下段の攻撃に対して右の防御が下がりすぎる傾向がある。フェイントなどを仕掛けられたら対応しにくくなるぞ」
「うん、わかったよ」
彼ら2人、高町恭也と高町美由希は父親の遺志を継いで剣の道…というよりは剣の術…を選んだ。
どんなところでも戦えるように、そして武器を選ばず戦えるように子供の頃から修練を重ねてきた。
夜の戦闘訓練もその一貫である。
暗く、見えない中でどれだけ動き、相手を捕らえ、戦えるか。それを鍛錬する為に行なっている。
普通のスポーツレベルでの武道では絶対に必要の無い鍛錬。
あまり世間に誇れるような道じゃない。それどころか影に潜まないといけない道。それでも2人は誇りを持ってその道を歩んでいる。
まあ、訓練の時を始めとした剣の勝負のときは鬼気せまるものがある2人だが、日常はほんわかとしたものである。
事実、参道へ出ようとする森の小道をあるくときでも世間話に華を咲かせている。
「そういえば、なのは、久遠と一緒に小学校にいけないかなあ、って言ってたけど…」
「無理…だな」
恭也は苦笑して答えた。
と、2人はほぼ同時に歩みを止める。
地震。
揺れる大地に腰を少し落すが倒れることは無い。
「…収まったか」
「今の地震、ちょっと大きかったね」
「…確かに」
美由希の言葉に頷く恭也。
彼らの頭上には木々の枝葉が生い茂り空を望む事が適わなかった為に彼らは気付かなかったが、空を見上げれば非常に稀な現象を肉眼で確認できただろう。
時空融合の瞬間だった。
地震が起きてからしばらく2人は歩き…脚を止める。
「…おかしいな」
恭也が呟く。
「どうしたの?」
「…樹の並びが今までと違う気がする」
「え?」
美由希は暗い森を見渡す。恭也の言うとおり、美由希の目にも違う感じに見える。
「…言われてみれば、なにか違うね」
「道を間違えた、とは思えないんだが」
2人は再び歩き始める。そしてまたある程度進んで…とまる。
「恭ちゃん、おかしいよ。もう参道のはずなのに…」
「…道を間違えたか?」
恭也はあたりを見渡す。
…するとなぜか切り株を発見する。
「切り株だ…。」
「年輪で南北がわかるんだよね」
「…いや、それ以前にこの森で切り株というのはかなり…」
恭也が言葉を続けようとしたとき、背後に気配を感じる。
「美由希」
「わかってる」
いままで感じなかった気配。相手は近い。
相手が近づいてくる音、そして…唸り声。
「犬?」
「いや、違う…これは――」
恭也が全てを言い切るまえに唸り声の主が飛び掛ってくる。
黄色い身体に黒い縦じま。
口には収まりきらない牙が生えていた。
虎の強襲に虚をつかれたものの、虎の突進を避ける恭也。
虎はそのままのいきおいで森の中へと隠れていった。
「なんで虎が!?」
美由希が驚く。
「ただの虎…じゃない」
恭也は普通の虎ではありえないサイズの牙からそう判断する。
「もしかすると…これは神咲さんの範疇かもしれない」
「え…!?」
美由希がその言葉を聞いてすこし青ざめ…恭也の片腕を取る。
「も、もしかして…妖怪とか幽霊とか…?」
「かもしれない。少なくとも…あの牙は異常だ」
「じゃあ、参道にたどり着けないのも…?」
…美由希の言葉に恭也は声を失う。
「…方角はその年輪でわかる。神社か、街の方へでれば…わかることだ」
「どっちに向かう?」
美由希の言葉に恭也は僅かに考えた後に、「神社だ」と、告げた。
このときの恭也は次のことを考えていた。
あの虎が俺たちを追ってきた場合…街中での戦闘に発展する可能性がある。それならばあの虎が隠れる場所の少ないところへ一度出て追っているのかどうかを確かめるべきだ。
…追ってきたときは勝負をつける。
と、考えていたのである。
2人は警戒しつつ神社へと歩いていった。もともとの方向感覚は優れているし、大体の場所も記憶している。参道が見つからないことにあせりはあるが…。
音をたてずに茂みの中を歩いていく。…全く、ということはないが。
「…恭ちゃん。虎は…?」
「わからない。…ついて来ていないのならいいのだがな」
そろそろ神社、というとき。
恭也はいきなり美由希に突き飛ばされた。
「美由希、なにを――」
その声が放たれるまえに、上から虎が降ってきた。
美由希はそれに先にきづき突き飛ばしたわけである。
2人がいた場所あたりに振ってきた虎は、飛び降りが失敗におわったことに気付くと再び森の中を疾走し、2人の視界から消え去った。
「…はあ…はあ…恭ちゃん、大丈夫?」
どこか虎の攻撃で引っ掛けたのだろうか。美由希の上着が一部破れていた。
「美由希、お前のほうこそ…」
「大丈夫。上着だけ。ほら、下はなんともないでしょ?」
上着のジャンパーだけが破れていた事を示してみる美由希。ただ、手が震えていた。
「…すまない。全く気が付かなかった」
「私も、気付かなかったよ。…たまたま首を上に向けたら、眼が光ってたのが見えたから…」
僥倖、というものがあるのであれば。
今のことをいうのかもしれない。そんなことをぼんやりと2人とも思っていた。
「…待ち伏せてたのか…」
「単なる虎、じゃないよね」
去って行った方角を見る2人。再び戻ってくるのか、この先でまた待ち伏せを掛けているのかはわからない。
だが、気配を絶つ事には優れているらしい。二人ともに気配そのものには気付かなかったのだ。
再び歩みをつづけ…神社にたどり着いた。
「神社に到着だ」
「ふう。道に迷った…だけとは言いにくいな」
美由希が神社にまっすぐ進んで行ったのに対し、恭也は鳥居のほうを向き、参道があるはずの位置が森になっていることに嘆息する。
「美由希、これはどうやら神咲さんの分野かもしれないぞ」
恭也は美由希のほうにふりかえりつつ声を掛ける。
「ええええ!?」
「ここに虎がいること事態、変じゃないか」
「じゃあ、アレ…妖怪とか幽霊…?」
「かもしれない」
恭也は神社に腰をつけると空を見上げる。
…。
「空…妙だぞ?」
「え?」
美由希も空を眺める。
見知った夜空とは違う。星の瞬きもある。月もある。だが、星がいきなり見えたり、消えたりというのは絶対違う。
「今日は快晴だったし…雲が流れているにしては法則性が無い」
恭也の呟きに頷くしかない美由希。
「…那美さんがいてくれればなあ…」
こういう事態には一番くわしそうな人物の名を挙げる。
と。
夜空に閃光が走る。
森から閃光が走ったようだ。そのあと、雷鳴のような響き。
「…あれはまさか…久遠か?」
とりあえず2人の知る限り、さっきの現象を起こせる人物をほかに思いつかない。
「…どうする?」
恭也は美由希に尋ねてみる。
「いってみよう。久遠ちゃんがやったんなら…虎に襲われたんだよ!」
再び森の中。閃光と雷鳴のした方角にまっすぐ進む。5分ほど進むと焦げくさい臭いが鼻につく。
「くうん、くうん」
獣の鳴き声。
「久遠だ」
美由希がその声のするほうにいくと…肩から血を流して倒れている巫女服の女性と、その側で泣いている子狐。
「…那美さん!」
美由希は倒れている巫女服の女性の側にいく。
すぐに起こす事はせずに呼気確認、脈拍の有無を調べる。
「どうだ?」
「大丈夫。呼吸はしっかりしてるし、脈もある」
ほっと、一息つく恭也。
「傷口は?」
「肩口だすから…恭ちゃんは虎がこないかどうか警戒してて」
意訳=胸元まで見えることになるから恭ちゃんは見ないで。
「了解」
恭也は頷くと周囲の警戒にあたった。
「久遠、俺はこっちの警戒にあたる。久遠は反対を頼む」
子狐…久遠にそう声をかけると那美たちを背後にし、気配を探る。
軽い衣擦れの音。そのあと、バッグからなにかを取り出す音から、消毒の際の泡の音。そして、包帯を巻く音…。
「くうん」
「…あ、久遠…?」
聞きなれた、美由希とは違う女性の声。
「あ、那美さん。よかったあ…」
包帯を巻いている途中で巫女服の女性…神咲那美が目を覚ました。
「あ、私たしか…」
と、ここで今、自分がどうなっているのかを知って悲鳴をあげる。
「あ、きゃああっ」
流石に叫び声だったのでつい振り向いてしまう恭也。
「あ、ごめんなさい那美さん。包帯を巻くためにちょっと脱がしちゃって…ん?」
那美がある一点を見つめている。美由希はその方角に目を向ける。そこにはこっちを見ている恭也。
「…恭ちゃん」
ちょっと声音を低くして呼びかける。
「すまん。悲鳴につい。」
「ご、ごめんなさい…」
那美があやまる。
「いや、神咲さんは悪くない」
振り向かずに恭也は答える。
ちなみに。
振り向いた瞬間、恭也の目に上半身裸の那美の姿が映ったことは言うまでも無い。
包帯を巻く間、虎の襲撃はなく、血の臭いがするここにいるのは危険と神社に向かう事にした。
で、神社。
「ここまでくれば少しは安全ですね」
「はい」
那美は神社の賽銭箱の前の階段に腰を落す。
「…寮に電話を掛けてみますね」
「…あ」
恭也と美由希はここで気付く。
なんで、電話を掛けようという事に思いつかなかったのだろうか。
結局、美由希と那美はお互い自分の住むところに電話を掛けてみる。
が…。
「つながりません」
「恭ちゃん、こっちも」
3人とも頭を抱える。
「くうん」
久遠も真似をして頭を抱えるしぐさをする。
状況が状況でなければかいぐりしてただろう、可愛さであった。
「とにかく、朝まではここに居たほうがいいかと思う」
恭也の提案に2人とも頷いた。
そこで2人は那美になにに襲われたかを訊ねる。だが…
「覚えてないんです」
だった。
ちなみに筆者も怪我で気を失い、病院に担ぎ込まれた事があるんですが目が覚めたら見知らぬ天井というのは真面目にビビリはいります。一体、なにが起きたんだあ!?、ですからね。
で、だいたい原因を覚えていないものなんですね。殴られるのなら殴られた瞬間とか覚えてそうだけど覚えていない。
閑話休題。
しかし、状況を考えたうえに久遠に訊ねると虎が襲い掛かったということだった。
「でも那美さん…傷、残るといやですよね」
「あ…そうですね…」
肩の傷をちらりと目を移す那美。
「あ、でも私、こういうので傷が残る事は少ないんですよ。霊治療できますから。」
自分に効くの?
一瞬、2人とも突っ込みそうになったが、まあ、出来なくは無いか、という結論に自分でたどり着く。
ちなみに彼女の自己へのヒーリング能力は魔法の世界からの住人が確認済みです。原作内で。
「でも、残る可能性はあるんですよね?」
「完璧な人間がいないように…ありますよ。でも…私の場合、速かれ遅かれですから気にはしていませんよ」
…しばしの沈黙。
女性にとって傷が残るというのはあまりいいことではない。
美由希はいまのところ古傷が残るという経験は無いが、恭也の身体はそれこそ傷痕だらけだし、自分の実の母親である御神美紗斗の身体も恭也ほどでないにしろ傷痕が残っている。
だが、それはこの剣の道を生きていく以上避けられないことだということぐらいわかっている。
だが、自分とは違う道を生きている那美もそういう覚悟がすでに出来ている事には驚くと同時に、頷きもする。
除霊の仕事は危険と隣り合わせである。
彼女の場合は力ずくではなく、説得する形で平和的に解決する…成仏する道(某有名GSも少しは見習ってみればいいのに)を選んでいるが中には暴れる幽霊たちも多い。
そういうものの相手となると怪我することを避けることは難しい。
とくに「どんくさい」ところのある那美ならなおさら。
まあ、彼女もそういう危険な目によくあっていたが、生来の霊治療体質とともに久遠という守護者がいるためにおおきな怪我をすることは無い。
…おおきな怪我の経験は久遠が暴走した一件だけ。
「あ、そんなに暗くならないでくださいよ」
那美はあたふたする。自分の言葉で場を只でさえ重いのを更に重くしたことに気付いたようだ。
と、ここで久遠が一声泣く。ポン、という軽い音とともに子狐だった久遠は人間の子供…狐の耳や尻尾を常備しているが…に変化する。
「那美…くる…」
久遠の言葉。
「…美由希、那美さんを頼む」
「うん」
美由希が那美の側に立つ。
久遠が恭也の後に移ったときにそれは姿をあらわした。不意打ちなどをせずに、正面から。
月明かりに照らし出されたその姿は今はいないはずのある動物の名前を彷彿とさせるのに相応しい。
サーベルタイガー。
脚の遅い獲物だということを知っているのか。
歩くようにじっくりと進んでくる。
恭也はその動きを見ながら、鋼糸をとりだす。そして…タイミングを合わせ投げる。
その糸はサーベルタイガーの脚に絡まるのを見計らい、引く。
「ガアアアアッ」
サーベルタイガーから咆哮が放たれる。サーベルタイガーの右前足から大量の出血。鋼糸が脚を切り裂いたのだ。
だが、虎にとっては謎の攻撃が目の前の相手から放たれたものであるかどうかまったくわからない。
とにかく。
この一撃が元でサーベルタイガーは恭也めがけ襲い掛かる。
だが、脚を一本やられているためにいきおいもなく。
そして恭也はすでに覚悟ができており。
剣が閃く。
奥義…薙旋。
美由希がぽつりと呟く。
サーベルタイガーの身体を易々と切り裂く連撃。
それはこの虎にとって致命的なものだったが虎は本能にまかせ、生き延びようとあがくためにそのまま突進を続ける。
その先には美由希と那美。
「きゃああっ!!」
襲い掛かってくる虎に恐怖する那美。
美由希はかばうように前に立つ。
「くるなあああああっ!!!」
このとき、美由希は世界の全てが遅く感じ始めていた。突進してくる虎。しかし、その動きは緩慢に見え…
剣を揮った。
美由希の攻撃は虎の頚動脈を捕らえ、心臓を捕らえ、そして、勢いまでを捕らえていた。
サーベルタイガーはそのまま地に伏し、息絶えた。
「…はあ…はあ…」
美由希は息を整える。
「那美さん、大丈夫?」
「あ…はい。大丈夫です。美由希さんこそ…」
「あ、私は大丈夫。恭ちゃんも…」
「ああ。結局一撃も浴びていないからな」
恭也は美由希の側にくると美由希の腕を取る。
「…震えてるな」
「…恭ちゃん…」
…那美との会話は元気よく答えていたが、身体は震えている。
「殺しちゃった…ね」
美由希がポツリと呟いた。
恭也は無言で美由希に胸を貸した。
しばらく後に3人は虎の検分を始める。検分といってもあきらかにおかしい牙を見ているだけだが。
「本物、ですね。」
恭也がその牙が口からきちんと生えていることを確認する。
「でも、サーベルタイガーってとっくの昔に絶滅してるよ?」
美由希の言葉に頷く恭也。ここで那美のほうに2人とも目が行く。
「幽霊や妖怪、という感じはないです。それに、幽霊でしたら消えるだけですし…」
「それ以前に普通の剣では倒せませんよね」
鍛錬用の小太刀を見る。
この2人の小太刀は鍛錬用ではあるが刃がきちんとついている…もっとも大量生産品で切れ味は悪い。実際、鍛錬中に美由希に殺されかけたことがあり、そのときはおもいっきり母親に泣きつかれたものだが。
「血も赤いですね」
「妖怪でも赤い血を流すのは多いんですけど…」
那美は頬をちょっと掻きながらツッコミをいれたあと、
「すくなくとも、この虎は普通の動物だと思います」
「…そうですか」
「この牙がなければ普通の虎っぽいですから…」
ここで美由希が声を上げる。
「ところで、この虎…どこから逃げ出してきたのかな…そして、襲われたこともあって殺しちゃったけど…」
一行はしばし沈黙する。
美由希の言うとおりである。
しかも襲われたから返り討ちにしたというが、高校生と大学生が刃のついた小太刀を持っていることを始め、この危険物はいったい何かと問われるのはできれば避けたい。
「リスティさんに頼むしかないですね…」
結局、公安当局に顔の利く知り合いに頼む事で3人の意見は一致した。
念のために虎の遺体はそのままに、朝日が昇るまでは神社で過ごすことにした。
…そして、朝が来る。
「ふう、ようやく朝だな」
「晶やレン、かーさん心配してるだろうな…」
美由希はそういって下山準備を整える。
久遠は子狐に戻り、那美の頭にちょこんと乗る。
「那美さん、肩のほうは?」
「朝がくるまでの間、かるくヒーリングをかけてましたから痛みのほうは薄くなりました」
「そうですか…病院まで一緒についていきましょうか?」
「はい、お願いします…といいたいですけど、寮まででいいです。ここからですと、寮から車を出してもらったほうが速いですから」
「わかりました。」
和気藹々、とまではいかないまでも、朝になったことに加え、それまで何も起きなかった事で雰囲気を今までよりは明るくして帰路につくことにした。
3人は街に下りる為に再び森の中に入る。そして30秒も立たないうちにそれは起きた。
風で木々がゆれたと思った。
那美はそう感じた。
その直後。
目の前にいた高町兄妹と。
黄色の地に黒の模様の獣とが入れ替わった。
彼女の目にはそうとしか思えなかった。
「…あ、ああ…?」
目をぱちくりさせる那美。
虎が樹の上から降下攻撃を行い、今度は2人を捕らえたのだ。
気を失った二人に即座にとどめをささずに残った一人、那美のほうに虎は振り返る。
この虎の牙は普通の長さ。さきほどの虎とは違う。
虎は唸りを上げて、那美に襲い掛かり――跳ね除けられた。久遠の手によって。
「久遠…?」
そのときの久遠の姿は那美より大人びた感じの女性の姿。
虎は久遠のその姿を見て、じっとにらみ合っていたが、虎のほうから視線を外すとそのまま本来なら獲物であろう2人を置いたまま茂みの中へと消えて行った。
へなへなと、崩れる那美。そのまま座り込む。
しばしの間、呆然としてしまっていた。
「那美、大丈夫…?」
久遠が訊ねる。
「あ、久遠、大丈夫よ。」
虎に驚いた、というのはあった。
だが、あの虎は先ほどの虎と違っていた。こちらを振り向き、睨んだ時。
理知的な輝きを帯びた目。
そして…いいようのしれない恐怖を呼び覚ます目でもあった。
やや一分ほど呆けていた那美だが、久遠に再び声を掛けられたことで元に戻る。
そして、高町兄妹が怪我をしているかどうかを確認する。幸い、飛び乗られたことによる打ち身だけで重傷はなく、2人とも軽いヒーリングをかけただけで気がついた。
「…二匹目の虎、か…。油断したな」
「うん…」
2人は嘆息する。
「久遠、ありがとな」
恭也は那美を守り、虎を追い返した久遠の頭を撫でた。
「くうん」
尻尾をはたはたと振って喜ぶ久遠。
「今日は久遠様様だよ〜」
美由希も久遠を撫でた。
「…でも、二匹目の虎って…どういうことだろう?」
「さあな…でもただ事ではなさそうだ」
その後は警戒しながら歩を進める事にした。
そして一行がそろそろ街にでるだろうというあたりまで来た時。
「あれ、あそこにいるのって…ムササビじゃないですか?」
那美が樹の上でこちらを見ている小動物を指差す。
「…あ、飛んだ」
高町兄妹が目を移した瞬間にムササビは滑空して遠くの樹に移った。
3人はムササビの飛んでいった方向を見ながら、
「野生のムササビって始めて見ました」
という那美につづき、
「恭ちゃん、ここでムササビ見たことあった?」
と、美由希が尋ね、恭也は無言で首を振ったのだった。
このあと、鹿やら野兎もみつけ驚いたものだった。
だが、まだ彼らは最大級の驚きには気づいていない。
時空融合というその現象を。
というわけで、再投稿はとらハ3の方々。
自然が大きく復活した、という話のうえに剣歯虎の話もあったので今回の話にあいなりました。
もっとも、あのころの虎が人を襲っていたのかどうかは今ひとつ不明ですが…いまでも襲う野生動物もいることを考えて
というわけで次はさざなみ寮に移りまする。 さて、そこでの混乱は…お楽しみにということで。
<アイングラッドの感想>
独逸人じゃーまんさんの初投稿です。
とらハ・・・とらいあんぐるハートの初登場ですが、残念ながら元ネタを知らないっ! にも関わらず大変楽しく読ませて頂きました。
これは独逸人じゃーまんさんの素晴らしい実力であると言えるでしょう。
こんな素晴らしい作品を頂きましてありがとうございました。
因みに「もっとも、あのころの虎が人を襲っていたのかどうかは今ひとつ不明ですが…」について、サーベルタイガーや日本狼などの危険生物対策としてマタギや猟友会等の動物の行動に詳しい人間を選抜して、危険動物の行動を把握した上で危険地帯を設定し、一般人などの立ち入りを禁止する権限を与えた、と考えられます。
後に自然保護の役割も持たせ、その権限に於いて逮捕権も持たせたのが自然保護官です。
時空融合当初は彼らの様な人が率先して動いたのでは無かろうかと、もっとも現代日本では熊と野犬がもっとも危険な野生動物であることから、危険動物が発見された地域には動物園やワイルドライフのREDの様な動物に詳しい人間が派遣されたと考えられます。
今思い付いた設定ですが・・・。